捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希

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ユーリはヨナが来ることを知り、動揺しているようです。

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 その日の夕方頃。

 出かけていったときよりずっと疲れた顔で、ドモンが屋敷へ戻ってきた。
 その少し前に目覚め、玄関で彼を出迎えたユーリは、その表情に一抹の不安を抱く。

(一体、何が……)

 少し休んで落ち着いた心に、またもやざらりとした不安が覆い被さってくるのを感じた。

「おかえりなさい。顔色が良くないようだけど、何かあったの?」

 思い切って声をかけると、

「ああ。まあ、いろいろあったんだ。今から話すから、一緒に応接室へ行かね?」

 ドモンに促され、共に応接室へ向かった。

「私も、報告したいことがありますしね。」

 背後から、いつの間にか教会から戻ってきたケイオスの声がした。

 ユーリが席につくなり、まずケイオスが口を開く。

「シュバリエ皇国に連絡はしたらしいのですが……あまり芳しくないようですね。結局、ヴァーミリオン公爵夫人の消息は依然、わからないままだそうです。」

「大変ですね……」

 その言葉とは裏腹に、ユーリはほっと胸をなで下ろす。
 本心で言えば、もう自分は死んだことにでもして、諦めてほしいくらいだ。

(どこかで、そうなってくれないものかしら……)

 そうすればこのようにコソコソすることなく、正々堂々と暮らしていけるというのに。

「まあ、これで私たちの疑いは晴れましたよ。よかったですね、ユーリ。」

 そう言って微笑んでくれるケイオスに、罪悪感がないわけではないのだが……。

「それじゃ、次は俺だな。」

 ドモンは城で聞いた話をはじめた。

 そこでローウェンが帰ってこない理由を聞いた瞬間、ユーリは胸をなで下ろす。

(……そういうことだったのね)

 自分を閉じ込めるための企みだとか、教会と国王が結託しているだとか――そんな疑いが、ひとつずつ霧のように消えていく。
 ローウェンがこの屋敷に戻らないのも、王城に滞在し続けているのも、少なくとも「ユーリのせい」ではなかった。

 けれど、続いて告げられた名に、今度は心臓が跳ねる。

「ミディ……って、あのミディ?」

 孤児院でいつも忙しそうにしている、自分より年上なのにとてもかわいらしいシスター。
 それなのに誰に対しても分け隔てなく笑いかけ、常に丁寧な対応を心がけてくれる――あのミディが、この国の第二王女、ミディマリア=ヨルムンド殿下だという。

(そうだったのね……)

 驚きはした。
 けれど不思議と、すとんと腑に落ちてもいた。

 品の良さ、言葉遣い、立ち居振る舞い。
 本当は貴族令嬢なのでは、と思っていたのだが、まさか王族だったとは……。

(ローウェン様とミディマリア様なら……きっと)

 二人なら幸せな家庭を築けるだろう。
 ローウェンの誠実さと勤勉さを、ミディ――ミディマリア様が笑って受け止め、そっと背中を押す。
 そんな仲睦まじい光景が容易に浮かんで、ユーリの胸は少しだけ温かくなる。

(私も、そんな相手に巡り会えていたら、こんなことには……)

 ほんの少し、ミディマリアがうらやましくもあった。

 だからこそ、ユーリは深く息を吐いて決めることができた。

(……私は、もう行かなきゃ。自分のせいでこれ以上、お世話になった人たちに迷惑をかけるわけにはいかない)

 皆には申し訳ない。
 正直なところ、本当はすごく寂しいし心細い。
 けれど、ここにこれ以上留まることは、どうしても気が引けた。

 教会の耳も、王城の目も、今は全く信用ならない。

 そのとき、ドモンが静かに言った。

「そういえば――今夜にでもヨナが、王城に到着するそうだ。」

「……え?」

 ユーリは目を見開いた。

「……ヨナが?」

(……それは、どういう……)

 突然の予想外の言葉に、息が止まりそうになる。

「な、なぜなんです? なぜヨナがこの地に? 確か辺境伯領で、おとなしく留守番をしていたのでは?」

(国王たちは……知っている? だからヨナを――)

「ユーリ?」

「どうしたんです? ユーリ。」

 いつもと違う様子に驚き、ドモンとケイオスは交互に声をかけたが、ユーリには届いていなかった。

「ヨナをどうする気なの?」

 気がつけば、ドモンに詰め寄っていた。
 目の前には、自分の勢いに狼狽するドモンの姿がある。

「ちょ、落ち着けユーリ。どうしたんだ?」

 突然のことに、ドモンはユーリの両肩をそっと掴み、落ち着かせようとしたのだが……。

「は、放して!」

 ユーリはとっさに、ドモンの手を払いのけた。

「? ユーリ、何をそんなに怒ってるんだ?」

「落ち着いてください、ユーリ。」

「だって、ヨナが……」

 声が震えた。
 喉の奥がきゅっと縮んで、次の言葉がうまく出てこない。
 頭の中で、あの子の笑顔が――自分から奪われる想像が、どんどんと悪い方へ膨らんでいく。

「ヨナを心配しているのか? それなら多分、大丈夫だと思うぞ。」

 ドモンは驚きはしたが、ユーリを責めることなく、後ろ手に頭をかいた。

「大丈夫って!」

「ミー君と一緒に向かっているから、心配はいらないはずだが。」

 次いで聞こえた名に、思わず声が裏返った。

「ミー君と、一緒……?」

 その瞬間、胸の奥で固まっていたものが、すうっとほどけていく。

「ああ。何でもダンジョンで迷子になっていたところを保護されて、伯爵様とミディマリア様と共に、こちらに向かっているらしいんだ。」

「そ、そうなの……」

 ほっとしたその瞬間、体の力が抜け、倒れ込むようにソファへ身を沈めた。

「だ、大丈夫かい? ユーリ!」

 ちょうどお茶を持って部屋に入ってきたフリンクスが、慌ててユーリの元へ駆け寄った。

「ええ……ありがとう。それから、ごめんなさい、ドモン。」

「いや、俺も言葉が足りなかった。ユーリが心配するのも当然だというのに……本当にすまない!」

 ドモンはそう言うと、ユーリに頭を下げた。

(違う、違うのよ、ドモン……)

 こんなにも自分とヨナを心配してくれる人たちを、信用しきれていない自分に、先ほどまでとはまた違った苛立ちを覚える。

「仕方ありませんよ。それにしても、ヨナは相変わらずですねえ……」

 ケイオスは困った表情をしつつも、なぜか声が弾んでいた。

「ユーリ、これを飲んで落ち着こうか? ハーブティーだよ。」

 フリンクスに差し出されたハーブティーを、勧められるまま口にする。

(いい香り……落ち着くわ……)

 落ち着いた様子のユーリを見て、ドモンとケイオスはほっと胸をなで下ろした。

「そういえば、もうすぐ王城から使いが来る。そしたら皆で王城に行かなくてはいけないんだが……大丈夫か?」

 ドモンの言葉を受け、ユーリはティーカップをゆっくりとソーサーへ戻した。

「そこで、ヨナに会えるのね。」

「それもあるが、その前に辺境伯様がお前に謝りたいと。それから国王様と王妃様も、謝罪をしたいそうなんだ。」

 ユーリの様子をうかがうように、ドモンがゆっくりと告げた。
 そんなドモンを見て、ユーリは微笑んで返事を返す。

「……そんなこと、しなくてもいいのに……」

(迷惑でしかないわ……)

 とは言えず、ユーリは席を立った。

「……用意するわ。いったん部屋に戻るわね。」

(荷物をまとめないと……)

 ユーリの中で、国王や王妃、そしてローウェンの謝罪など、今やどうでもよかった。
 頭の中で、城でヨナと会ったら、そのままどうやってこの国を出ようか――そんなことを考えながら、応接室を後にした。

「さて。ボクたちも出かける用意をしないとね。」

 フリンクスの一言で、ドモンとケイオスはソファから立ち上がる。

「あ、そういえば……」

 そこでドモンは思い出した。

 ドモンにはひとつだけ、ユーリに伝え忘れていることがあったのだ。

 ……ヨナと一緒に来るのが、伯爵一行だけではないということを。

 しかし――。

 ドモンは疲れた頭で、その重大さを後回しにしてしまった。

「まあ、あとでいいか。」

 その判断がこの後、ユーリを窮地に追い込むことになるとも知らずに。
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