四つの前世を持つ青年、冒険者養成学校にて「元」子爵令嬢の夢に付き合う 〜護国の武士が無双の騎士へと至るまで〜

最上 虎々

文字の大きさ
25 / 177
第三章 変わったこと

第二十三話 迷子を追って 後編

しおりを挟む
 俺はガラテヤ様に買ってもらったファルシオンを抜き、風を纏わせる。

「ガラテヤ様!」

 シミターよりも刀身が長く、しかしシミターと違って突くことができないため、より斬ることに特化している武器。

不可知槍フカチヤリ」は問題外として、「雀蜂スズメバチ」も、しばらくは封印になりそうだが……。

 その代わり、斬撃はシミターを使っていた時とは段違いのものが期待できる。

 まさか、その初めての相手が人間だとは……。

 纏わせた風を操作し、脚から腰、腰から腕へ、回転を伝える。

 引いた肩甲骨を戻し、そこから繰り出される「風車かざぐるま」のような、しかし一瞬で敵を薙ぎ払うことを強いられたため、それに限りなく近い、ただの回転斬りを繰り出す。

「うおッ!?」

「ぐわっ!?」

「……あぶな」

 しかし、今までならただの回転斬りであったハズのそれは、俺を狙って近づいてきた二人の男を折り紙のように吹き飛ばし、勢いをつけて飛びかかってきたラナちゃんにも、空中で身を縮めながら壁を用いての後退を強いる程の威力をもつ、風の乱舞と化していた。

「あら、シミターと少し勝手が違うから、ちゃっと不安だったけれど……思ったより上手く使えそうじゃない」

 ガラテヤ様は、余っている一人を右手で殴り飛ばしながら、左手で胸を撫で下ろす。

「何か……とんでもなく力入れやすいです。ありがとうございます」

「いいのよ、そのファルシオンで、これからも私を守ってね」

「勿論ですとも、ガラテヤ様」

 膝を突いた状態から立ち上がった三人の男が、再びこちらへ突進してくる。

 ガラテヤ様は、彼らの目を逆噴射した「飛風フェイフー」によって一瞬で乾かし、瞬きをしている間に、俺は脚に風を纏わせることで「駆ける風」を使い、急接近。

 そして、

「【蜘蛛手くもで】」

 ファルシオンの峰で衝撃波を生み出し、ラナちゃんを含む四人に分散させた「蜘蛛手くもで」を食らわせた。

「がっ……」

「うぐ……」

「ぎえっ!」

 三人の男達は衝撃波に吹き飛ばされた勢いで塀に頭をぶつけ、そのまま気絶。

「んん……!」

 ラナちゃんは腰から抜いたもう一本のナイフでなんとか衝撃波を受け流し、しかし左肩へ一撃をもらってしまったためか、ナイフを腰に再び納めて、何か別の武器を取り出し始めた。

「今ので耐えられるんだ……。俺、自分の剣には結構自信あるんだけど……ラナちゃん、やるね」

「おいらみたいな猟兵の世界は、甘くないから……おいらは、強くならなきゃ生きていけないから、強くなってる。おいらがこれくらいでやられてたら、今頃みんな死んでる」

「へー。皆に認められてないって言ってたけど、ラナちゃん、猟兵なんだ。……そういうことをせざるを得ない人が出てくる国の体制っていつのは、俺もどうかと思うよ」

「知ってるんだね、そういう話。偉い人は知らないのかと思ってた」

「ハハ、特に俺なんかは偉い人って言われる程じゃないけど……でも、そういう立場にある人達の現状を少しでも知って変えていくのだって、君の言う偉い人の役目だと、俺は思ってるよ」

 高ランクの冒険者が主な対象となる傭兵とは別に、「猟兵りょうへい」という者達がいる。

 彼らは国から傭兵としての資格を認められていることを証明する高ランク冒険者のライセンスを持たず、私的に活動する者達。

 厳密には彼らの方が本来在るべき傭兵の姿ではあるのだが、国が「傭兵は予備軍みたいなもの」という意味と、さらに区別の意味を込めて、非公認の傭兵を「猟兵」と呼ぶようになったらしい。

「でも、変わらない。おいら達は変わるチャンスも、もらえない」

「……もどかしいけど、そうだね。だから、俺は君達に猟兵行為を今すぐに止めろという資格は無いと思ってる。勿論、止められるなら止めて欲しいけど」

「……お兄さん、ちゃんとおいらみたいな人の話でも聞いてくれるんだね。偉い人なのに」

「いや、俺はあんまり偉くないんだって……。っていうか、誰が何と言おうと無理なもんは無理でしょ。『冒険者にはならないの?』なんて聞くのも、それこそ理想の偉い人とは程遠い世間知らずが言うような、野暮な話だろうし」

「うん」

「でも……だからって、俺とかガラテヤ様が君達にボコボコにされて、物を奪われたり、誘拐されたりしてあげる義理は無いんだよね」

「分かってる。お互い分かり合えないライン」

 彼ら猟兵の多くは、山賊や海賊と変わらない。

 しかしその全員が、必ずしもエゴによって賊をやっているという訳でもないという意識は、最近になって世間に浸透し始めた常識の一つに数えられる程に広まってきている。

 背景を詳細には知らないが、それ程までに、国が救えていない人の存在は浮き彫りになっている……ということなのだろう。

「そういうこと。だから……ラナちゃんにも、そこで倒れてる三人にも……ガラテヤ様の安全を確保するためには、捕まってもらわなきゃいけないんだ。俺はルールを守るためじゃなくて……ガラテヤ様と俺自身を守るために、ラナちゃんを捕まえる」

「言いたいことは分かる。でも、おいら達が生きるためには、違法でも賊とか猟兵とか、そういう、皆がダメって言うことを続けなきゃいけない。でも、お兄さん達が強いのは分かった。多分、おいら一人じゃ勝てない。だから……ここは、逃がしてもらうね」

 俺がもう一度ファルシオンを構えようとした瞬間、ラナちゃんは煙玉を地面に叩きつけて俺達の視界を奪う。

「なっ、曲者……!いかん昔の癖が、ゲホッ、ゲホッ!」

「くっ……ジィン!惑わされないで!」

「ダメです!何も見えません!」

 そしてラナちゃんは、そのまま三人を置いて姿を眩ませてしまった。

 二時間後。

「……とりあえず、お疲れ様でした。ギルドが管轄している支部とはいえ、冒険者養成学校の中に置かせてもらっているギルドに、こんな罠にみたいな依頼が通ってしまうなんて……迂闊でした。今後は、より一層依頼の審査に努めます」

「よろしくお願いします」

 俺とガラテヤ様は、拘束した男三人を台車に乗せてウェンディル学園に戻り、受付嬢に事の顛末を話す。

 その報告を聞いた受付嬢は一度、俺達へ頭を下げ、依頼主から事前に預かっていたという成功報酬を……何かが書かれていた紙に乗せて差し出した。

「……結果として依頼は達成できていないのだけれど、いいの?」

「料金は依頼主から預かっているものですから。どの道、依頼はもう終わりですし……」

「それもそうね。じゃあ、ありがたく頂きましょ」

 ラナちゃん達としては、そこそこの依頼料で釣った人々から、さらに多くの金や物をむしり取ったり、それ越える身代金を要求することで、結果として元を取る予定だったのだろう。

 ……何があったのかは知らないが、おそらく、ラナちゃんの言っていたことは本当だ。
 特に証拠があるわけでは無いが、あの目を見れば分かる。

 ラナちゃんだけでなく……拘束した三人も、何かしらの理由があって、かつて所属していたであろう共同体の中で過ごすことができなくなってしまったが故に、猟兵団として集まっているのだろう。

 この依頼料には、ただのお金以上の意味がある。
 俺は金貨を握りしめながら、そう思わずにはいられなかった。

「……拘束した三人については、衛兵達と協力し、吐かせられるだけの情報を吐かせた後に、こちらで然るべき処分を致します。お二人さえ望めば、できる限りの情報は提供致しますので……また、こちらへお立ち寄りください。ありがとうございました」

 その後。

 すっかり日も暮れた頃、俺達がそれぞれと寮へ戻ろうとすると、先程の受付嬢が私服でこちらへ駆け寄ってきた。

「あっ、まだ外にいた!お二人とも、丁度良いところに!」

「あら、受付嬢さん。もう夜よ?まだ仕事中?」

「いえ。受付嬢の仕事は夜勤の人に代わってるので終わりなんですけど……明日の夕方頃、貴方達と『マーズ・バーン・ロックスティラ』さんの三人に、ギルドに来て頂きたいと、寮の管理者さんに伝言をお願いしようと思っていたところだったんです!」

「俺とガラテヤ様と……マーズさんが呼び出し?」

「事情はさっぱりだけれど、とりあえず夕方にそちらへ行けばいいのね。マーズには、私から伝えておくわ」

「ありがとうございます!詳しい理由は明日、ギルドの応接室でお話し致しますので、よろしくお願いします!」

 そう言って、小走りで正門へと行ってしまう受付嬢。

 俺は遠のく彼女の姿を見ながら一言。

「罠……じゃ、ないですよね」

「流石に違うと思うわよ。不安なのは分かるけど、しっかりなさい」

 あんな純粋そうな少女に騙されたのだ、少しばかり呼び出しに対して敏感になってしまうのも多めに見て欲しい。

「勘弁してくださいよ……。はぁ……。何か……すごい疲れました」

「同感ね」

「どうします?猟兵とか、ギルドとか……忙しくなりそうですけど」

「とりあえず今は、目の前にあることをこなすだけじゃないかしら?猟兵三人組の件については、ギルドと衛兵が何とかしてくれるまで待つしか無いし……まず明日、ギルドに行ってから、いろいろ考えましょ」

 ガラテヤ様は寮の前で大きく背伸びをする。

「それもそうですね。じゃあ、お休みなさい」

「ええ、お休み」

 混沌とした一日だった。

 犬を探し、少女に騙され、戦い、ギルドからは謎のお呼び出し。

 特に王都でイベントがあった訳でも無し、国が大きく揺れ動くような存在が動き出したでも無し。

 何が何だか、こんな一日になってしまった理由について、俺達以外の因果がさっぱりである。

 しかし、それでも俺達は今日も互いの寮までを一緒に歩き、そして、それぞれのベッドで身体と心を休める。

 少しばかり日常とは違う日を過ごすことになろうとも、俺達にんげんはそう簡単に変われないらしい。

 俺はガラテヤ様の顔を思い浮かべ、今日も布団を顔まで被って眠るのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!

ユーリ
ファンタジー
気がつくと、見知らぬ部屋のベッドの上で、状況が理解できず混乱していた僕は、鏡の前に立って、あることを思い出した。 ここはリュカとして生きてきた異世界で、僕は“落ちこぼれ貴族の息子”だった。しかも最悪なことに、さっき行われた絶対失敗出来ない召喚の儀で、僕だけが失敗した。 そのせいで、貴族としての評価は確実に地に落ちる。けれど、両親は超が付くほど過保護だから、家から追い出される心配は……たぶん無い。 問題は一つ。 兄様との関係が、どうしようもなく悪い。 僕は両親に甘やかされ、勉強もサボり放題。その積み重ねのせいで、兄様との距離は遠く、話しかけるだけで気まずい空気に。 このまま兄様が家督を継いだら、屋敷から追い出されるかもしれない! 追い出されないように兄様との関係を改善し、いざ追い出されても生きていけるように勉強して強くなる!……のはずが、勉強をサボっていたせいで、一般常識すら分からないところからのスタートだった。 それでも、兄様との距離を縮めようと努力しているのに、なかなか縮まらない! むしろ避けられてる気さえする!! それでもめげずに、今日も兄様との関係修復、頑張ります! 5/9から小説になろうでも掲載中

【改訂版】槍使いのドラゴンテイマー ~邪竜をテイムしたのでついでに魔王も倒しておこうと思う~

こげ丸
ファンタジー
『偶然テイムしたドラゴンは神をも凌駕する邪竜だった』 公開サイト累計1000万pv突破の人気作が改訂版として全編リニューアル! 書籍化作業なみにすべての文章を見直したうえで大幅加筆。 旧版をお読み頂いた方もぜひ改訂版をお楽しみください! ===あらすじ=== 異世界にて前世の記憶を取り戻した主人公は、今まで誰も手にしたことのない【ギフト:竜を従えし者】を授かった。 しかしドラゴンをテイムし従えるのは簡単ではなく、たゆまぬ鍛錬を続けていたにもかかわらず、その命を失いかける。 だが……九死に一生を得たそのすぐあと、偶然が重なり、念願のドラゴンテイマーに! 神をも凌駕する力を持つ最強で最凶のドラゴンに、 双子の猫耳獣人や常識を知らないハイエルフの美幼女。 トラブルメーカーの美少女受付嬢までもが加わって、主人公の波乱万丈の物語が始まる! ※以前公開していた旧版とは一部設定や物語の展開などが異なっておりますので改訂版の続きは更新をお待ち下さい ※改訂版の公開方法、ファンタジーカップのエントリーについては運営様に確認し、問題ないであろう方法で公開しております ※小説家になろう様とカクヨム様でも公開しております

レベルアップは異世界がおすすめ!

まったりー
ファンタジー
レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。 そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。

DIYと異世界建築生活〜ギャル娘たちとパパの腰袋チート

みーくん
ファンタジー
気づいたら異世界に飛ばされていた、おっさん大工。 唯一の武器は、腰につけた工具袋—— …って、これ中身無限!?釘も木材もコンクリも出てくるんだけど!? 戸惑いながらも、拾った(?)ギャル魔法少女や謎の娘たちと家づくりを始めたおっさん。 土木工事からリゾート開発、果てはダンジョン探索まで!? 「異世界に家がないなら、建てればいいじゃない」 今日もおっさんはハンマー片手に、愛とユーモアと魔法で暮らしをDIY! 建築×育児×チート×ギャル “腰袋チート”で異世界を住みよく変える、大人の冒険がここに始まる! 腰活(こしかつっ!)よろしくお願いします

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

処理中です...