サイファ ~少年と舞い降りた天使~

冴條玲

文字の大きさ
26 / 139
第一章 舞い降りた天使

第25話 悪役令嬢はクライスとティニーを救う

しおりを挟む
 訪ねたクライス邸は郊外の大きなお屋敷だったけど、広い庭も外壁も手入れされていなくて、割れた窓さえそのままで、まるで、廃屋のように見えた。

「ねぇ、デゼル。クライス様ってどんな人?」
「マッドサイエンティストになる人」

 え。
 クスクス、デゼルがいたずらっぽく笑った。
 そんな表情も可愛くて、何より楽しそうでいいなと思って、デゼルがあまりしない、珍しい表情だったから見惚れてた。

 高名な研究者サイエンティストだけど、何の研究をしている人かまではデゼルも知らないんだって。
 手が届かないデゼルの代わりに、僕がクライス邸の呼び鈴を鳴らすと、きちんとした身なりの、穏やかそうな白髪のおじいさんが応対してくれた。
 だけど、この人はクライス様じゃなくて、ヒツジさんなんだって。
 僕、知らなかった。
 大きなお屋敷で働く人のこと、ヒツジさんっていうんだ。
 だから、羊みたいな真っ白な髪とひげじゃないと、雇ってもらえないんだね。
 働かせて下さいって仕事を探して回ってた頃に、ヒツジなら探してるけど、君じゃまだ無理だねって言われたんだ。
 どうして、ヒツジじゃないといけないのかな。
 アライグマとかリスとかでも可愛いと思うんだけどな。それでよかったら僕の髪色なのに。
 デゼルの闇主になれたから、もう、他で働かせてもらわなくていいんだけど。
 
 通された客間でしばらく待つと、眼鏡をかけた、気難しそうな男の人が姿を現した。
 この人がクライス様かな?
 暗い藍色の髪だから、ヒツジさんではないみたい。
 デゼルが立ち上がって礼をしたから、少し前に教えてもらった通りに、僕は黙って後ろに控えた。

「はじめまして。デゼル・リュヌ・オプスキュリテと申します。こちらは私の闇主のサイファ」
「その年で闇主、ねぇ……」

 デゼルすごい。
 足元まである闇巫女の正装、夜空の蒼のドレスの裾を持ち上げて、きちんと礼をしてるし、挨拶もなんだか立派な感じ。
 僕、声をかけたらいけない闇主でよかったかも。
 僕が挨拶したら、「こんにちは、サイファといいます」で終わり。
 はじめましてとか、言われたらわかるけど、挨拶としてスラスラとは、僕、ちょっと出てこない。

 クライス様がうさん臭そうに僕を見たら、胃がキリっと痛んだ。
 その視線と声色が、仕事になってないって僕を叱る時のおとなの人達に似てたから。
 一生懸命やっても、納得してもらえない時の――

 だけど、そのクライス様こそ頬はコケて、顔色も悪くて、憔悴した様子だった。目にはすごいクマ。
 とっても、疲れてるんじゃないのかな。

 クライス様が黒板に不思議な記号と数字を書き始めて、デゼルに解いてみろと言った。
 なんだろう、あれ。
 デゼル、わかるのかな。
 黒板に手が届かないデゼルをだっこしてあげたら、微笑んだデゼルがとっても可愛かった。すごく、幸せな気持ち。

 ……。

 えっと、何の話だっけ。
 カコ、カコって、デゼルがチョークで意味のわからない記号や数字、矢印を書いていく。

「――なるほど」

 クライス様が、ちょっと驚いた様子でうなった。
 何がなるほどなんだろう。

「クライス様、あなたが煎じた薬を飲んで、六日後にティニー様が亡くなると、闇の神からの警告がありました」

 クライス様が、すごく驚いた顔をして、ただでさえ悪かった顔色が、もっと悪くなった。
 ティニー様って誰だろう。

 ……僕、今度からは出かける前に、誰に会って、何をしに行くのか聞いておこうかな。
 デゼル、教えてくれないわけじゃないんだ。
 僕が聞かなかっただけ。

「私には、ティニー様の病を癒す力があります。クライス様がトランスサタニアン帝国の第二皇子ネプチューンを帝位に就けることに協力して下さるなら、ティニー様を今日、癒すつもりで参りました」

 ガタンと、クライス様が椅子を蹴立てた。

「なぜ、私がネプチューンに招へいされていると知っている……!? 公家も知っているのか!?」

 しょうへい?
 しょうへいって、何だろう。
 どうしよう、ちゃんと聞いてるのに、全然、わからない。
 何か聞かれたら答えられるように、話は聞いてないといけないって、デゼルに言われたんだけど。

「いいえ。すべて、闇の神からの神託です。まだ、誰にも話してはいません」
「闇巫女とやら、うさん臭いと思っていたが。なるほど、公家が囲い込むだけのことはある……か。ネプチューンから帝位を望む意向は示されていないが?」
「三年後に、示されます」
「ふむ……」

 困ったな、聞いてるけどわからなかったら、聞いてないのと同じだよね……。
 何か、わからないことを聞かれて、聞いてなかったのかって𠮟られるのが怖くて、泣きたくなってきた。
 しんたくとか、かこいこむとか、いこうとか、短い会話の中に、わからない言葉がたくさん出てくるから、もう全然、何の話をしてるのか、わからないんだ。

 クライス様は部屋の中を行ったり来たりしながら、随分、考えてた。

「ついて来たまえ」

 クライス様について行くと、可愛らしい、女の子の部屋に通された。
 わぁ、お姫様ベットだ。
 デゼルの寝室のより、フリルとかリボンとか、スパンコールとかがたくさん飾られて、色もピンクで可愛い。
 デゼルのお姫様ベットは白いカーテンにコバルトの布がそえてあって、可愛いというより、涼しげで綺麗な感じだからね。

 クライス様がレースのカーテンを開けて、デゼルを手招いた。
 お姫様ベットの中では、四つか五つくらいの土気色の顔をした女の子が、息も絶え絶えに、苦しそうに眠っていたんだ。

「おまえの力は『目に見えて』回復させることができるものか?」
「――おそらく」
「おそらく、か。回復したのかしないのか、わからないような気休めだった時には、先ほどの取引に応じる保証はしない」
「わかりました。――かけます」

 そっか。
 病気の女の子を癒してあげに来たみたい。
 そういうことなら、デゼルに任せるのが一番いいと思いますって、クライス様を励ましたいけど、僕から声をかけたらいけないんだよね?

生命の水ウンディーネ【Lv8】――水神の御名によりて命ずる、ティニーを癒したまえ」

 デゼルがティニーに触れた指先から幻のような水があふれて、ティニーの体をくるくると取り巻いた。
 それは、ほんの短い時間のことで、すべての流水が消えると、ティニーの呼吸が静かになったんだ。そして。
 ぱちりと目を開けたティニーが、明るい空色の瞳でクライス様を見た。

「パパ?」
「ティニー!」

 ティニーの土気色だった肌が、少女らしい輝きを取り戻して、もう、どこからどう見ても、病人には見えない。

「わぁ、きれいなおねえちゃん」

 デゼルがニッコリ笑ってみせると、ティニーはすごく喜んだ。
 ふふ、嬉しいよね。
 僕も、デゼルに笑いかけてもらえると、すごく嬉しい気持ちになるんだ。

「デゼル様だよ、ティニーの命の恩人だ。ああ、ティニー、よく元気になってくれた……!!」

 ずっと、気難しくて不愛想だったクライス様が、別人のように泣き崩れて、ティニーをぎゅっと抱き締めた。

「生命の水【Lv3】――水神の御名によりて命ずる、クライスを癒したまえ」
「おわっ!?」

 クライス様を驚かせて、デゼルがくすっと笑った。

「お疲れのようでしたので」
「……デゼル様、公子様に水神の加護が降りたと聞きましたが、貴女様でしたか」
「公子様ということに、して頂きたいのです。私の都合で」
「そうですか、貴女様のご都合であるならお安い御用。専門書へのご助力も、これまで、ありがとうございました」

 ……。
 クライス様とデゼルが話し始めたら、また、あっという間にわからなくなって、僕、なんだか頭が痛くなってきた……。
 頭って、使い過ぎると痛くなるんだ。
 クライス様とデゼルの会話は、僕の頭を使い過ぎてみても、さっぱり、わからないんだけど。
 聞いてなくちゃ駄目? 聞いてる意味、あるのかな……。

「今後、このクライスの力が必要な時にはいつでもお声がけを」
「お心遣いに感謝いたします。そして、こちらこそ。ただ、先ほど、ティニー様を癒した奥義だけは、私の生涯のうちに三度しか使えないものです。おそらく、二度とは奥義で癒すことかないませんので、ご理解下さい」

 ひとつだけ、わかったかもしれない。
 ユリシーズの火傷を癒す約束の、たった三度しか使えない奥義を、デゼルはたぶん、ティニーのために使ったんだね。
 そうだよね、酷い火傷のユリシーズも可哀相だけど、まだ小さなティニーが重い病で六日後には死んでしまう予定なら、僕がデゼルでも、ティニーを優先しないわけにはいかない。


 クライス様はデゼルにすごく感謝したみたいで、あんまり、美味しくない夕食の席に招待してくれたんだ。
 ティニーに「ぱぱぁ、これ、おいしくないよ~? でぜるさまも、きっと、おいしくないよ?」とか言われて困ってた。
 ティニーになら、僕も話しかけてもいいよね。

「だいじょうぶ、クライス様とティニー様が元気になってくれたのが嬉しいから、おいしいよ」

 僕がそう言ったら、デゼルもにっこり笑ってうなずいてくれた。
 でも、今度があったら、夕食は僕がつくってあげようかな?
 だって僕、クライス様よりは、美味しくつくれる自信があるから。


  **――*――**


 この日の僕は知らなかったんだけど、クライス様は別に貴族じゃないから、話しかけてもよかったんだって。
 僕、すごく懲りた。
 今度からは絶対、出かける前に、何をしに行くのかデゼルにきちんと聞くよ。
 お話も、先に聞いておかないと、その場で聞こうとしたって、全然わからないってわかったから。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」 「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」  私は思わずそう言った。  だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。  ***  私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。  お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。  だから父からも煙たがられているのは自覚があった。  しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。  「必ず仕返ししてやろう」って。  そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

処理中です...