捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希

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ヨルムンド共和国で最強なのは王妃様のようです。

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「あ、あの……。オレの認識違いでなければ、最初はユーリと……」

 ドモンが慌てて机を拭き、口元を拭きながら、恐る恐る訪ねた。

「それで困っているんだ!」

 ローウェンは、机に肘をつき手を重ね、その上に自分の額を置いた。

「まさか、なかなか帰ってこない理由って……。」

「……」

 ローウェンからの返事がないことで察したドモンは、ハーッと大きなため息を漏らした。

「なんで、こんなことになったんです? ユーリはどうなるんですか? 」

 ドモンの声は低かった。
 怒鳴ってはいない。
 しかし、妙な緊張感を帯びていた。

 ローウェンはしばらく黙っていたが、やがて観念したように息を吐いた。

「……話す。だが、その前に言っておく。私もまさか、こんなことになるとは思っていなかったんだ。」

「ああ、ローウェン様の思いとやらは、正直どうでもいいです。まず、現状を分かるように話してください。」

 興味のなさそうなドモンの言葉に促され、ローウェンは額を押さえたまま言葉を絞り出した。

「この国に、あの悪名高きイシャロット帝国の第二皇子と第三皇子、そして皇女が来ているのは知っているな。」

「ええ。そのケバい高飛車皇女からの婚姻から逃げるために、ユーリを使うんでしたよね?」

「君……言葉に悪意がないか?」

「え? 通常運転ですが……」

 ドモンは首を傾げたまま、悪びれもしない。

「そ、そうだな、君はそういう人間だ……」

「そうっすね。」

 ドモンのケロリとした返事にローウェンは額に手を当て、深く息を吐いた。

「確かに、私は最初……皇女から逃げるために“偽装”を考えた。だが、それを相手方に知られてしまい、今度はこの国の第二王女が、あのバカ……ゲフンゲフン……第二皇子の求婚のターゲットにされてしまったのだ。」

「はあ……」

 思い出したからなのか、声が怒気を含みだしたローウェンに対し、ドモンの返答は薄っぺらいものだった。

「あの思いやりに溢れ優しくて慈悲深く、かわいくて儚げなあのミディに対して、年上だの、行き遅れだのと……しかも貰ってやるとはなんと無礼な!」

「ちょ、ストーップ!」

 声がしだいに荒くなり、激高していくローウェンの言葉を、ドモンが軽く遮った。

「あの、ミディって? まさか……」

「ああ。言ってなかったな? うちの孤児院のシスターだよ。彼女本名はミディマリア・ヨルムンド。この国の第二皇女で現国王の妹だ。」

「は? え? あのミディが? 俺、今までの態度とかその言葉使いとか……」

 ドモンの顔色がみるみる悪くなっていく。

「まさか俺、不敬罪で処刑……」

「いや、それはない。ミディはそんなことで人は責めない!」

 絶望的な顔をするドモンに対し、ローウェンはきっぱりと言い放った。

「あの……ローウェン様はやけに彼女のこと、ご存じですよね?」

「ああ。現国王は学友でな。王城に出入りしていた頃から、ミディマリア様とも面識がある。」

 ミディマリアの話をするとき、思い出しているのかローウェンの表情は優しかった。
 そんなローウェンを見て、ドモンは思ったことを口に出す。

「それなら最初から、ミディマリア様にお願いすれば良かったのでは?」

「……」

 そこで、ローウェンは顔色を変え、再びテーブルに肘をつき、手の上に額を落とす。

「ユーリなら無理っすよ?」

 ドモンはそう言って、わざと曖昧に笑った。

「なんせ暴力振るう最低クソヤローな旦那のせいで、男性不信ですからね? 出会った頃は手負いの子猫みたいでしたし。未だに男性には不信感しかないみたいですよ? 俺らは長い年月かけて、信頼を得ていますけれどね! 」

 確かに……。
 ユーリは男性に対し、特に成人男性に対して、警戒心をむき出しにする傾向がある。

 最初は自分や弟にも、随分と遠慮をして、というか……あまり近寄らなかった。
 すぐに会話を切り上げ、逃げるように去っていた頃を思い出し、心がズキンと痛んだ。

「で? 結局ローウェン様は、ミディマリア様の方なんすね。」

 そこで突然、ドモンの声が低くなった。
 その声に、ローウェンは背筋に冷たいものを覚える。

「……そう、なるのだろうか。あのときはただ、あのクソ皇子の言い方にあまりにも腹が立って、つい……。」

「つい……ですか。それが返事なのでは?」

「え?」

 そこでローウェンは頭を上げ、ドモンを見た。

「つまり、ローウェン様はそれだけ王女様を大事に思っていると言うことですよ。まあ、向こうがどう思ってるかは知りませんけどね? ――で、ユーリにはどう説明するんです?」

 ドモンがいつになく真剣な目で、まっすぐに自分を見ている。
 多分、答えを間違えれば一発殴られるくらいでは済まないのだろう。

「私は……」

 言いかけたときである。

「バーン!!」

 突然、部屋の扉が大きな音を立てて開け放たれた。
 同時に、明るい栗色の髪をした威厳ある顔立ちの男性がずかずかと部屋に入ってきた。

「エリオット、お前……」

 ローウェンは呆れたように、額に手を当てた。

「え? 国王……様……?」

 ドモンは動揺し、その場に固まってしまっている。

「冒険者の青年よ! 問題ない! なぜなら我が妹ミディマリアは、一目会ったその日から我が親友ローウェン一筋なのだからな!」

「は?」

 ローウェンが目を丸くした。

「はあ……」

 ドモンは話の内容に、さっきの緊張が一気に解けたのか、気の抜けた返事を返した。

「だから安心して、そのユーリとやらを連れて帰るが良い! 後は全て私に任せよ!」

 声高々に笑いながら、自信に溢れた声でそう告げる国王。

「あ、あの……」

 そのそばで、ローウェンが遠慮がちにエリオットに尋ねた。

「ミディマリア様が……私を、そのように……?」

 真っ赤になるローウェンを見て、エリオットははっと我に返った。

「あっ! これ秘密だってミディと約束してた!」

 そしてすぐさま顔色が悪くなっていく。

「やばい、どうしよう……バレたら私は……」

「エリオット様?」

 突然、場を凍らせるかのような冷たい女性の声が、部屋に響いた。

「ロ、ロロロクサーヌ……?」
 
 エリオットが確認するかのようにゆっくりと振り返ると、そこには貼り付けたような笑顔を携えたロクサーヌ王妃が立っていた。

「あのような大きな声で、乙女の秘密をばらすとは何事です? あなたは昔から配慮というものを知らないようですわね?」

「え? あ……これはその……。ローウェンが困っていたから、親友の私が……」

 体を震わせながら、エリオットの目はロクサーヌと視線を合わせぬように泳ぎまくっている。

「国王が扉にしがみついて盗み聞きなど、臣下に示しが付かないとは思いませんの?」

「だって、ローウェンが……」

「お黙りなさい。……こちらへ来なさい。」

 そう言い放つと、ロクサーヌは今度はローウェンとドモンへと視線を移す。

 そして美しく微笑み、

「あなたたちも聞いていたでしょう?」

 と、扇で口元を隠しながら尋ねてきた。

「ユーリさんには、私と国王から正式にきちんとした謝罪をさせていただきますので、ご心配には及びませんわ。ひとまずはそれで、よろしいですわね?」

「は、はい……」

 まるで蛇に睨まれた蛙のように、その場に固まってしまうドモン。

「私からもきちんと謝罪をさせていただきます。ロクサーヌ様にまでお手を煩わせ、申し訳ございません。」

 ローウェンはそんなロクサーヌの気配をものともせず、臣下らしく左胸に手を当て恭しく頭を垂れた。
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