名もなき花は愛されて

朝顔

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番外編

【番外編】太陽

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「これは命令だ、シリル」

 いつかどこかで聞いた台詞が聞こえて俺は耳を疑った。
 前と明らかに違う声は、命令だからなと繰り返した。

「はい?いっ……意味が分かりません」

「ならもう一度説明しよう。シリル、またルーシーになるんだ」

 なぜその名前を目の前の男が知っているのかも分からないし、なぜそんなことをしなくてはいけないのか、疑問しか浮かんでこなくて、変な夢でも見させられているような気分だった。

 目の前の男は口許に残酷な微笑みを浮かべた。そんなところまでよく似ているのかと、俺は心の中で大きなため息をついたのだった。



 □


 風が吹いてきて、スカートが捲れそうになって急いで手で押さえた。
 もし誰かに見られたら恥ずかしすぎて死ねる。なぜ自分がこんな恥辱に耐えなければいけないのかと目眩がしてきた。

 今、俺が立っている場所は、王都にある貴族が通う王立学校だ。
 本来ならは自分も入学するはずだったが、絶対行かないと言って引きこもっていたため、俺にとっては初めての場所だ。
 兄や姉、アイロスもここの卒業生である。
 国の16から18歳までの貴族の男女が通うこの学校に、なぜ関係のない俺がいるのかと言えば、話は先週末、レイズ殿下に王宮に呼び出されたところまでさかのぼる。


「がっ…学校に潜入!?俺がですか!?」

「ああ、ルーシーとしてよろしく頼む」

「ちょっ……ルーシーとしてって、俺の裏の姿みたいに言わないでください!姉ですね。その話をしたのは……」

「そうだ、クロエから、お前がその手のことは慣れていると聞いた。ここはひとつ、ルーシーになって相手をつきとめてほしい」

 開いた口がふさがらないとはこの事だ。どこから否定をしていいのか、どう断ればいいのか、全く答えが見えなかった。

「殿下、あの……すごく勘違いをされているのですけど……」

「お前の保護者はタモスで会合だろう。帰りは予定だと来週くらいと聞いている。まったく俺はツイている男だ。シリル、というわけでうるさいヤツもいないし、今週末だからよろしく頼むぞ」

 どうやらレイズ殿下も、姉と同じく話を聞かないタイプらしい。俺は否定するのは後にしようと椅子に座り直して姿勢を正した。

「全然話が見えないんですが、俺は何をよろしくすればいいのでしょうか」

 よくぞ聞いてくれたという顔になったレイズ殿下はにんまりと笑った。
 しまったと思ったが時すでに遅し、嫌な予感しかしなかった。



 長い歴史がある王立学校は、自国の貴族だけでなく、他国の王族の遊学先としても広く解放されている。
 学校ではちょうど今週末、三年生の卒業式が行われるそうだ。卒業式は校長の話を聞いて終了の簡単なものらしい。
 その後、男子は剣を、女子はお別れの言葉をそれぞれ後輩に贈るという儀式があって、それが終わると花まつりという打ち上げ的なお祭りが始まるらしい。
 全部口頭で殿下にペラペラと早口で教えてもらったので、俺もよく分からなくて頭に入っていない。

 とにかく殿下の目的はただ一つ、妹君である、リリーローズ王女の恋人をつきとめることだ。

 殿下はどうやらシスコンらしく、王女の恋愛事情に相当うるさく首を突っ込んでいるようだ。
 家同士の結び付きによる婚姻もあるが、いまや自由恋愛は王家においても主流なりつつあり、リリーローズ王女もまた、どうやら学校に恋人がいるらしい。
 らしいというのは、殿下は学校に密偵を潜り込ませて調べていたが、勘の鋭い王女はことごとくそれを見破ってしまうらしい。
 ということで、恋人がいるらしいと分かっても、いまだに相手が誰だか不明なのだ。

「俺が心配しているのは、相手がクラウドかどうかということなんだ。ナイル国の第二王子、クラウド・フォーナイル。今年は二年生でうちに留学中だ」

「リリーローズ王女は今年卒業ですよね……」

「ああ、あそこまで頑なに相手を隠すということは、絶対クラウドだと思っている。なぜなら、俺がいつもクラウドだけはやめろと言い続けてきたからだ」

 レイズ殿下の話によると、クラウド王子は幼い頃から王族同士の交流でリリーローズ王女とは仲が良かったらしい。
 しかし、ナイル国というのは、一夫多妻制で、婚前交渉は当たり前、性に奔放な考えを持つ国らしく、レイズ殿下はよく思っていなかった。
 自身は留学をしてその空気を楽しんだそうだが、妹となると話は別で、ナイルの男は絶対ダメということだった。

「クラウドは見た目がいいから特にモテて、あの歳で泣かせた女は数知れずの遊び人だ。うちの妹をそんなヤツに渡してなるものか!とりあえず、クラウド以外ならもう誰でもいい!相手があいつなら徹底的に結婚は阻止する!」

「……べつに俺が忍び込まなくても、ちゃんとした人の方が……それにどうして、わざわざ女装するんですか……」

「まず、女子しか入れないスペースに入ることが必要なんだ。リリーには親友のティナという子がいて、彼女が手引きしてヤツと会っている可能性が高い。王女は勘が鋭いと言っただろう。玄人はすぐにバレる。素人で、貴族に顔が知られていなくて、こんな、頼みができるのはもうお前しかいない!」

「いますよ。普通に女性に頼んでください!」

 レイズ殿下に対して無礼かと思ったが、少し冷たく言ってしまった。チラリと殿下の顔を見ると、いつも偉そうなのにしゅんと沈んだ顔になっていた。

「女性にこういうことを頼むのは立場上勘違いされることも多くて大変なんだ……。妹を思う兄の気持ち、シリルは分かってはくれないだろうか……」

「うぅ!やめてください……!それだけは……」

「頼む!シリル!」

 レイズ殿下が頭を下げたので、周りのお付きの者達もざわざわと騒ぎだした。

「そっ…そんな!殿下に頭を下げられて……断ることなんて……」

「できないな」

 レイズ殿下が口の端を上げて、ニヤリといたずらっ子のように笑った。
 なぜ俺の周りにはこんな人ばかりなのだろうと不運を嘆くしかなかった。



 □


「君何年生?」

 声をかけられて振り向くと、二人の男子生徒が立っていた。年齢的には近いが、明らかに雰囲気が違うと思われてしまったかと、俺はドキリとして嫌な汗が流れた。

「嘘!?すげー可愛い!え?こんな子いたっけ?」

「名前教えてよ!花まつりの相手はいるの?いなかったら俺と……」

「いっ…急ぐので……!」

 待ってー、という声を背中に聞きながら俺は走り出した。まだ入り口に入ったばかりで、知らないヤツと話し込んでいる場合ではないのだ。俺は最初に見た案内板を思い出して、女子棟へ向かった。


 先ほどの男子生徒が言っていた、花まつりの相手というのは、まさに今日を選んだ理由だ。
 花まつりのイベントは卒業生を祝うだけでなく、恋人たちのイベントでもあるらしい。
 盛大に音楽が演奏されて、至るところでカップル達が愛を囁き、踊り過ごすそうだ。相手のいない人には過酷なイベントだが、こんな機会であれば王女は絶対に恋人といるはずだという話になったのだ。
 まずは王女を探さなければいけない。花まつりはまだ始まっていないので、この時間は女子棟で準備をしていると聞いた。

 男子禁制と書かれた看板を見つけた俺は、意を決してその下にある入口から中へ入ったのだった。



 □


「こっ…これを……着るの!?」

 壁に掛けられた女子生徒の制服を見て俺は体の力が抜けて倒れそうになった。

「そうよ。ドレスじゃ動きづらいから、女子生徒はシャツとプリーツスカートよ。可愛いでしょう」

「あ……こっ……これ…を……」

「私の時は長いスカートが流行ってたけど、今の流行りは短いのね。周りと合わせないといけないから、我慢しなさいよ」

 俺がこんな事態に陥る元凶を作った女が俺の横に立ってのんきに制服を眺めていた。
 渋々引き受けさせられた決行日当日、王宮に再び呼び出され、レイズ殿下が準備に最適な人物を用意したからと言って現れたのが姉のクロエだった。
 任せておいてと、久々の面白いことに興奮したような姉は家から持ってきた荷物を部屋に持ち込んで並べていった。

「とりあえず下着は新しいものよ、これね。靴下はこれで……今日はメイクにウィッグも……」

「ちょっ……まっ……待ってよ!下着ってこれ!?これはいくらなんでも……」

 姉が用意した黒い総レースの女性用の下着を見て、ついにあたまがおかしくなったのかと指先でつまんで姉の目の前につき出した。

「そうよ。男の下着じゃスカートから丸見えでしょう。シリルはそっちは知らないでしょう。女はみんなこういう下着を付けるのよ」

「そっ……!!そうなの!?こんな……スケスケでセクシーなやつを……みんな……」

 確かに女性との経験がない俺が下着について語れるわけもなく、そうなのだと言われたら納得するしかなかった。

「せめて……、下になにかもう一枚履けないかな。これじゃあのスカートが捲れたら……」

「大丈夫よ、何度もうるさいわね。捲れないようになってるから!早く着替えて!髪もメイクもするから時間ないのよ!」

「ひぃ!分かりました!」

 怒り顔になった姉を見て、条件反射的に俺の体は動いてしまった。確かに時間もないので急いでよく分からない下着と制服を身につけた。
 その後は、姉が手際よく金髪のウィッグを付けて、なぜかメイクまでされた。

「完成ー!大きくなったルーシーちゃん!久しぶりね」

「ああ……もうすでに家に帰りたい。姉さんが殿下によけいなことを言うから……」

 鏡の前に引っ張り出された俺は、恐ろしい姿を見ることになった。
 レースが付いたシャツに紺色のプリーツスカート。金髪のウィッグは肩の下にまで伸びていて、ピンクのリップが塗られていた。特にスカートは膝上の短さで、足が丸出しなのも泣きたくなるポイントだった。

「ここ……これは、さすがにマズイよ。男がこんな格好したら……絶対……」

「絶対バレないな、これは。さすがクロエだ。完璧な仕事だ」

 いつの間にか着替え用に用意された部屋に、レイズ殿下が入ってきて、俺の隣で鏡を覗き込んでいた。

「ありがとうございます。それでは、あの話は……」

「いいだろう。公演初日の王族用特別席を用意しよう」

「うふふ。ありがとうございます」

「ねっ……姉さん……もしかして……俺を売ったんじゃ……」

「じゃ!頑張ってねー。スカート捲れないように気をつけて」

「姉さん!ちょっとーーー!!」

 踊るようにくるくる回りながら、ご機嫌な表情で姉はさっさと部屋から出ていってしまった。俺の呼び掛けは無視され、バタンというドアの音が虚しく部屋に響いた。

「なかなか、愉快な姉だな」

「欲しければどうぞ。嫁にもらってください」

「それは、遠慮しておく」

 姉との結婚はバッサリと断ってきた殿下だったが、すぐに時間がないと言い出した。
 着替えをすませた俺は、追い立てられるように馬車に押し込まれた。
 しかも誰も付いてきてくれなくて俺はパニックになった。リリーローズ王女の外見すら分からないのだ。レイズ殿下にはそれくらい誰かに聞けば分かるからと適当なことを言われ、俺は泡を吹きそうになりながら、馬車の中でほとんど気を失っていた。



 そして、やっと学校の中へ入った俺は、いよいよ、男子禁制の空間に足を踏み入れた。

 女子棟の中は当たり前だが、たくさんの女子で溢れていた。準備に走り回っている子もいるが、暇そうに座って話しているグループもいた。
 気にしていた制服だが、クロエの言った通りスカート丈はみんな短くて周りと比べても違和感はなかった。後は、いかにも男が女装している感じが出ていないかが心配だったが、今のところ誰からも変な目線は送られていないと思われた。

「あ……あの、リリーローズ様、いらっしゃるかな、かしら。ちょっと、先生が探していらして」

 おかしい問いかけだったが、聞かれた女子生徒は素直に先ほどのあちらにティナ様と入って行かれたわと答えてくれた。
 俺はありがとうと言って、指で示された部屋のドアをそっと開けたが、目の前に飛び込んできた光景に目を開いて固まってしまった。

「ちょっとー!汗臭いから香水ある?下着につけておきたいの」

「ねぇー!このブラ誰の?落ちてたんだけど」

 そこには、半裸で着替える女子生徒達で溢れていた。
 慌てて部屋の外を見てみたら、更衣室と書かれていて俺は愕然とした。

 とにかく目のやり場に困る状態だが、下を向きながら生徒達の会話に耳を全集中して更衣室の中を進んだ。

「リリーこれ、忘れているわよ。胸につけないと」

「あら、ありがとうティナ」

 聞こえてきた声に俺の体はピクリと反応した。声の方向を見ると、リリーと呼ばれた女子生徒が立っていた。傍らにはこちらもティナと呼ばれた女子生徒もいた。情報だと王女の恋の助っ人役らしい。

 リリーローズ王女は、可愛らしい女の子をイメージしていたが、実際は薔薇の花のような艶やかなイメージの美しい女性だった。
 艶の良い真っ直ぐな長い黒髪が凛として見えて、涼しげな目元はレイズ殿下に似ていた。
 友人ティナはくるくるとした淡い茶色の髪で、丸い目が可愛らしい小動物のような女の子だった。
 二人は仲が良さそうに壁にもたれて笑いながら話をしていた。

 俺は二人が見える位置に陣取って、決定的な会話が出てこないか、聞き耳を立てた。
 その時、内容はよく聞こえなかったが、クラウドと屋上という言葉をかろうじて聞き取った。
 これは、花まつりでの待ち合わせ場所に違いないと思った。
 とりあえず、この空間にいるのが恐ろしすぎて、俺は真っ赤になりながら更衣室から飛び出した。

 とにかく、二人が屋上で愛を語らい合っている場面を確認できたら、俺の仕事は終了だ。
 一度女子棟から出て、外のベンチで頭を冷やすことにした。



 男女が楽しげに笑う声が聞こえて、俺ははっと顔を上げた。どうやら、ぼーっとし過ぎてずいぶん時間が経ってしまったらしい。

 腕を組んで楽しそうに歩く学生カップルをぼんやりと見つめた。
 そういえば、アイロスもここの卒業生である。在学中はあんな風に恋人と歩いたのかもしれないと考えて首を振った。

 アイロスは俺と会う前は、来るもの拒まずというか好きにさせていたらしい。過去を嫉妬するほど虚しいものはない。
 確かに気になると言えば嘘になるが、俺にとっては今のアイロスといる時間の方が大事なのだ。
 ただ、学生時代のアイロスはどんな風にここで過ごしていたのかというのは興味があった。
 そして結局、引きこもっていて通うことがなかったことを、仲良さそうに歩く生徒達を見ながら少しだけ後悔した。

「……ああ!屋上!!」

 すっかりアイロスのことを考えていて、当初の目的を忘れてしまっていた。
 俺は歩いている生徒に屋上に行ける場所を聞いてから走り出した。花まつりは夕方から夜にかけて行われるのでまだ始まる時間よりは少し早かった。だが、すでに二人は屋上にいるかもしれない。クラウドについてはすでに姿を確認していた。
 学校についてすぐ、壇上で卒業生から在校生へ剣を贈るというイベントをやっていて、その時、剣を受け取っていた生徒が、クラウド王子と紹介されていたのだ。
 シルバーブロンドの髪に浅黒い肌、がっしりした逞しい体で、異国の雰囲気漂う精悍な顔つきをした男だった。なるほど、男らしくて女性によくモテるというのも納得だった。リリーローズ王女と並んでも絵になる二人で、お似合いに見えるがそう簡単な話ではないのだろう。

 校舎の屋上に着いてすぐ二人を探してきょろきょろと辺りを見回すと、校舎の影になった辺りで声のようなものが聞こえた。

「……あ……んっ………」

 恐る恐る近づいて、物陰からそっと覗くと、なにやら密着して重なっている男女の姿が見えた。
 下になっている男は、やはりあのクラウドで上に乗っているのは後ろ姿だが、長い黒髪の女子生徒だ。
 語らい合うどころか、いきなり愛し合っている現場を見てしまい、驚きで俺は呼吸が止まりそうになった。

「クラウド…さま……」

 他人の艶かしい声を聞いて、一気に顔の熱が上がり膝が震えてきた。
 まさかこんな事態を殿下にどう報告すればいいのか、荒れ狂う殿下を想像したら、もう国外逃亡したほうがいいかもしれないと思い始めた。

 ショックで後退りした俺は、なんと置いてあったバケツに足を突っ込んでしまい、ガシャンと盛大な音を立ててしまった。

「誰!?誰ですの!?」

 慌てて衣服を直した女子生徒がこちらを振り向いたが、その顔を見て俺は言葉を失った。

「嫌だわ!こんなところを見られるなんて……、私帰ります!!」

 慌てて走って逃げていってしまった令嬢は、長い黒髪の女子生徒ではあったが、リリーローズ王女とは似ても似つかない顔をしていた。

「………へっ……どういうこと?」

 どこから間違えたのか、女子生徒が消えていったドアを見ながらここまでの行動をぐるぐると考えていた。
 完全に俺の頭は混乱してまともな思考が出来なくなって、頭の中でプチっと切れた音がした。

「おい!どういうことはこっちの台詞だ!今日の相手を逃しちまったじゃねーか!」

 振り返るとすぐ後ろにクラウド王子が立っていて、グレーの瞳と目が合った。

「……って、なに?君、俺のファン?追いかけて来ちゃったの?へぇー、さっきの子より可愛いじゃん!俺のアソコも復活してきたし、君も気持ちよくしてあげるよ」

 その軽すぎる言葉にイライラが最大限に増幅した俺はギロっとクラウドを睨み付けた。

「…………おい、そのブラブラさせているやつをさっさと隠せ!」

「…………へ?」

「紛らわしいんだよ!黒髪の女とイチャついているなんて!」

 俺に強く言われたクラウドは、慌ててズボンを直して、訳が分からない様子で素直にすみませんと謝ってきた。

「花まつりまで時間がない!クラウド!俺に手を貸してくれ!」

「………はっ?え……俺って?」

 ぽかんとした顔のクラウドは遊び人の王子というより、年相応の学生らしい顔になっていた。ここまで来たら、使えそうな人間を巻き込むしかない。俺はクラウドの服を掴んで歩き出したのだった。



 □


「それじゃシリルさんは、レイズ様に言われて、リリーのことを調べに忍び込んでいるんですか?」

「そうだ。もう一度聞くけど、本当にリリーローズ王女の相手の恋人じゃないの?王女の口からお前の名前と屋上という言葉が出たのに……」

 校舎から出て人が集まっている広場に近いベンチに腰を下ろした。
 ここまで来る間にしつこく王女との関係を聞いたが、クラウドはただの友人ですと言い張っていた。

「だから誤解ですって。リリーとはそういう関係じゃないです。俺の名前が出たのも多分、今は俺がいるだろうっていう話題かなんかだと……。ところで、その……シリルさんは本当に男の方なんですか……?」

「………そうだよ。女子棟に入るために必要だっただけだ。普段からこんな格好はしていない。というか、俺のことはどうでもいいだろう!」

 俺のことを上から下まで眺めているクラウドを、キッと睨んで俺は話を続けた。
 とりあえず、殿下はクラウド以外なら誰でもいいらしいが、クラウドが嘘をついている可能性もあるのでそれを確かめたかった。

「じゃあ、リリー王女の相手に心当たりは?誰が恋人が知ってる?」

「ああ……それは……。俺の口から言っていいのかな……。あいつが秘密にしたいなら……その……」

 確かにただの友人であれば、秘密をバラすようで言いにくい気持ちもあるだろう。
 俺はクラウドが真実を語っているのか、感情の揺れが見えるかもしれないとその目を覗きこんだ。

「しっ……シリルさん!なんでそんなに俺を見るんですか?」

「ん……。よく知らないけど、嘘をつくと右下に目線が動くって聞いたことがあって……」

「なんですか!その話……、その……あんまり見ないでください……心臓が壊れそうで……」

「………怪しい。やっぱりクラウドはリリーローズ王女と………」

 クラウドへの尋問を続けていたら、広場にひときわ大きな歓声が響き渡った。
 司会役の生徒が、今日のゲストを紹介しますと大きな声を出して舞台に注目させた。

 周りの女子生徒達がキャーキャーと声を出して広場に集まっていく様子が見えた。

「ねぇ、卒業生のあの方が呼ばれて来ているらしいわよ」

「あの、伝説の!?花まつりで告白してきた女子生徒を片っ端からフって歩いたっていう………」

 なにやらすごい人物が来ているらしく、気になった俺は広場の人だかりに近寄って行った。

「特別ゲストです。退任されるワズ先生の教え子で、現在国内外で広く事業を成功されている卒業生です。今日も外国帰りでここに立ち寄ってくれたので、急遽卒業生に一言いただきたいとお願いしました」

 司会の紹介で壇上にゆっくりと上がってきたその姿を見て、俺は驚きで体が痺れたように動かなくなった。
 なぜなら、ここにいるはずのない人が突然現れたからだ。
 二週間ぶりに見るその姿は、変わらずカッコ良くて俺の目は釘付けになってしまった。二週間前、朝が早くて起きられなかった俺は、ちゃんと玄関で見送ることができなかった。行ってらっしゃいのキスができなくて、この二週間はずっと唇を無意識に触るくらい寂しかったのだ。

「紹介いただきました、アイロス・クリムゾンです。今年退任されるワズ先生には三年間お世話になり、今日はお礼の言葉を伝えに参りましたが、ぜひにと言われましたので、卒業生にも一言送らせていただきます」

 会場のあちらこちらからカッコいい、素敵という言葉がこぼれてきて、女子生徒達は皆、熱がこもった目でアイロスを見つめていた。

「正直なところ、私の学生生活は、あまりいい思い出がなく、早く卒業したい気持ちしかありませんでした。しかし、ワズ先生のような熱心に生徒と向き合ってくれる先生に出会い、学校生活は充実したものになりました。皆さんもこれからの出会いを大切にしてください」

 言っていることは当たり障りのないことだが、アイロスの口から語られると、英雄の伝記を聞いているかのような気持ちになった。自分の夫ながらその姿が眩しすぎて、うっとりしながら眺めていたら、壇上に立っているアイロスとバチっと目が合った。
 瞬間、アイロスの瞳は大きく開かれて驚いた顔になった。
 まさか、こんなに生徒がたくさんいる中で見つかるとは思っていなかった。なんだか嫌な予感がして、俺の背中に冷たい汗がたらりと流れた感覚がした。

「短い挨拶で申し訳ないですが、この辺りで失礼します。どうも、飼い猫が迷いこんだらしいので……」

 ずっと真顔で喋っていたアイロスが急にふわりと微笑んだので、女子生徒から悲鳴のような歓声が上がった。
 壇上に雪崩れ込むように人が集まってきて押し出されるように俺は後ろに飛ばされた。
 尻餅をついて転がっていたら、クラウドが走ってやってきた。

「大丈夫ですか?シリルさん」

「大丈夫、ちょっとはじき飛ばされただけで……」

 クラウドは俺の手を掴んで立ち上がらせようとしてくれたが、その顔がみるみるうちに真っ赤になったので何事かと視線の先を確かめようとした時、後ろから声がかかった。

「これは、ナイル国のクラウド様ではないですか。以前パーティーでご挨拶させていただきました。おひさしぶりです」

「えっ………、ああ、クリムゾン公爵か……」

「………どうやら、うちの妻がお世話になったようですね」

「つっ……妻!?えっ……!?」

 クラウドが驚いて口をぽかんと開けている間に、後ろからガバッとアイロスが抱きしめてきた。

「さて、捕まえた。困った猫ちゃんだ」

「あ……アイロス……」

「……シリル、大人しく家で待っててくれると思っていたのに……、どういうわけで、こんなところでこんな格好をしているのか………じっくり教えてもらおうかな」

 久々の再会で嬉しい気持ちと、やっかいなところを見られてしまったという複雑な気持ちになった。笑ってごまかすことなどできない、アイロスの鋭い視線を感じて、俺は小さくなって頷くしかなかった。



 □



「はぁ……、殿下は本当に困ったお人だ……。くだらない私情に俺のシリルを巻き込むとは……」

 頭痛を覚えたのか頭に手を当てて、アイロスはため息をついた。どうしてやろうかと黒い顔になったアイロスに俺は慌ててしがみついた。
 確かに困った人だが、二人に喧嘩はしてほしくなかった。

「殿下は…その……、リリー王女を心配して……、やり方は強引だけど、気持ちは分かるというか……。あまり怒らないでね、怪我をしたわけでもないし……」

「………シリルのその格好を見て、怒らないという方が無理な話だよ。そんなに足を出して……、あぁ、他の者に見られたかと思うと……」

「大丈夫だよ。今の流行りはこの丈らしくて、女子生徒はみんな同じだから、誰も気に留めないって」

「………シリル」

 アイロスは盛大に大きなため息をついて、がくりと項垂れた。
 そこに、今まで空気になっていたクラウドが、あのー俺はそろそろと言いながら入ってきた。
 力をなくしていたアイロスだが、クラウドの言葉にぐわっと顔を上げた。

「というわけでクラウド様、早くシリルを連れて帰りたいので、さっさとリリーローズ王女との関係を吐いてくれますか?」

「だっ…だから、誤解だ。リリーとは友人だ。今から屋上に行ってみてくれ、この時間、会場から離れている屋上には誰も寄り付かない。だからリリーはそこにいるはずだ。俺の潔白は証明されるから!」

 アイロスの勢いと迫力に押されたクラウドは、ついにリリー王女について口を滑らせた。新たな情報を得たが、不満そうな顔のアイロスは俺の手を掴んで歩き出した。
 チラリと後ろを振り返ると、何とも言えない顔で立ち尽くしているクラウドの姿が小さく見えたのだった。



 □


「………アイロス、ごめんなさい。大人しくしていなくて……」

 屋上への階段を上りながらなんとなく気まずい雰囲気を感じて、俺はアイロスにちゃんと謝ることにした。

「………レイズ殿下には頭にきている。どうせ権力でも使って断れないようにしてきたんだろう。シリルは悪くない、大変だったな。側にいてやれなくて悪かった」

「アイロス………」

 会合が早く終わって、すぐに帰って来てくれたのだろう。本来なら今頃家で抱き合っていたかもしれないと考えると、今すぐにでも飛び付きたい気持ちなった。

「リリーローズ王女の相手を確認したらすぐに帰ろう。早くシリルとベッドに入りたい」

 アイロスも同じ気持ちであってくれたのか、俺の手を握る力が少し強くなった。そんなわずかな反応にも愛を感じてしまい、俺の胸は甘い音を鳴らした。



 屋上へ続くドアをゆっくりと開くと、クラウドの言う通り、花まつりの会場から離れている屋上に人影はなかった。

 しかし、奥を目指して進んでいくと、校舎の影になったところにいる二つの人影を見つけた。
 そしてその姿に、思わず驚きの声を漏らしてしまった。

 そこには熱いキスを交わす、リリーローズ王女と、友人ティナの姿があった。

「おや、クリムゾン公。次々と送り込んでくると思ったら、まさか貴方まで兄の馬鹿げた詮索に加担したのか?」

 俺の声に気がついた王女とティナは、ぱっと体を離した。

「それがレイズ殿下は、今回私の妻に命令して探るように送り込んだようです。正直申し上げると大変迷惑で困っております。ぜひ、ご兄弟の諍いはご当人同士で解決いただきたいと、ここまでやって来ました。このことは、殿下には報告しないので、話し合っていただきたいのですが」

 アイロスの態度と言葉に、一瞬驚いたような顔をしたリリーローズ王女は、俺のことをまじまじと眺めてきた。

「なるほど、これが噂のアイロスの飼い猫か……。確かに美味そうだが、お前は男なのだな」

「は……はい。シリルと申します」

 名前から砂糖菓子のような甘ったるい少女をイメージしていたので、女性ながら勇ましくカッコいい姿に、目を奪われてしまった。

「残念だ。女ならば味見くらいしてやったが。まぁ……今の私はこれに夢中だからな」

 これと呼ばれた友人ティナは顔を赤らめて下を向いてしまった。もう友人ではなく、彼女が王女の恋人ということになるのだろう。

「人からとやかく言われるのは好きではない。いい加減ウザくなっていたところだ。自分の口から兄には伝える。それにもう今日で卒業したのだし、幸い私の相手は好きに選べるからな」

「そうしていただけると助かります」

 祭りを楽しんでくれと言い残して、王女とティナは去っていった。ようやく真実が分かり、レイズ殿下の命令も果たせたので、俺はやっと終わったと安堵して大きく息を吸ってはいた。

「あぁ、疲れましたね……。早く帰って……ううわぁ!」

 季節の変わり目のこの時期、強い風が吹くことがある。突然屋上に吹いた風に、俺は目をつぶって耐えた。
 びゅうびゅうと音を立てていた風が止んで、やれやれと目を開けたら、前に立っているアイロスが、俺とは真逆に目を大きく開いて固まっていた。

「アイロス?どうし……」

「……シリル、ひとつ確認するが、そのスカートの下にそれを履けと持ってきたのはレイズ殿下か?」

 アイロスの背中に禍々しい黒いオーラが見えて、俺はゾクリとして震えた。

「ちっ……違います。これは……、姉が着替えを用意してくれて……。その……女性はみんな……これを履いているからって………。え?違う……の?」

「……クロエか、そうかクロエだな」

 アイロスのオーラは煙となって立ち上がり、姉の元へ飛んでいきそうな勢いだった。

「あ……あの、アイロス?」

「シリル、予定変更だ」

「え……?」

 アイロスは鋭い目をしたまま、口だけニヤリと笑った。餓えた獣のような怪しげな笑みに、こんな表情ができる人だったのかと、吸い寄せられるように見つめてしまったのだった。




「あっ……あっ…あ……だ……め、こんなところで……」

「こんな下着を履いているシリルが悪い。クロエに騙されるなんて、シリルは素直すぎるのがいけない」

「ひっ……ん……も……だめ……、ほんとだめ………」

 どうやら俺の履いていた下着がよほど気に入らなかったのか、アイロスは屋上に鍵をかけて、いきなり俺に四つん這いになってと言ってきた。
 訳もわからず素直に従うと、スカートを捲ったアイロスは、下着を履いたままの状態で、俺の後ろを舐めてきた。
 しばらく何も受け入れていなかったそこは、固く閉じていた。アイロスは丁寧に舌を使って唾液を入れて、指も使いながら広げてきた。外でのこんな行為に俺は必死で声を我慢していた。

「こんな短いスカートを履かせた上に、こんな下着まで……、クロエには男装させて漁船にでも乗ってもらうか……」

「そっ……それは……ちょっと……」

 荒れ狂う海に投げ出される姉を想像して、俺はそれはやりすぎだと訴えた。
 アイロスは冗談だと笑ったが、さっきの黒いオーラはやりかねない勢いだった。

「シリル、そっちは触っていないのに、地面に蜜が溢れているじゃないか」

「だっ……だって……、下着で……擦れて……んっっ」

 女性ものの下着は窮屈で、アイロスが後ろを弄る度に、前が擦れて俺のそこはすっかり固くなり、ポタポタと滴が落ちていた。

「悪い子だ。自分だけ楽しむなんて……」

 下着を横にずらしたアイロスは、自分のものを当てがって、そのまま後ろから貫いてきた。

「んっっ……あぁ……!」

「……っ……やはり、少し……キツいな……。淫乱なシリルは誰にもここを触らせていないだろうね」

「あっ……あたり……まえ……んっ…くぅふっ……」

 ズブズブと押し入ってきたアイロスの欲望はいつもより時間がかかったが、俺の奥までたどり着いた。

「よかった……。こんな下着を履いてフラフラしているんだから、心配でたまらないよ」

「だ……あっ……いじょ……ぶ、俺は……アイロス……のも……の……だから」

「それは分かっているんだけどね……」

 徐々に慣れてきた後の具合を確かめるようにゆっくり動いていたアイロスだったが、だんだん強弱をつけて突き入れてきた。抽挿の速さ増していくと、ついに我慢できずに俺は声を上げて喘いでしまった。

「あっ…んんっ!!あっ…あっ…はぁ…はぁ……あんっ」

「……シリル、久々のシリルのナカ、うねっていて俺を美味そうに飲み込んでいるよ。あぁ……そんなに締め付けて……早く俺の精が欲しいの?」

「んっ……ほし……、いっぱい欲しいよ……。アイロス……アイロス……たく……さん……出して………」

 パンパンと音を立てながら激しく後ろから突いてくるアイロスを、快感に震えながら俺は無意識にぎゅうぎゅうと締め付けた。早くお腹の中をアイロスでいっぱいに満たして欲しかった。ずっとその熱を待ち望んでいたのだ。

「……シリル……出すよ」

「んっあっああ!あっ……あ………アイロス」

 最奥に熱い放流を感じて、俺もびくびくと体を揺らしながら達した。
 ズルリと引き抜かれると、後ろからも前からもボダボタと垂れるものを感じた。
 荒い息をしながら快感の余韻に浸る俺をアイロスはぎゅっと抱きしめてきた。
 ずいぶんと手荒に体を繋げてきたくせに、子供がすがってくるような抱擁だったので、俺はクスリと笑って背中に腕を回して受けとめた。

「お帰り、アイロス」

「…………ただいま」

 順番があべこべになってしまったが、やっとお帰りと言えた俺に、アイロスも小さくただいまと返してくれた。
 離れていた時間を埋めるように長い間、そうやって二人で抱き合っていたのだった。




 バンバンと大きな音がして、夜空に大きな花火が上がった。これが、花まつりのフィナーレらしく、あちらこちらから歓声が上がったのが聞こえた。

「この花火を恋人同士で見るといつまでも結ばれるだったかな。そんな話があったな」

「………へぇ、そう……ですか」

 アイロスと抱き合った後、動きたくなくて二人で地面に寝転んで、夜空を眺めながら旅先での話を聞いていた。
 突然鳴り出した音にビックリした俺に、これが祭りの最後のイベントなんだとアイロスは教えてくれた。
 俺は過去に嫉妬したくはないと思いながら、学生時代のアイロスが誰かと寄り添って花火を眺めているところを想像した。胸がもやもやとして苦しくなって、思わず手でぎゅっと押さえるように胸の辺りを掴んだ。

「シリル、何を考えているの?」

「べっ……べつに、何も……」

「いつも俺ばかりだから……、シリルが嫉妬してくれると嬉しい」

 思わず反対側に向きを変えた俺を、アイロスは後ろから抱きしめてきた。

「………花まつりのときは、いつも一人でいた」

「……本当に?」

「ああ、誰が一緒に過ごすかで、生徒同士の争いになってね。結局教師から頼まれて、特別室を用意してもらってそこで静かになるのを待ってから帰っていたんだ」

 アイロスを巡って殴り合いにでもなりそうな生徒達が想像できて、思わず納得してしまった。今でもこんなに魅力的な人だから、学生時代もきっとたくさんの他人を魅了していたのだろう。

「だから、誰かと過ごすのはシリルが初めてだ。この花火を一緒に見たのもシリルだけだ」

「………うぅ」

「シリル?」

「………俺って単純なやつですね。今まで胸がムカムカしていたのに、今度は嬉しくて温かくなりました」

「今気がついたのか。俺はとっくに知っていたけど、そこが可愛いんじゃないか。それでこそ、俺の愛するシリルだ」

 俺の嫉妬など、お見通しで包み込んでくれるアイロスが嬉しかった。頭にキスの雨を降らされて、俺は目を閉じた。この人と出会えて良かった。心からそう思ったのだった。






 花まつりは終わったが、生徒達は興奮さめやらず、至るところで歌ったり踊ったりしながら盛り上がっていた。

 俺とアイロスは手を繋いだまま校舎から出て、馬車に乗るために校門の外を目指して校内を歩いていた。

「そういえばシリルは、クラウド様とやけに親しげだったけどいつ………」

「あーーー!!」

 アイロスからその名前が出て、俺はそのことを思い出して青くなった。
 度重なる試練についにキレてしまい、他国の王子に対して完全に失礼な態度をとってしまったのだ。

「ど……どうしよう。ついただの年下の学生と接する感覚で……、もし外交問題になったら……」

 俺が汗をかきながら慌て出したら、アイロスはのんきに大丈夫だろうと笑った。

「不快にされている様子はなかった。むしろ気になるのは……なぜあんなに顔が赤かったのか……。あの時シリルは地面に座っていて………」

 片手を顎に当ててブツブツと考えていたアイロスは、急に足を止めて俺の顔を見てきた。その目が細められて、そう言うことかと呟いて、今度は頭に手を当ててため息までついてきた。

「え?え?なにが……?どういうことですか?」

「全く……、シリルは放しておけないな。首輪でもつけておくか……」

 俺の首に触れながらアイロスがおかしなことを言い出したので、急な冗談に俺は何を言うのかと笑った。

「何を言っているんですか。もう……首輪なんて邪魔ですよ」

「じゃ……邪魔」

 なぜか固まってしまったアイロスを見て、もしかして来月の俺の誕生日のために、なにかプレゼントでも考えてくれていたのかと気がついた。

「俺、あれがいいです。アイロスがいつも公式の時に付けている指輪ありますよね。あれと似たようなものがいい。お揃いみたいに付けられたら、いつもアイロスを近くに感じられるから……」

「………分かった。すぐに作らせよう」

 固まっていたと思ったら、アイロスの顔はちょっと赤くなり、ぱっと嬉しそうな表情になった。そこにはもう、かつて冷たいとか氷のようだと言われていた人はいなかった。

「本当に!?嬉しい…。ありがとう、アイロス」

 嬉しくなった俺は、アイロスにぎゅっと抱きついた。そして今さらだが、アイロスの匂いを嗅いで忘れていたことを思い出した。

「………会合に行く前、ちゃんと朝起きれなくてごめんなさい。あの時、行ってらっしゃいのキスできなかったから……、ずっと寂しくて……。今してもいいですか?」

 アイロスを見上げてじっと紫の瞳を覗きこむと、アイロスは眉尻を下げて困ったような顔になった。

「シリル………。君といると心臓がもたなくなりそうだ」

「………それってどういうこと?」

「幸せってことだ」

 そう言って微笑んだアイロスは、俺の唇に自分の唇を重ねてくれた。

 急に周りから歓声と拍手の音がして、俺はここがどこだか今さら気がついた。
 いつの間にかすっかり二人の世界に入っていていたが、ここは校門の真ん前だったのだ。


「そうだシリル。これからは俺が不在時に殿下からの呼び出しがあったら仮病を使うことにしてくれ。俺がいたら一緒に行くから。いずれにしてもすぐ連絡を。兄とは引き続き手紙でやり取りして、クロエはしばらくうちに出入り禁止だ。ルーシーになるのも禁止、やるなら俺の前だけにしてくれ」

「え……あ……。いっぱいあって覚えきれない」

「……よし、それなら分かるまでベッドの上で教えよう。帰るぞ」

 俺の耳元で囁いてきたアイロスは、ニヤリと笑った。


 恋人たちの夜。
 祭りの後の興奮が混じった空気の中、伝説の卒業生アイロスの唇を奪った幻の女子生徒ルーシーの噂は、長い間語られることになる、とかならないとか………。




 □番外編完□
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みんなの感想(3件)

Aiiro
2021.01.31 Aiiro

シリルがすごく可愛いかったです。姉のことは美人だと思っているのに、自分はなんとも思ってないの鈍感にも程があります。男子たるもの兄のように逞しくと思っているのでしょうか⁇2人で遠乗りに行くお話しでシリルも男の子なんだなって認められているところが好きです。紫の花のその後とか、2人の新婚生活とか子供が生まれてからとか続きが見たくなってしまいました♪

2021.01.31 朝顔

Aiiro様

こんにちは。感想ありがとうございます。
シリルを、可愛いと言っていただけて嬉しいです😄✨
シリルは見た目は可愛いけど、心はとっても男の子なので、分かりやすくカッコいいヒーローに憧れています。兄の剣の道を極めるという話も実は自慢だったりします(笑)
年下の後輩にもちょっと強く出ちゃうところも、単純で素直なおバカさんです。時々、本人も持て余すほどの魔性を発揮するので、アイロスはとっても心配という感じでした。
子供が生まれてからの二人も色々と楽しそうですね。
イベントに被せてなにか書けたらいいなと思ってます。
お読みいただきありがとうございました✨✨

解除
ゆなちな
2021.01.26 ゆなちな
ネタバレ含む
2021.01.26 朝顔

ゆなちな様

感想ありがとうございます。
ううっ嬉しいお言葉😂ありがとうございます。
姉の入る隙間最初からありませんでしたね(笑)
ある意味キューピッドであるので、これからは恋の病に苦しんでもらおうかと😅
アイロスはどこまでも助けに来てくれます。愛され主人公大好きです。
お読みいただきありがとうございました✨✨

解除
田沢みん
2021.01.26 田沢みん

一気読みしました。
面白かった!
最初の方でアイロスが探しているのが誰かは読めるものの、結ばれるまでの流れや程よく嫌がらせをする当て馬とか、バランスが非常に良くてストレスなく読めました。
それにしても幼い頃のシリルはマジで魔性😅

2021.01.26 朝顔

田沢みん様

こんにちは。
感想ありがとうございます。
一気読みいただき嬉しいです。魔性の幼子、これから開花していくので、アイロスの心配はつきないですね😅
お読みいただきありがとうございました。

解除

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