四つの前世を持つ青年、冒険者養成学校にて「元」子爵令嬢の夢に付き合う 〜護国の武士が無双の騎士へと至るまで〜

最上 虎々

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第三章 変わったこと

第二十一話 独白に似たもの

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 ムーア先生による抜き打ち模擬戦の後、俺はウェンディル学園の正門にて、ガラテヤ様と合流。

 日もすっかり暮れてしまった頃、俺達は街へと繰り出す。

 今日はガラテヤ様が、外で武器調達とディナーの予約を入れているのだ。

 ディナーの相手は俺。
 そして武器の調達というのは、何を隠そう俺のバックラーとハーフプレートメイルは直ったものの、シミターは完全に壊れてしまったため、代わりの剣が無い状態が続いていた俺を気遣ってのことだろう。
 ……どちらも、俺の怪我が治ったお祝いなのだとか。

 俺とガラテヤ様は、まず武器屋に寄ってファルシオンを調達。

 刃は広いが少しだけ刀に似ており、シミターよりも使いやすい仕上がりになっているこの武器は、俺の新たな相棒として、そして一応は雇用主であるガラテヤ様からの手当てとして頂いてしまった。

 その後、持ったところが沈み込んでしまう程の柔らかいパンと、水を纏っているように瑞々しい野菜、くどくない油と柔らかさを両立した肉に舌鼓を打ち、夜を過ごした。
 この国では十六歳以上から飲酒は許可されているものの、ガラテヤ様に合わせるため、日本兵時代以降初めての飲酒はお預けにし、ガラテヤ様とお揃いのジュースを飲んで喉を潤す。

「今日は……ありがとうございました、ガラテヤ様」

「いいのよ。きちんと護ってもらうためにも、騎士の士気は保たないとね」

 帰り道、俺はガラテヤ様の背後につき、賑やかな飲食店が並ぶ道を歩いて帰る。

 明るい道が比較的安全なのは、こちらの世界でも同じこと。

 もう、受験帰りの時ような目に遭うわけにはいかないのだ。

「……不安だったんですか?あんな目に遭った後だから、俺が『もう実戦は嫌だとか戦いたくないだとか言い出すんじゃないか』って」

「……バレてしまっては仕方ないわね。当然、怪我の心配はしていたけれど……それ以上に、不安でもあったわ。これからも、私の騎士を続けてくれるかどうか。もし、貴方の怪我が酷いようなら……騎士ではなくベルメリア家の剣術指南役にして、家に送り返すことも検討していたのだけれど」

「やだなぁ、大切なガラテヤ様の騎士ですよ?続けるに決まってるじゃないですか。それに、帰ったら帰ったでランドルフ様との空気感が地獄になりそうですし」

「……どうやら、余計なことを考える必要は無さそうで安心したわ」

「ところで、ガラテヤ様。ペットは犬派か猫派……どっちですか?」

「どうしてそんなこと聞くのよ、突然?」

「いやぁ、前世で姉弟だからこそ話せなかったこと、みたいなのあるじゃないですか。一緒の家に住んでるからこそ話さない話題って言うんですか?そういうやつです」

「そうねぇ……どっちも好きだけど、強いて言うなら猫かしら」

「俺も猫です。お揃いですね」

「そうね。……私達が歳をとって、二人とも冒険者を引退するような時が来たら……その時は、猫でも飼う?」

「それは俺達が冒険者を引退するくらい歳をとっても、ずっと側に置いてくれるという解釈でよろしいですか?」

「あっ……うん、えー……っと……だ、誰のものにもならなければ……の話なんだからねっ、あの、その……ねっ」

「ガラテヤ様、口調、口調。喋り方戻ってますって」

「コホン!と、とりあえずそういうことだから!覚悟しておきなさい!」

「俺は何を覚悟させられるんですか……」

 顔を真っ赤にするガラテヤ様と、追いついたり追い抜かされたりしながら歩くこと十数分。

 途中でさらに何回か立ち止まって話をしたことも影響してか、思ったよりも遅くなってしま俺達は、門限の二十分前に女子寮へと到着。

「それじゃあ、また明日。今日はありがとう、付き合ってくれて」

「俺の方こそ、ありがとうございます。わざわざ回復を祝うために、店まで予約してもらっちゃって」

 ガラテヤ様を見送り、俺も男子寮へと戻る。

 今日は長い一日だった。

 マーズさん、ムーア先生、そしてガラテヤ様……。

 特に印象深かったのは、マーズさんの父であるレイティル第七隊長の過去……と言いたいところだが、正直なところ、ガラテヤ様の真っ赤になった照れ顔である。

 前世までの世界でいえば、小学生六年生か中学一年生といった年齢の少女があそこまで照れた顔というのも珍しい。
 さらに、顔が整っているものだから余計に貴重である。

 やはり「元」姉ちゃんの記憶があるとはいえ、脳自体はまだまだ若すぎる少女に老後の話をするのは、思慮が浅すぎたのだろうか。
 反省。

 俺が目を閉じると、脳裏には久しぶりに、前世の生活が蘇ってきた。

 ……そういえば「尊姉ちゃん」は、例えば照れ顔のような……本人の意図していない表情をしたことが、少なくとも俺の前では一度しか無かった。

 中学生の頃に入っていたテニス部で先輩達にいびられ、結果として顧問に理不尽な内容で叱られても落ち込んでいる様子は見せず、お涙頂戴な映画を観ても、ずっと微笑みながら涙を流していた。

 唯一、そんな表情を見せたのは、俺が姉ちゃんを突き飛ばして瓦礫に巻き込まれた時、つまりは死に際。

 記憶が、さらに少し蘇ってきた。

 記憶の中の姉ちゃんは、涙を流し、口角は下がり、「何で私なんかのために」と言っている。
 最後に見た尊姉ちゃんの顔は、とても哀しそうだった。

 なるほど、今になって考えてみれば、俺にとって自身が立派な姉として映るような、それこそ涙ぐましい努力だったのかもしれない。

 前世の俺は……俺自身の思っていた以上に、尊姉ちゃんへ「姉ちゃん」のイメージを持ち過ぎていたのかもしれない。

 ガラテヤ様は、厳密には百パーセント純粋な尊姉ちゃんではない。

 だからこそ、現世では……「尊姉ちゃん」ではなく、心優しく、しかし自由な、かつて「足利 尊」であった少女の、「ガラテヤ・モネ・ベルメリア」の騎士でありたいものである。

 しかし……俺に、尊姉ちゃんの影を追わずにガラテヤ様を愛すことはできるだろうか。

 尊姉ちゃんは、確かにガラテヤ様を構成する一部の要素であることは確かである。

 俺は気を抜くと、そんなガラテヤ様の……まさにその「尊姉ちゃん」としての要素に目が向いてしまう。

 今はまだ、ガラテヤ様も尊姉ちゃんの欠片が見え隠れする程度には、前世を引きずっているようではあるが……。
 いずれ、この世界における「ジィンとガラテヤ」という関係性に慣れていかなければならないのだろう。

 悩みの種は尽きない。
 俺は今日も掛け布団に潜りながら、悶々と考えごとを続けるのであった。
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