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第一章 舞い降りた天使
第24話 悪役令嬢は婚約破棄をたくらむ
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「ねぇ、デゼル」
お昼を過ぎた頃、何も食べられないまま、僕が神殿に戻ったら、デゼルが嬉しそうに迎えてくれて、お昼を一緒に食べようって誘ってくれた。
僕、どうしたんだろう。
朝から何にも食べてないから、お腹が空いてないわけないのに、どうしてなのか、食事が喉を通らないんだ。
「あの、ね? デゼルって、公子様と婚約してるの知ってる?」
デゼルがきょとんと僕を見た。
やっぱり、知らないんじゃないのかな。
「公子様が婚約したの? 誰と?」
「デゼルって、公子様に会ったことはあるんだよね?」
「うん。素敵な方よ」
「そう――」
会ったことはあるんだ。
素敵な方なんだ。
なんだろう、胃がしくしく痛くなってきた。
「あのね、デゼル。公子様と婚約してるのは、デゼルなんだよ」
「え? ……え?」
僕が真っ直ぐにデゼルを見詰めてそう言ったら、不思議そうに瞬きしたデゼルが、ようやく、誰が公子様と婚約しているのかわかったみたいで、見る間に血の気を引かせて椅子を蹴立てた。
「違うよ、そんなの、私、知らないもの!」
デゼルが全然、嬉しそうな様子には見えなくて、僕、とってもほっとした。
「サイファ様、手を、つないでもいい?」
「うん」
つないだデゼルの手が、恐怖に冷たくなっていて。
「デゼル、怖かったら抱っこしようか?」
「うん」
抱き寄せたら、デゼル、肩を震わせて泣き出してしまったんだ。
そんなに怖かったんだ。
デゼルって、すごく不思議で、すごく可愛い。
素敵な公子様との婚約の、何が怖いのかわからないけど、僕にだけ懐いてくれるのは、すごく嬉しかった。
「サイファ様、ありがとう」
「今日はこの後、予定通り、クライスさんのところに行くの?」
「――うん、時間がないの。でも、少し、待って」
デゼルが気持ちを落ち着かせようとするように、僕の胸に顔を埋めてきた。
生まれて初めての衝撃に、僕、びっくりしてしまって。
大好きな女の子に頼られるのって、電流が走り抜けるみたいな衝撃があるんだ。
僕が自分で抱き寄せるのとは全然違う。
とてつもなく甘くて、快くて、抱き締めた腕が動かない。
デゼルを離したくなくて、いつまでも、こうしていたくなって――
「公子様のことで、少し、マリベル様に話してから行く。サイファ様に何かあってからじゃ、遅いもの」
――僕に?
デゼル、僕に何があると思って、心配してるんだろう。
デゼルがあんまり心配そうにするから、白い額にそっとキスしたら、デゼルの頬が綺麗な桜色になって、可愛かった。
僕が机にラクガキされた程度のことで、泣きじゃくってたデゼルだから。
多分、公子様のことも気にし過ぎなんじゃないのかな。
ねぇ、デゼル。
デゼルが公子様より、僕のことを大好きでいてくれるなら、それだけで僕なら平気だよ?
だから、心配しなくていいんだよって、言ってあげなくちゃと思ったのに。
デゼルが泣くことなんて、全然、ないんだから。
涙を拭いて顔を上げたデゼルの表情が、眉を可愛らしく上げた頑張るモードで。
まだ少し涙の気配を残した、透明感のある綺麗な蒼の瞳に、デゼルがなけなしの勇気を揺らしているのを見たら、今さら、言えなくなっちゃった。
引っ込み思案で臆病なデゼルが、勇気を出して頑張ろうとしてるのに、水を差したくなかったんだ。
マリベル様にお話しするだけなら、危ないことじゃないし、話はできるようになった方がいいよね。
**――*――**
「サイファ様――!」
夏休みの宿題を進めながら、しばらく待っていたら、デゼルが小鳥みたいな軽やかな足取りで、僕の胸に飛び込んできた。
「上手に断れました!」
「ぷっ」
やだな、デゼル。
ものすごく、可愛らしいドヤ顔。
澄んだ瞳をきらきらさせて僕を見て、冷たかった肌も、すっかり艶々。
「よくできました」
褒めてあげたら、わぁいって、嬉しそうにデゼルが跳ねた。
波打つ銀の髪が夏の陽射しを弾きながら散って、キラキラ、とっても眩しかった。
お昼を過ぎた頃、何も食べられないまま、僕が神殿に戻ったら、デゼルが嬉しそうに迎えてくれて、お昼を一緒に食べようって誘ってくれた。
僕、どうしたんだろう。
朝から何にも食べてないから、お腹が空いてないわけないのに、どうしてなのか、食事が喉を通らないんだ。
「あの、ね? デゼルって、公子様と婚約してるの知ってる?」
デゼルがきょとんと僕を見た。
やっぱり、知らないんじゃないのかな。
「公子様が婚約したの? 誰と?」
「デゼルって、公子様に会ったことはあるんだよね?」
「うん。素敵な方よ」
「そう――」
会ったことはあるんだ。
素敵な方なんだ。
なんだろう、胃がしくしく痛くなってきた。
「あのね、デゼル。公子様と婚約してるのは、デゼルなんだよ」
「え? ……え?」
僕が真っ直ぐにデゼルを見詰めてそう言ったら、不思議そうに瞬きしたデゼルが、ようやく、誰が公子様と婚約しているのかわかったみたいで、見る間に血の気を引かせて椅子を蹴立てた。
「違うよ、そんなの、私、知らないもの!」
デゼルが全然、嬉しそうな様子には見えなくて、僕、とってもほっとした。
「サイファ様、手を、つないでもいい?」
「うん」
つないだデゼルの手が、恐怖に冷たくなっていて。
「デゼル、怖かったら抱っこしようか?」
「うん」
抱き寄せたら、デゼル、肩を震わせて泣き出してしまったんだ。
そんなに怖かったんだ。
デゼルって、すごく不思議で、すごく可愛い。
素敵な公子様との婚約の、何が怖いのかわからないけど、僕にだけ懐いてくれるのは、すごく嬉しかった。
「サイファ様、ありがとう」
「今日はこの後、予定通り、クライスさんのところに行くの?」
「――うん、時間がないの。でも、少し、待って」
デゼルが気持ちを落ち着かせようとするように、僕の胸に顔を埋めてきた。
生まれて初めての衝撃に、僕、びっくりしてしまって。
大好きな女の子に頼られるのって、電流が走り抜けるみたいな衝撃があるんだ。
僕が自分で抱き寄せるのとは全然違う。
とてつもなく甘くて、快くて、抱き締めた腕が動かない。
デゼルを離したくなくて、いつまでも、こうしていたくなって――
「公子様のことで、少し、マリベル様に話してから行く。サイファ様に何かあってからじゃ、遅いもの」
――僕に?
デゼル、僕に何があると思って、心配してるんだろう。
デゼルがあんまり心配そうにするから、白い額にそっとキスしたら、デゼルの頬が綺麗な桜色になって、可愛かった。
僕が机にラクガキされた程度のことで、泣きじゃくってたデゼルだから。
多分、公子様のことも気にし過ぎなんじゃないのかな。
ねぇ、デゼル。
デゼルが公子様より、僕のことを大好きでいてくれるなら、それだけで僕なら平気だよ?
だから、心配しなくていいんだよって、言ってあげなくちゃと思ったのに。
デゼルが泣くことなんて、全然、ないんだから。
涙を拭いて顔を上げたデゼルの表情が、眉を可愛らしく上げた頑張るモードで。
まだ少し涙の気配を残した、透明感のある綺麗な蒼の瞳に、デゼルがなけなしの勇気を揺らしているのを見たら、今さら、言えなくなっちゃった。
引っ込み思案で臆病なデゼルが、勇気を出して頑張ろうとしてるのに、水を差したくなかったんだ。
マリベル様にお話しするだけなら、危ないことじゃないし、話はできるようになった方がいいよね。
**――*――**
「サイファ様――!」
夏休みの宿題を進めながら、しばらく待っていたら、デゼルが小鳥みたいな軽やかな足取りで、僕の胸に飛び込んできた。
「上手に断れました!」
「ぷっ」
やだな、デゼル。
ものすごく、可愛らしいドヤ顔。
澄んだ瞳をきらきらさせて僕を見て、冷たかった肌も、すっかり艶々。
「よくできました」
褒めてあげたら、わぁいって、嬉しそうにデゼルが跳ねた。
波打つ銀の髪が夏の陽射しを弾きながら散って、キラキラ、とっても眩しかった。
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