捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希

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ヨルムンド共和国の恋愛レベルが低い重鎮たちは、それ故に迷走する。

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 ヨルムンド共和国次期国王、エリオット・ヨルムンドは、恋愛経験値が低いがゆえのパニックに陥っていた。

(なにがどうして、こうなったんだ?)

 ついさっきまでは、選ばれなかった妹に、何と声をかけるべきか悩んでいたはずなのに。

 親友であるローウェン・ヴァレン辺境伯とともに、怒りに任せて口にした言葉が、まさか思いがけない幸運へと転じるとは。

(あのバカ皇子、なかなかいい仕事をしたのでは?)

 そう思ってしまうほどである。

(実は、ローウェンもミディのことを好きだったのでは?)

 そんな考えもよぎる。

(……いや、それは早計かもしれない)

 今や妹は、恋に破れた女どころか、好きな男との結婚へ一直線――そんな状況にある。

 この好機を、生かさなくてはならない。

 目の前では、顔を赤らめ、何やらうんうん唸りながら悶絶しているローウェンの姿がある。

 いつも穏やかで冷静沈着な彼が……である。

 普段見ることのできない一面に、思わず笑いがこみあげてくるほどだった。

 それを横目に、エリオットは思考を加速させていく。

(ミディが来るまでに、まずはローウェンが用意した“偽の婚約者”の女性に、誠心誠意謝ろう。)

 エリオットは、ローウェンが誰を連れてきたのかをまだ分かっていなかった。
 手紙には、平民の知り合いとしか書いていなかったからだ。
 正直、そんな女性を信用していいのかと疑問を抱いているくらいである。

(君にはもう辺境伯夫人になる可能性はない――それを遠回しに伝えればいいのか?)

 ローウェンは、込み入った話になるので、あえて先立てて送った手紙には詳しいことを書かなかった。
 それ故、エリオットは、もしや平民女が勘違いで高望みをするのでは? と危惧したのである。

(……いや、これ、下手をすると泣くな。泣かれると面倒なんだよな。感情的に拗れられるのは御免だ。……よし! 仕方ない。言い回しはロクサーヌに丸投げしよう!)

 エリオットは、いつまでも一つのことをぐちぐち考え続けるのが、大の苦手であった。

 そして何よりも……。
 何かにつけては感情にまかせ、すぐ泣いてみせる貴族令嬢たちを多く見ていたため、女性がとにかく苦手であった。

(よし、そうしよう!次はミディと話をして、ローウェンが逃げないように……この際、強引にでも、既成事実を作らせるべきか?)

 そして次に、妹の恋を成就させるべく、脳をフル回転させる。

(あれだ。ミディがやってきたら、同じ部屋に偶然を装って二人を泊まらせ、酒でも入れて勢いをつければいい! そうしよう!)

(それと……なんだ、セクシーな下着を用意させよう。ローウェンが一発でその気になるやつ。ロクサーヌならきっと、いろいろ知っているだろう。早く手配せねば!)

 エリオットの思考が、だんだんと暴走し始めた、その頃。

 ローウェンは、怒りに任せたとはいえ、とんでもないことを口にしてしまったと後悔していた。

(なぜ、あんなことを言ってしまったのだろう……)

 確か自分は、ユーリと婚約することを発表するために、この場に来たはずなのに。

 ローウェンは、まさかこんなことになろうとは思ってもいなかった。
 ついさっきまで、“親友の妹”としてしか見ていなかった相手と、である。

 いつの間にか、親友の妹――この国の第二王女と結婚する流れになってしまったことに、思考が追いついていなかった。

(と、とにかく……まずはミディに謝らないと)

 突然、五歳も年上で、しかも王族である彼女と身分的にも釣り合わない自分との、結婚話が持ち上がったのだ。

(とにかくまずは最初に、誠心誠意、謝ろう)

 ローウェンは、ミディに対する申し訳なさで胸がいっぱいだった。

(ミディは、思いやりあふれる優しい女性だ。こんなことを言われたら、きっと嫌でも“いいのだ”と受け入れてしまうだろう)

 いつも控えめで、自分に優しく微笑みかけてくれるミディの姿が脳裏に浮かぶ。

(それだけは……何としても避けねばならない)

 だが今、この話をなかったことにするのは、あまりにも危険だった。

(あのバカ皇子どもが、またいつ、ミディを傷つけるようなことを言い出すかわからない)

 そう。
 去り際の、あの表情。

 とても、素直に引き下がったようには見えなかった。

(次に何か仕掛けてくるかもしれない……動向には、十分注意しなければ)

 それにしても――

(こちらからお願いしたこととはいえ……ユーリになんと説明すればいいのだろう……)

 二十八歳、独身。
 ――恋愛経験、皆無。

 これまでの恋愛経験の乏しさに、今まさに頭を抱えていた。

 ◇  ◇  ◇

 深い眠りに陥っているヨナリウスを乗せた馬車とともに、シュバリエ皇国の使節団一行は、とある町に到着した。

 先日、辺境伯とユーリが王都へ向かう際に、一泊した宿のある町である。

 ミー君は、一メートルの狂いもなく、正確にユーリの痕跡をたどっていた。

しかし――。

 かなりの速度で町へと近づいてくる魔物と、それを追う一行の姿を見て勘違いした門番は、警備隊を呼び、警戒態勢を敷いてしまった。

 ディーバリー副団長が先に門番と、警戒中の警備隊代表者へ事情を説明し、やっとのことで誤解は解かれる。

「そ、そうなのですね……」

 説明を受けたものの、警備隊や門番は、なおも疑わしそうにミー君を見ていた。

 入り口の門番へ、自分たちの身分を証明する皇帝からの書簡と、公爵であることを示す紋章入りの書類を提示する。

 するとすぐに、この町の最高責任者が駆けつけてきた。

「これはこれは、コンラッド・ウィン・ヴァーミリオン公爵様。このような遠いところまで、よくぞお越しくださいました。」

 ヨナリウスを起こさないよう静かに馬車の外へ出ると、丁寧な挨拶を受け、そのまま今夜は最高責任者の屋敷に泊まるよう勧められた。

 ミー君については、コンラッドが自分たちの従魔だと説明し、渋々ながら町への入場を許可される。

「め、珍しい従魔ですね……」

 責任者の顔は、わずかに引きつっていた。
 ジェントワームは一般的に、人目に触れることのほとんどない魔獣である。

 町の人々も、最初こそミー君に恐怖を覚えていたのだが――。

 おとなしく、使節団の後をついて歩くミー君を見て、

「なんで、オレンジのリボン?」

「どうやって背負っているの?」

「おとなしいわね……」

 そして、かわいらしいオレンジのリボンを結び、なおかつパンパンに膨らんだリュックサックを背負った姿に。

 情報量の多さに、次第に混乱し始めていた。

 そして、一番混乱したのは――。

「? 何か、いい香りがしない?」

「なんだか癒やされるような……」

「爽やかないい匂い……」

 ミー君が通り過ぎた後に残る、ほのかなフローラルの香り。
 その匂いに包まれた町の人々は、知らぬ間に癒やされていたことに気づき、驚きを隠せずにいた。
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