捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希

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どうやら婚約者が入れ替わるようです。

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 こちらは、ヨルムンド共和国王城――執務室の一室。

 先ほどから、室内の空気はどこか重かった。

 ローウェン・ヴァレン辺境伯と、次期国王エリオット・ヨルムンド。
 エリオットは悩んでいた。

(どうしよう? なんて言えばいい?恋愛事とか、俺には難易度が高すぎるのだが!)

 妹の報われぬ恋をどうにかしようと、必死に頭を回転させる。

 学院時代には主席でも、こういうことはからっきしだ。
 今こうして結婚でき、家庭を持てたのも、すべて妻ロクサーヌのおかげである。

(こんなことなら、ロクサーヌを連れてくるんだった……)

 そんなことを考えながら、無意識に百面相をしている親友を、ローウェンは不思議そうに眺めていた。

 その時である。

「失礼する。」

 何の前触れもなく、扉が開いた。

「なっ……誰も入れるなと申し渡していたはずだが?」

 困惑しまくりのエリオットは、次期国王らしい威厳のある表情に切り替える。

「申し訳ございません。お止めしたのですが……」

 青い顔で謝る護衛騎士。

 だが、その護衛騎士を軽やかに無視し、部屋に立っていたのは見慣れぬ装束の青年だった。

 くすんだ金髪に、自信に満ちた濁った赤茶色の瞳。
 フリルを多用した衣装に、これでもかと貴金属を身につけている。

 どう見ても、外交の場に相応しい装いとは言えなかった。

「イシャロット帝国第二皇子、アーサーだ。」

 その名を聞いた瞬間、エリオットの背筋がひくりと強張った。

(よりにもよって、今……!?)

 皇族とはいえ、エリオットから見てもあまりにも非常識な態度だ。

「突然の訪問を許してほしい。だが、どうしても伝えておきたい話があったのだ。」

 朗らかに笑いながら、アーサーは当然のように部屋の中へと、勝手知ったる様子で入ってくる。

「何の前触れもなしに、どのようなご用件でしょうか?」

 エリオットは、お茶を用意しようとした侍女に手で合図して、下がらせた。

 しかし、その意図を無視するかのように、アーサーは平然とローウェンの隣に腰を下ろす。

「聞けば、ヴァレン辺境伯にはすでに婚約者がいるそうだな?」

 含みのある視線を向けられ、ローウェンがわずかに目を細めた。

「……どこから、その話を?」

「噂というものは、国境を越えるのが早いのだよ。」

 肩をすくめ、アーサーは話を続ける。

「正直、少々残念ではあるが……仕方がない。そこで、だ。」

 視線が、まっすぐエリオットへ向けられる。

「この国には、まだ嫁いでいない第二王女がいると聞いた。」

 エリオットの心臓が、嫌な音を立てた。

「その王女と、私が結婚してあげよう。なかなか良い提案だと思わないか?」

「……結婚してあげる?」

 エリオットの眉が、ピクリと動いた。
 だが、アーサーはその様子に気が付くことなく、さらに話を続ける。

「皇女の方が少し年は上だがな。私は心の広い人間だ。それくらいは許してやる。」

 その瞬間、室内の空気が凍りついた。

「……それは、どういう意味なのでしょうか?」

 貼り付けた笑顔の奥で、エリオットのこめかみに青筋が浮かぶ。

 だがそれさえも、アーサーは気がつかなかった。

「二十三にもなって未だ縁談の定まらぬ王女を、私がもらってやると言っているんだ。」

 アーサーは上から目線で、そう言い放った。

「……ほう?」

 低く抑えた声に、明確な殺気が混じる。

「資金援助に来た割には、ずいぶんと上から目線ですね。」

 ここで、ローウェンが静かに口を開いた。

「我々が何も知らないとでも?貴国が資金繰りに困り、援助行脚をしていることは有名ですよ。確か隣国にも断られたのだとか。」

 にやりと含みのある笑みをこぼす、ローウェン。

「シュバリエ皇国での醜聞は、かなり有名になっていますよ? ああ、確かものすごい腐敗臭を身にまとった挙句、自国にも入れないのだとか。」

 淡々と語られる内容に、エリオットは思わず鼻を鳴らした。
 同時に、アーサーの顔が歪む。

「貴様……!」

「ミディマリア様は、そのような温情を必要とする方ではありません。」

 そんなアーサーに、ローウェンははっきりと告げた。

「その通りだ!」

 エリオットも同意する。
 親友の妹を辱められ、ローウェンの怒りも限界に達していた。

「あなた程度の男には、もったいなさ過ぎる素敵な淑女なのですよ。彼女は。」

 そこでローウェンは、わざとらしく「ハアーッ!」と一息つくと。

「ミディマリアを、あなたになど渡すくらいなら――」

 ローウェンの口が、思考より先に動いていた。

「私が嫁にもらいます。」

 アーサーに向かってはっきりと言った。

「そうだそうだ! ミディマリアは、ローウェンと結婚するんだ!」

 二人とも、今自分が何を言ったのか、まるで理解していなかった。
 エリオットとローウェンは冷静ではなかった。
 怒りに我を忘れ、思いのままを口にしていた。

 たとえそれが、さっきまでの会話とまったく違う内容だったとしても、二人はそのことに一ミリも気が付いていなかった。

「それは初耳なのだが?」

 アーサーが眉をひそめ、考え込むように聞き返す。

「今、その話をしていたのだ。そうだったな、ローウェン。」

「ええ。打ち合わせの最中です。邪魔をしないでいただけますか?」

 それ以上話す意味はないと悟ったのか、アーサーは立ち上がった。

「……失礼する!」

 怒りに肩を震わせ、部屋を後にする。

 部屋に残されたエリオットとローウェンは、怒りを鎮めるかのように、ソファから一歩も動かなかった。

 ――扉が閉まった、その瞬間。

「……」

「……」

 二人の視線が、正面衝突する。
 しばらくして最初に口を開いたのは、エリオットだった。

「……何か、おかしなことになっていないか?」

「……皇女様を辱められて、つい……」

 ローウェンは真っ赤になって頭を抱えた。

「ひとまず……」

 エリオットは、疲れたように息を吐き、苦笑する。

「ミディマリアを呼ぼう。今すぐだ。」

 こうして、王城から至急の伝令が、バーナード・ハイランズ伯爵へと放たれたのであった。

 ◇ ◇ ◇ 

 こちらはハイランズ伯爵へと伝令が放たれる、一日前。

 ハイランズ伯爵の屋敷では、笑顔なのに凄まじい圧を放つ屋敷の主の前で、一人の男性が困惑していた。

 護衛として部屋に張り付いている女性が二人いる。
 一見、美人でかわいらしい顔立ちとは裏腹に、こちらへ向けて凄まじい殺気を放っているのが分かる。

(まあ、この程度の殺気、国の女たちに比べればかわいいものだけどね)

 ――思い返せば、あれは五年前のことだった。

 ユリアーナ様という公爵の妻が失踪してからというもの、何度も公爵と共に、いつ終わるとも知れないお小言を聞き続け、一部の女性たちからは心ない関係を疑われることも一度や二度ではなかった。

「うけ?」だの「せめ?」だの、意味の分からない言葉を叫びながらキャーキャーと騒ぎ立てる女どもに、一時は恐怖を覚え、本気で女性不信になりかけたことすらある。

 そんな視線をかいくぐり、今日まで公爵家に仕えてきたのだ。
 今や魔物の殺気すらかわいく思えるほど達観した自分にとって、彼女たちの殺気など、小さな魔物の甘噛みにも満たない。

 彼だけが特別だったわけではない。公爵家の騎士たちは、皆こうして鍛えられてきたのだ。

 ……特に精神面を。

(きっと、誘拐犯か何かと間違われているんだろうなあ……)

(さて、どうやって誤解を解こうか)

 そんなことを思案していた。

「記録上、シュバリエ皇国から我が国までの最短行程は、およそ一ヶ月です。この日程での到着は、通常想定されておりませんが?」

 貼り付けた笑顔で、質問している伯爵。

 どうやら、本当にシュバリエ皇国のヴァーミリオン公爵様に仕える騎士なのかどうか、疑われているようだった。

(無理もない、確かに普通はそう思うよなあ…………)

 まさか、あんな紙切れ一枚で、護送用の馬車から騎士たちまでを一瞬で、ここまで来たとは誰もが想像できないことだろう。

 自分でさえ、あの洞窟の中、そして少年から辺境伯の名前を聞くまでは、目的地の国にたどり着いていたなど、夢にも思わなかったくらいだ。

(でも、あの紙切れの事は、国際機密らしいから、俺の口からは言えないし…………)

 どう説明したらいいのかを悩み続ける、ヴァーミリオン公爵に仕える二十二歳の新婚騎士、ウェルナー・サイオンは、知り合いもいない他国にて一人、身の安全の危機に直面していた。
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