四つの前世を持つ青年、冒険者養成学校にて「元」子爵令嬢の夢に付き合う 〜護国の武士が無双の騎士へと至るまで〜

最上 虎々

文字の大きさ
19 / 177
第二章 駆け出し冒険者、兼、学生

第十七話 期待

しおりを挟む
 空中。
 風を纏った右手を構え、拳を握る。

 落下する俺の着地点を狙って爪を構えるケウキ。

 当然ながら、俺が構えた右手に風を纏わせているのは、これを砕くためである。
 まずはあの爪を砕かないことには、何も始まらないだろう。

 あえて飛び上がったのは、自由落下の体勢に入ったで相手に隙があるように見せ、爪での攻撃を誘って同時に風を纏わせた拳を打ち込む。

 一つ目の策は以上である。

 そして今、ケウキはまさに爪を突き出す。

 素手での戦い方は基礎しか習っていないが、それでも、これまで生きてきたいくつもの人生における戦闘経験を活かして、自分なりに応用を効かせることならできる。

 ガラテヤ様のものではなく、ただ重心を乗せて弱点を狙うだけの「殺抜さつばつ」をベースに、空中で地面に対して垂直に回転斬りを行う「風車かざぐるま」の要素を組み込むことで、渦を巻く風を己の回転と共に拳ごと捩じ込む新技。

 風というものは、腕というものは、そして基礎技術というものは、こうやって使うのだ。

「【砕渦さいか】」

「ゴ、オォ……!?」

 拳が爪に当たった瞬間、拳に収まっていた風が一気に解き放たれた。

 一点に力を集中させた、「拳から繰り出す風車」のコンセプトは、どうやら実現できたらしい。

 瞬間的にだが、嵐の際に起きる突風を凌駕する出力を誇る風を受けた爪は、計算通り粉砕される。

 血が吹き出すケウキの指。

 明らかに驚いたような「ギィィィ!」という声とともに、数歩後退。

「ふぅ。やっぱ慣れない事するとドッと疲れるな……」

 かなり効いてはいるようだが、ただでさえ体力の消耗が大きい風牙流なのだ、さらに慣れない新技を使うともなれば、それはより大きな消耗を招くことになるのは言わずもがなであった。

「グァ、グェ、グゥゥ……ギィギィィー!」

 しかし、安心したのも束の間。

 ケウキは、あろうことか今までの倍近くはあるだろうスピードで木々の間を飛び回り始めたのだ。

 俺が破壊したのは、右手の爪。

 五本指、全てまとめてその爪を破壊した俺であったが、どうやらケウキはそれを受けて、右手どころか右腕をほぼ捨てた動きにシフトしたらしく、空中で左手を軸に回転しながら、奇妙奇天烈な飛び回り方をしている。

 動きこそ壊れたオモチャのようだが、なりふり構わなくなったせいか、それとも出血によりアドレナリンが分泌されているのか。
 ただでさえその姿を視界に収め続けるのは困難だったというのに、今はもうそれどころの騒ぎではない。

「ハァー……。セイッ!ヤァッ!ハッ!カァッ!そらぁッ!」

 ケウキを目で追い、先を読む。
 距離を詰め、拳を構える。
 体重を乗せる、打ち込む。

 しかし打てども打てども、拳は当たるどころか掠りもしない。

 そして。

「キィィィッ!」

「うぉっ……!」

 咄嗟に抜いたシミターで首元を守り、何とか一撃は防御することに成功。

 しかし、その刀身は粉々になるまで砕かれてしまった。

 使い始めてから四年が経つとはいえ、子爵家の武器庫に収められていた武器を、二度の攻撃で粉砕する威力。

 ケウキもケウキで右手が使えないため、少し着地がうまく行っていないようであったが、こちらが受けた損害に比べれば、それによって向こうが被ったダメージなど、微々たるものであろう。

「ギゥゥゥ」

 続けて、もう一撃。

「ぐっ!」

 腰に下げていたバックラーを左手に取り、爪に対して打ちつけるようにし、衝撃を逃がす。

 またも防御には成功したが、バックラーにも大きなヒビが入ってしまい、次に攻撃を受けようものなら完璧な位置で衝撃を逃したとしても、壊れるか、もう一撃受け切れるか……五分五分といったところだろうか。

「キィィ」

 間伐入れず、ケウキは口を大きく開けて迫る。

「うおぉッ!」

 土壇場で俺は右腕に風を纏わせ、裏拳。

 しかし顔こそ振り払えたものの、さらにケウキは捨て身の覚悟で血みどろの右手を地につけて踏ん張り、左手を伸ばしてきた。

「クォォォォォォァ!」

 それに合わせて俺は側転の体勢へ入り、左脚での後ろ蹴り。

 砕渦さいかやガラテヤ様の刹抜さつばつのように手の込んだ調整までは手が回らなかったが、これでも脚はある程度の風を纏っている。

 運が良ければ、左手の爪も砕けるかもしれない。

 しかし。

「ぐ……ぅぉ」

 やはり纏っていた風が不完全であったが故か、俺の蹴りはただの強風キックとなり、こちら側が弾き飛ばされ、近くの岩に全身を打ちつけられてしまった。

「キキキ、キ」

 頭が揺られ、意識が一気に落ちていく。

 全身に力が入らない俺へ、一歩一歩近づくケウキ。

 そして今、ゆっくりと上げられた左腕が振り下ろされる。

「ジィン君!」

 ロディアの声がうっすらと聞こえた。

 しかし……時すでに遅しである。

 眼前へと迫る爪。

 万が一、ロディアが盾になろうと庇ってくれたとしても、おそらく間に合わないだろう。

 全身を打撲し、その内どれだけの骨がどうなっているのかも分からないが、全身の激痛も相まって、何とか根性で保っていた意識が今にも逃げ出しそうだ。

 終わった……と、そう思った時。

「【雷電飛矢サンダーボルト】!」

 いつかの出会いを思い出す、土壇場での救援。

 しかし、それに安心し切ってしまったためか。
 既に限界を迎えていたであろう俺の意識は、とうとうそこで途切れてしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!

ユーリ
ファンタジー
気がつくと、見知らぬ部屋のベッドの上で、状況が理解できず混乱していた僕は、鏡の前に立って、あることを思い出した。 ここはリュカとして生きてきた異世界で、僕は“落ちこぼれ貴族の息子”だった。しかも最悪なことに、さっき行われた絶対失敗出来ない召喚の儀で、僕だけが失敗した。 そのせいで、貴族としての評価は確実に地に落ちる。けれど、両親は超が付くほど過保護だから、家から追い出される心配は……たぶん無い。 問題は一つ。 兄様との関係が、どうしようもなく悪い。 僕は両親に甘やかされ、勉強もサボり放題。その積み重ねのせいで、兄様との距離は遠く、話しかけるだけで気まずい空気に。 このまま兄様が家督を継いだら、屋敷から追い出されるかもしれない! 追い出されないように兄様との関係を改善し、いざ追い出されても生きていけるように勉強して強くなる!……のはずが、勉強をサボっていたせいで、一般常識すら分からないところからのスタートだった。 それでも、兄様との距離を縮めようと努力しているのに、なかなか縮まらない! むしろ避けられてる気さえする!! それでもめげずに、今日も兄様との関係修復、頑張ります! 5/9から小説になろうでも掲載中

【改訂版】槍使いのドラゴンテイマー ~邪竜をテイムしたのでついでに魔王も倒しておこうと思う~

こげ丸
ファンタジー
『偶然テイムしたドラゴンは神をも凌駕する邪竜だった』 公開サイト累計1000万pv突破の人気作が改訂版として全編リニューアル! 書籍化作業なみにすべての文章を見直したうえで大幅加筆。 旧版をお読み頂いた方もぜひ改訂版をお楽しみください! ===あらすじ=== 異世界にて前世の記憶を取り戻した主人公は、今まで誰も手にしたことのない【ギフト:竜を従えし者】を授かった。 しかしドラゴンをテイムし従えるのは簡単ではなく、たゆまぬ鍛錬を続けていたにもかかわらず、その命を失いかける。 だが……九死に一生を得たそのすぐあと、偶然が重なり、念願のドラゴンテイマーに! 神をも凌駕する力を持つ最強で最凶のドラゴンに、 双子の猫耳獣人や常識を知らないハイエルフの美幼女。 トラブルメーカーの美少女受付嬢までもが加わって、主人公の波乱万丈の物語が始まる! ※以前公開していた旧版とは一部設定や物語の展開などが異なっておりますので改訂版の続きは更新をお待ち下さい ※改訂版の公開方法、ファンタジーカップのエントリーについては運営様に確認し、問題ないであろう方法で公開しております ※小説家になろう様とカクヨム様でも公開しております

レベルアップは異世界がおすすめ!

まったりー
ファンタジー
レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。 そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。

DIYと異世界建築生活〜ギャル娘たちとパパの腰袋チート

みーくん
ファンタジー
気づいたら異世界に飛ばされていた、おっさん大工。 唯一の武器は、腰につけた工具袋—— …って、これ中身無限!?釘も木材もコンクリも出てくるんだけど!? 戸惑いながらも、拾った(?)ギャル魔法少女や謎の娘たちと家づくりを始めたおっさん。 土木工事からリゾート開発、果てはダンジョン探索まで!? 「異世界に家がないなら、建てればいいじゃない」 今日もおっさんはハンマー片手に、愛とユーモアと魔法で暮らしをDIY! 建築×育児×チート×ギャル “腰袋チート”で異世界を住みよく変える、大人の冒険がここに始まる! 腰活(こしかつっ!)よろしくお願いします

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

処理中です...