捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希

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シュバリエ皇国の使節団は、地獄の匂いから脱出しました。

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 ヨナリウスは、悔しかった。

 なぜか――神聖力が、うまく発動しない。
 こんなことは、今まで一度もなかった。

 母であるユーリと会うためには、五回も、寝て起きなければならない。
 しかも、最近やたらと母にべったり張り付いている、あの辺境伯と一緒に出かけてしまったのだ。
 泊まりがけで。

「母様が……危ないのに……!」

 一緒に連れて行ってもらえなかった悔しさ。
 悲しさ。
 そして、どうしようもない母恋しさ。

 この胸の奥でぐちゃぐちゃに絡まった怒りを、四歳児なりに、ヨナリウスは持て余していた。
 ――だから、ミー君にお願いをして、今ここにいる。

 ダンジョンの中に。

 ……なのに。

 そこで、思いもよらない事態に見舞われた。

「……え?」

 どれだけ力を込めても、神聖力がまったく、発動しない。
 胸の奥の灯りが、すうっと消えたみたいだった。

「……なんで?」

 初めてのことだった。

 しかも今、そばにはフリーダムのケイオスもいない。
 聞くことも、頼ることもできない。

「どうしよう……」

 急に、胸の奥が空っぽになる。
 不安が、恐怖に変わる。

 ヨナは思わず、その場にしゃがみ込んだ。
 小さな肩が、かすかに震える。

「母様もいないし……神聖力も使えないなんて……」

 声まで、震えてしまう。

「ぼくって……なんて弱いの……!」

 とうとう、堪えていた感情が決壊した。

「もーやだよー!」

 何もかもうまくいかない現状に耐えきれず、ヨナリウスはその場に突っ伏して泣き声を上げた。

 突然の出来事に、ミー君は明らかに戸惑った。

 それでも。

 ミー君は、慰めるようにヨナリウスへ身体を寄せた。
 ぷにぷにとした、柔らかくて、あたたかい体をすりすりと擦りつけ、懸命にヨナリウスを包み込んだ。

 ――だが。

 そんな空気を読まずに。

 次々と、天井の奥から現れるロビンソンバット。

(――お前ら、空気読めよ!!)
 
 と、言わんばかりに。

 ミー君は反射的に口を開いた。

 いつもの液体を、ぴゅっ、ぴゅっと吐き出す。

 次々と溶け落ちていくロビンソンバット。
 そして、地面に転がる蜂蜜の小瓶。

 ぽとり。
 ぽとり。

 まるでご褒美のように、甘い瓶が増えていく。

 泣きじゃくる幼子と、必死に守る相棒と、なぜか増えていく報酬。

 ミー君は、ちゃんと知っていた。
 蜂蜜の小瓶は、子供たちが目の色を変えて喜ぶということを。

 瓶が、ふわりと浮いた。

 次の瞬間、吸い込まれるようにリュックサックへ消えていく。

 ……手も足もないのに。
 それでも蜂蜜の瓶は、念力みたいに浮いて、リュックへ吸い込まれていく。

 パンパンに膨れ上がったリュックの上に乗り、ヨナリウスはただ泣いていた。

 そう。
 ミー君の半径一メートル半以内は、消臭効果であの悪臭はせず、むしろフローラルのいい匂いがしているのだ。

 だからヨナリウスは知らなかった。

 今、このダンジョン内があのドブとも腐敗臭とも言いがたい悪臭で充満しているということに。
 
 そしてその臭いから逃れるために、全力で逃げていたロビンソンバットを待ち受けていたのは、一瞬で自分たちを真っ二つにしてしまう、戦闘狂とそのご一行であった。

 次第に近づいてくる悪臭と子供の泣き声。
 
 そして……。

 ズズ……ズズ……。

 近づいてくる……足音? いや、這いずる音か。

「戦うしかないのか……」

「生きて帰れる自信が無いのだが……」

 何故か戦意喪失気味の、シュバリエ皇国使節団の一行。

「か、風の魔法士だけは必ず守らないと……。」

「俺たちの精神の安定のために……」

 公爵家の騎士たちはおびえていた。
 あの、殺人的で強烈な臭いを覚えているが故に……。 

 そして……。

「き、来ました!」

 悪臭そのものが、ゆっくりと形になっていく。

「大丈夫だ、うちのミートさんよりは小さい……」

 そこに、少しだけの活路を見いだした。

 のだが……。

「しょ、少年?!」

 コンラッドは、オレンジ色の華やかなリボンを首元に結んだジェントワームへ、視線を走らせた。
 そして、その背にはリュックサック。
 さらにその上で泣いている――一人の少年。
 
 その少年は、聞き覚えのある男性の声に、思わず反応してしまう。

「おじさん!」

 そう言うと、ヨナリウスはリュックサックから飛び降りた。

「こ、公爵様!!」

 ――次の瞬間。

 コンラッドは、悪臭を気にすることもなく、防御膜を飛び出していた。

「うわーん!!」

 コンラッドに無事に抱きかかえられ、安心したヨナリウスは大声で泣き出した。

「よしよし、怖かったな~。」

 自分にすがりついて泣き出すヨナリウスの背中をコンラッドはポンポンとなだめるように優しく叩く。
 そばにいるミー君は、突然のことに混乱し、頭を左右に振っている。

「この香り……。おい、このジェントワームは大丈夫だぞ!」

 後ろにいたシュバリエ皇国使節団の一行に、コンラッドは声をかけた。

 しかし。

 全員が、その場で動けないでいた。

 あまりにも多い情報量に、頭と体がついて行けていないのである。

「え? あのジェントワーム止まった?」

「? 何でリュックサック背負ってんの?」

「ジェントワームに、オレンジのリボン?」

「肩がないのに、背負えるものなのか?」

 誰もが理解を追いつかせられず、視線だけが右往左往する。

「それ以前に、なんで子供背負ってんの?」

「あの泣いている子供、だれ?」

「公爵様の知り合い? そんなのいたか?」

 その場に固まり、ただ驚いた表情のみで固まっている使節団の一行にコンラッドはさらに声をかけた。

「こいつの近くにいたら、臭くないんだが。おまえら、大丈夫か?」

(((大丈夫じゃねーよ!!)))

 全員が、同じ顔で同じことを考えていた。

 全員の突っ込みが一致したところではっと我に返った使節団の一行は、全速力でミー君の元へと駆け寄った。

 騎士たちの行動に、ミー君はふと思い出す。

(もしかしてここの空気……臭いのかな?)

 ミー君は親切にも、ピュッピュと消臭液を噴霧し、洞窟中の悪臭を瞬時に消し去った。

「空気が美味しい……」

「生き返った気分……」

「俺……今なら泣ける……」

 臭いのなくなった洞窟。
 消臭済の美味しい空気を吸い、漂い始めたフローラルな香りに表情が和らぐ使節団の一行。

「やわらか~い。」

「気持ちい~い!」

「癒やされる~。」

 なぜか数名の騎士は癒しを求めて、おとなしくしているミー君にベタベタとくっついてきた。

(さっきまで、怖がっていなかったっけ?)

 騎士たちの遠慮ない行動に、ミー君は不快感を感じていた。

 が、ヨナリウスが泣き止まないため、ただおとなしくじっと耐えていた。
 
 そして、使節団の一行が落ち着いたところに。

 衝撃の第二弾が来た。
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