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シュバリエ皇国使節団は、最悪の事態に遭遇しました。
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母の姿が見えなくなった、その直後。
ヨナリウスが向かったのは、屋敷の中ではなかった。
足が自然と向いたのは、薬草畑――ミー君のいる場所である。
ミー君は今日も元気に、ふかふかの土を作るべく奮闘している最中だった。
その時、畑の端からこちらへ猛ダッシュで近づいてくる、小さな影に気づく。
今日はまだ、いつものリボン交換がされていなかった。
(今日のリボンは何色かな~♪)
内心わくわくしながら待つミー君。
作業の手を止め、畑から出たところで――その影が、勢いよく抱きついてきた。
「……?」
困惑しつつも、ミー君は抵抗しなかった。
ヨナリウスは声を上げることなく、ただ必死にしがみつき、静かに泣いていた。
ミー君は何も言わず、ただその小さな身体に寄り添う。
慰めの言葉も、理由を問うこともない。
それが今、最善だと分かっているかのように。
その様子を遠巻きに見ていた屋敷の侍女たちと、留守を任されていたフリーダムのメンバー――メリンダとククルは、思わず目頭を押さえた。
「……お母さんが恋しいのね。」
「かわいそうに……」
「大人びて見えても、まだ四歳だもの……」
しばらくしても、ヨナリウスはまったく動く気配を見せなかった。
その光景を見て、
「今は、そっとしておいた方がいいわね。」
と小さく言葉を交わし、侍女たちとメリンダ、ククルは静かにその場を離れた。
一時間ほどが過ぎた頃。
「……ミー君、お願い。」
か細い声で、ヨナリウスが言った。
ミー君は、抱きつかれたままの姿勢でどこにあるかも分からない耳を、傾けるかのように。
体を曲げて、ミー君は“聞く”仕草をした。
「みんなに見つからないように……一緒に行ってほしいんだ。」
行き先を聞き、ミー君はぴくりと動いた。
――この屋敷から一番近いダンジョン。
蜂蜜が採れることで知られ、ロビンソンバットが多く出没する、バードナーズダンジョン。
「何かしていないと、ぼく、おかしくなっちゃう!」
よい子にお留守番しないといけないということは、わかっていはいるのだ。
それなのに……。
珍しくも、ヨナリウスは苛立ちを抑えきれないのか、頭を乱暴にガシガシとかきむしった。
そんないつもはしないヨナリウスの行動に、ミー君は一瞬、迷った。
だが、ヨナリウスの表情を見た途端、その迷いは消えた。
いつもの無邪気さも、強がりもない。
ただ、何かを必死に押し殺した、切実な顔。
綺麗すぎるほど整った顔立ちが、かえって不安と恐怖さえ覚えさせる。
拒否など、できるはずもなかった。
ミー君は、ゆっくりと頷いた。
◇ ◇ ◇
その日は、折しもシュバリエ皇国で、コンラッド・ウィン・ヴァーミリオン公爵率いる使節団一行が、ヨルムンド共和国に向けて出立する日でもあった。
……あの、不安要素しかない「転移魔法」を使用して。
使節団一行は、王城入り口の一カ所に固まっていた。
「がんばるのじゃぞ~」
「無事のご帰還、お待ち申し上げております。」
今生の別れでもないのに、わざとらしく目頭にハンカチを当てるターニャと、その横に控えている執事の後ろでは、シュバリエ皇国の重鎮たちが心配そうに使節団一行を見守っていた。
「本当に。ちゃんと目的地に着くのでしょうか?」
「こんな運に身を委ねるしかない博打のようなこと、本当によろしいのですか?」
「ヴァーミリオン公爵が問題ないと言っているのだから……」
周りは不安で仕方が無い。
「では、ヨルムンド共和国の王城前へ……。」
(あの少年に会えたらいいのだが……)
そんなことを軽い気持ちで考えているコンラッドの一声で、魔方陣の描かれた用紙から、反射的に目を閉じるほどの、激しい光が放たれた。
その光が、使節団一行を瞬時に包み込む。
「え?」
「本当に?」
残されたシュバリエの重鎮たちが、再び目を開けたとき、そこには使節団一行の姿は見当たらなかった。
馬も、馬車も、人も――“一行のすべて”が、あっという間に、姿を消したのだ。
「あいかわらず、まぶしいのぉ~。」
ただ。
直前にサングラスをかけていた、ターニャとその横に控えている執事だけは、彼らの転移する様を静かに見守っていた。
◇ ◇ ◇
光が収まったとき、公爵率いる使節団が目にしたのは、真っ暗な空間だった。
「……?」
周囲を確認するより早く、火の魔法士が馬車から降りてきて、何個かの火の玉を辺りに放った。
「洞窟の中……か?」
暖かい光が、洞窟全体をやさしく照らす。
「広いですね。全員が入ってもまだ余裕です。」
ディーバリー副団長が、驚きの声を上げた。
その時である。
横穴の奥から、大量の小さな影が一斉にこちらに近づいてくる。
光を目がけ、黒い塊が雪崩のように迫ってきた。
「なんだ、これは!」
コンラッド・ウィン・ヴァーミリオン公爵が、反射的に前へ出た。
一閃。
剣光が走り、小さな集団はまとめて切り裂かれる。
次の瞬間、ぽたり、ぽたりと、何かが地面に落ちてきた。
「……え?」
拾い上げた騎士が、目を丸くする。
「この瓶に入っているのは……」
「もしかして……蜂蜜?」
使節団一行に、どよめきが走った。
この世界では貴重とされる甘味――蜂蜜。
それが、小瓶に入った状態で、次々と地面に落ちている。
小さな魔物を倒すたび、まるで報酬のように、蜂蜜の瓶が増えていく。
「ここは……どうやら、どこかのダンジョンのようですね。」
ディーバリー副団長が、慎重に周囲を見渡しながら告げた。
「ああ。そのようだな。」
そう答えながらも、コンラッドの口元には、うっすらと笑みが浮かんでいた。
剣を振るたび、面白いように蜂蜜が手に入る。
(これを、あの子への土産にしてもいいかもしれんな)
小さな子供は、甘いものが好きだ。
あの銀髪に紫の瞳をした少年の顔が、脳裏をよぎる。
喜ぶ顔が、なぜか想像できてしまった。
――だが。
その時だった。
「ヒヒーン!」
馬たちが何かに反応したように、突然暴れだす。
「いったいどうしたんだ!」
御者を務めている騎士たちが、大声を挙げ、必死に馬たちをなだめるも、いうことを聞かない。
そこで騎士の一人が、気が付いた。
「……なんだか、臭いような。」
その一声に、他の騎士たちもにおいをかぐ。
「……覚えのある臭いだ。」
「……覚えのある臭いだな。」
そして……空気が、変わった。
次第に洞窟内へ満ちていく、嗅ぎ覚えのある悪臭。
腐敗したドブを思わせる、喉の奥がひりつくような臭い。
「まさか……こんな場所に、ジェントワームが?」
「こんな狭い空間で、あいつが……」
公爵邸付きの騎士たちに、戦慄が走る。
もちろん、コンラッドも、ディーバリー副団長も例外ではなかった。
皆が反射的に袖で鼻を覆うが、臭いはさらに濃くなる。
「ひとまず風の魔法士に頼んで、防御膜を!」
風の魔法士が馬車から飛び降り、慌てて全員を包むように、臭いを遮断するように防御膜を展開した。
やっとのことで、おとなしくなる馬たち。
「しかし……」
「……こんな狭い場所で、どうやって逃げる?」
誰かの声が、震えた。
その上。
「なあ……」
「ああ……」
「泣き声が聞こえないか?」
「子供の……泣き声?」
そう。
子供のすすり泣く声が、かすかに耳に入る。
そしてその声は、少しずつ大きくなっていった。
洞窟の反響で場所が掴めない。
なのに、近い。
「なんか、こっちにきてないか?」
「え?嘘だろう?」
こちらに向かってきている、正体不明のジェントワーム、そして子供の泣き声。
使節団一行は――史上最悪とも言える危機に直面していた。
ヨナリウスが向かったのは、屋敷の中ではなかった。
足が自然と向いたのは、薬草畑――ミー君のいる場所である。
ミー君は今日も元気に、ふかふかの土を作るべく奮闘している最中だった。
その時、畑の端からこちらへ猛ダッシュで近づいてくる、小さな影に気づく。
今日はまだ、いつものリボン交換がされていなかった。
(今日のリボンは何色かな~♪)
内心わくわくしながら待つミー君。
作業の手を止め、畑から出たところで――その影が、勢いよく抱きついてきた。
「……?」
困惑しつつも、ミー君は抵抗しなかった。
ヨナリウスは声を上げることなく、ただ必死にしがみつき、静かに泣いていた。
ミー君は何も言わず、ただその小さな身体に寄り添う。
慰めの言葉も、理由を問うこともない。
それが今、最善だと分かっているかのように。
その様子を遠巻きに見ていた屋敷の侍女たちと、留守を任されていたフリーダムのメンバー――メリンダとククルは、思わず目頭を押さえた。
「……お母さんが恋しいのね。」
「かわいそうに……」
「大人びて見えても、まだ四歳だもの……」
しばらくしても、ヨナリウスはまったく動く気配を見せなかった。
その光景を見て、
「今は、そっとしておいた方がいいわね。」
と小さく言葉を交わし、侍女たちとメリンダ、ククルは静かにその場を離れた。
一時間ほどが過ぎた頃。
「……ミー君、お願い。」
か細い声で、ヨナリウスが言った。
ミー君は、抱きつかれたままの姿勢でどこにあるかも分からない耳を、傾けるかのように。
体を曲げて、ミー君は“聞く”仕草をした。
「みんなに見つからないように……一緒に行ってほしいんだ。」
行き先を聞き、ミー君はぴくりと動いた。
――この屋敷から一番近いダンジョン。
蜂蜜が採れることで知られ、ロビンソンバットが多く出没する、バードナーズダンジョン。
「何かしていないと、ぼく、おかしくなっちゃう!」
よい子にお留守番しないといけないということは、わかっていはいるのだ。
それなのに……。
珍しくも、ヨナリウスは苛立ちを抑えきれないのか、頭を乱暴にガシガシとかきむしった。
そんないつもはしないヨナリウスの行動に、ミー君は一瞬、迷った。
だが、ヨナリウスの表情を見た途端、その迷いは消えた。
いつもの無邪気さも、強がりもない。
ただ、何かを必死に押し殺した、切実な顔。
綺麗すぎるほど整った顔立ちが、かえって不安と恐怖さえ覚えさせる。
拒否など、できるはずもなかった。
ミー君は、ゆっくりと頷いた。
◇ ◇ ◇
その日は、折しもシュバリエ皇国で、コンラッド・ウィン・ヴァーミリオン公爵率いる使節団一行が、ヨルムンド共和国に向けて出立する日でもあった。
……あの、不安要素しかない「転移魔法」を使用して。
使節団一行は、王城入り口の一カ所に固まっていた。
「がんばるのじゃぞ~」
「無事のご帰還、お待ち申し上げております。」
今生の別れでもないのに、わざとらしく目頭にハンカチを当てるターニャと、その横に控えている執事の後ろでは、シュバリエ皇国の重鎮たちが心配そうに使節団一行を見守っていた。
「本当に。ちゃんと目的地に着くのでしょうか?」
「こんな運に身を委ねるしかない博打のようなこと、本当によろしいのですか?」
「ヴァーミリオン公爵が問題ないと言っているのだから……」
周りは不安で仕方が無い。
「では、ヨルムンド共和国の王城前へ……。」
(あの少年に会えたらいいのだが……)
そんなことを軽い気持ちで考えているコンラッドの一声で、魔方陣の描かれた用紙から、反射的に目を閉じるほどの、激しい光が放たれた。
その光が、使節団一行を瞬時に包み込む。
「え?」
「本当に?」
残されたシュバリエの重鎮たちが、再び目を開けたとき、そこには使節団一行の姿は見当たらなかった。
馬も、馬車も、人も――“一行のすべて”が、あっという間に、姿を消したのだ。
「あいかわらず、まぶしいのぉ~。」
ただ。
直前にサングラスをかけていた、ターニャとその横に控えている執事だけは、彼らの転移する様を静かに見守っていた。
◇ ◇ ◇
光が収まったとき、公爵率いる使節団が目にしたのは、真っ暗な空間だった。
「……?」
周囲を確認するより早く、火の魔法士が馬車から降りてきて、何個かの火の玉を辺りに放った。
「洞窟の中……か?」
暖かい光が、洞窟全体をやさしく照らす。
「広いですね。全員が入ってもまだ余裕です。」
ディーバリー副団長が、驚きの声を上げた。
その時である。
横穴の奥から、大量の小さな影が一斉にこちらに近づいてくる。
光を目がけ、黒い塊が雪崩のように迫ってきた。
「なんだ、これは!」
コンラッド・ウィン・ヴァーミリオン公爵が、反射的に前へ出た。
一閃。
剣光が走り、小さな集団はまとめて切り裂かれる。
次の瞬間、ぽたり、ぽたりと、何かが地面に落ちてきた。
「……え?」
拾い上げた騎士が、目を丸くする。
「この瓶に入っているのは……」
「もしかして……蜂蜜?」
使節団一行に、どよめきが走った。
この世界では貴重とされる甘味――蜂蜜。
それが、小瓶に入った状態で、次々と地面に落ちている。
小さな魔物を倒すたび、まるで報酬のように、蜂蜜の瓶が増えていく。
「ここは……どうやら、どこかのダンジョンのようですね。」
ディーバリー副団長が、慎重に周囲を見渡しながら告げた。
「ああ。そのようだな。」
そう答えながらも、コンラッドの口元には、うっすらと笑みが浮かんでいた。
剣を振るたび、面白いように蜂蜜が手に入る。
(これを、あの子への土産にしてもいいかもしれんな)
小さな子供は、甘いものが好きだ。
あの銀髪に紫の瞳をした少年の顔が、脳裏をよぎる。
喜ぶ顔が、なぜか想像できてしまった。
――だが。
その時だった。
「ヒヒーン!」
馬たちが何かに反応したように、突然暴れだす。
「いったいどうしたんだ!」
御者を務めている騎士たちが、大声を挙げ、必死に馬たちをなだめるも、いうことを聞かない。
そこで騎士の一人が、気が付いた。
「……なんだか、臭いような。」
その一声に、他の騎士たちもにおいをかぐ。
「……覚えのある臭いだ。」
「……覚えのある臭いだな。」
そして……空気が、変わった。
次第に洞窟内へ満ちていく、嗅ぎ覚えのある悪臭。
腐敗したドブを思わせる、喉の奥がひりつくような臭い。
「まさか……こんな場所に、ジェントワームが?」
「こんな狭い空間で、あいつが……」
公爵邸付きの騎士たちに、戦慄が走る。
もちろん、コンラッドも、ディーバリー副団長も例外ではなかった。
皆が反射的に袖で鼻を覆うが、臭いはさらに濃くなる。
「ひとまず風の魔法士に頼んで、防御膜を!」
風の魔法士が馬車から飛び降り、慌てて全員を包むように、臭いを遮断するように防御膜を展開した。
やっとのことで、おとなしくなる馬たち。
「しかし……」
「……こんな狭い場所で、どうやって逃げる?」
誰かの声が、震えた。
その上。
「なあ……」
「ああ……」
「泣き声が聞こえないか?」
「子供の……泣き声?」
そう。
子供のすすり泣く声が、かすかに耳に入る。
そしてその声は、少しずつ大きくなっていった。
洞窟の反響で場所が掴めない。
なのに、近い。
「なんか、こっちにきてないか?」
「え?嘘だろう?」
こちらに向かってきている、正体不明のジェントワーム、そして子供の泣き声。
使節団一行は――史上最悪とも言える危機に直面していた。
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