四つの前世を持つ青年、冒険者養成学校にて「元」子爵令嬢の夢に付き合う 〜護国の武士が無双の騎士へと至るまで〜

最上 虎々

文字の大きさ
83 / 177
ガラテヤの手記

最後に

しおりを挟む
 扉を開けると、真っ暗な部屋の中に、ポツンと見慣れた身体が一つ。
 弔いの準備はできているのか、それには血みどろのハーフプレートメイルではなく、真っ白な服が着せられていた。

 幸い、遺体の腐敗は進行していない。

 しかし、すっかり冷たくなっているそれに、もはや生気は感じなかった。

「……ジィン」

 私の握られていた手がメイラークム先生の手から離れるや否や、私は本能的、かつ衝動的に、ジィンの上に覆い被さる。

「明日になったら、また来るわね。気が済むまで、最後のお別れを」

 扉を閉め、メイラークム先生は部屋を立ち去る。

 私はそれを横目に、ジィンの亡骸と両手を繋ぎ、口と口を合わせた。

 しかし、やはり止めも照れも、呼吸さえもしないジィンの唇から伝わるものは、やはり冷たさと無機質な死だけであった。

「はぁ、はぁ……。ジィン……!」

 この世界で一番、最低な口づけ。

 ジィンの顔を見れば見るほど、喪失感は増すばかり。

 ジィンを殺した「あいつ」への怒りだとか、ジィンがいなくなった今後の心配だとか、そんなものを差し置いて、感情の全てをジィンを失った悲しみが支配する。

 流しても流しても枯れることの無い涙が、私の頬とジィンの傷ついた身体を濡らしていた。

 私は、これからどうすれば良いのか。
 何のために生きれば良いのか。

 ジィンに出会うまでは、何の目的も無く、しかし何の目的も無しに生きることができていた。
 幼さ故だったのかもしれないが、一度でも幸せを味わうと、それ未満の人生には満足できないようだ。

 そしてジィンに出会ってからは、彼に命を救われた経験から、屋敷ではなく前線で人々を守りたいと思った。
 ジィンに憧れて、人々に直接手を届けることができる冒険者を目指したのだ。

 それなのに。
 ジィンは死んでしまった。

 私の夢は、森に迷い込んだ私を救ってくれたジィンのようになりたいというものだった。

 しかし、私の騎士として側にいて、私の憧れだったジィンは、私の夢に付き合ったせいで死んだのだ。

 元はといえば、私が招いた死であったといっても過言ではないだろう。

 こんなことになるのなら。
 大切な騎士であり、弟であり、憧れの人を失うのなら。

 冒険者になりたいだなんて、言うのではなかった。
 前線に立とうだなんて、思わなければ良かった。

 後悔したところで、今更どうにもならないということは分かっている。

 それでも、私は悔やんだ。
 過去の能天気な自分を、強く、強く呪った。

 ジィンを失ったことが悲しくて、自らの能天気な憧れが悔しくて。

 あの森で思い切り泣いて、一周回って諦めがついたつもりだったのに。

 それでも、涙は止まらない。

 私は自分の服に手をかけ、その身を全て、眠ったままのジィンに晒す。

 そしてジィンの服も脱がせ、私はジィンに再び覆い被さったまま、唇と唇を合わせた。

 ジィンの心臓が冷たいことで、私の心臓が温かいことを認識する。

 そのまま目を閉じると、ジィンの全てが伝わってくるような、そんな気がした。

 もう、その身体に意識などあるハズも無いのだが、確かにそのような感触を覚えた。

 全身から力が抜けていく。

 互いに溶け合い、全てが混ざり合うような。

 一線を超えているならそういうこともあるのかも知れないが、流石に死人へそんなことをする度胸は無く、またそれ程までに私も堕ちてはいない。

 しかし、今までに味わったこともないようなそれに、私は不思議と身を委ねてみたいと思ってしまった。

 すると、全身が震えるような衝撃に襲われる。

 外からの攻撃ではない。
 これは私の内側からきているものだ。

 泣き疲れたのだろうか、身体に力が入らなければ、魔法を使うこともできない。

 ……どうせ最後の夜なのだ、誰にも文句は言われまい。

 私はその疲れに身を任せ、そのままジィンの側で倒れるように意識を手放した。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!

ユーリ
ファンタジー
気がつくと、見知らぬ部屋のベッドの上で、状況が理解できず混乱していた僕は、鏡の前に立って、あることを思い出した。 ここはリュカとして生きてきた異世界で、僕は“落ちこぼれ貴族の息子”だった。しかも最悪なことに、さっき行われた絶対失敗出来ない召喚の儀で、僕だけが失敗した。 そのせいで、貴族としての評価は確実に地に落ちる。けれど、両親は超が付くほど過保護だから、家から追い出される心配は……たぶん無い。 問題は一つ。 兄様との関係が、どうしようもなく悪い。 僕は両親に甘やかされ、勉強もサボり放題。その積み重ねのせいで、兄様との距離は遠く、話しかけるだけで気まずい空気に。 このまま兄様が家督を継いだら、屋敷から追い出されるかもしれない! 追い出されないように兄様との関係を改善し、いざ追い出されても生きていけるように勉強して強くなる!……のはずが、勉強をサボっていたせいで、一般常識すら分からないところからのスタートだった。 それでも、兄様との距離を縮めようと努力しているのに、なかなか縮まらない! むしろ避けられてる気さえする!! それでもめげずに、今日も兄様との関係修復、頑張ります! 5/9から小説になろうでも掲載中

【改訂版】槍使いのドラゴンテイマー ~邪竜をテイムしたのでついでに魔王も倒しておこうと思う~

こげ丸
ファンタジー
『偶然テイムしたドラゴンは神をも凌駕する邪竜だった』 公開サイト累計1000万pv突破の人気作が改訂版として全編リニューアル! 書籍化作業なみにすべての文章を見直したうえで大幅加筆。 旧版をお読み頂いた方もぜひ改訂版をお楽しみください! ===あらすじ=== 異世界にて前世の記憶を取り戻した主人公は、今まで誰も手にしたことのない【ギフト:竜を従えし者】を授かった。 しかしドラゴンをテイムし従えるのは簡単ではなく、たゆまぬ鍛錬を続けていたにもかかわらず、その命を失いかける。 だが……九死に一生を得たそのすぐあと、偶然が重なり、念願のドラゴンテイマーに! 神をも凌駕する力を持つ最強で最凶のドラゴンに、 双子の猫耳獣人や常識を知らないハイエルフの美幼女。 トラブルメーカーの美少女受付嬢までもが加わって、主人公の波乱万丈の物語が始まる! ※以前公開していた旧版とは一部設定や物語の展開などが異なっておりますので改訂版の続きは更新をお待ち下さい ※改訂版の公開方法、ファンタジーカップのエントリーについては運営様に確認し、問題ないであろう方法で公開しております ※小説家になろう様とカクヨム様でも公開しております

レベルアップは異世界がおすすめ!

まったりー
ファンタジー
レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。 そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。

DIYと異世界建築生活〜ギャル娘たちとパパの腰袋チート

みーくん
ファンタジー
気づいたら異世界に飛ばされていた、おっさん大工。 唯一の武器は、腰につけた工具袋—— …って、これ中身無限!?釘も木材もコンクリも出てくるんだけど!? 戸惑いながらも、拾った(?)ギャル魔法少女や謎の娘たちと家づくりを始めたおっさん。 土木工事からリゾート開発、果てはダンジョン探索まで!? 「異世界に家がないなら、建てればいいじゃない」 今日もおっさんはハンマー片手に、愛とユーモアと魔法で暮らしをDIY! 建築×育児×チート×ギャル “腰袋チート”で異世界を住みよく変える、大人の冒険がここに始まる! 腰活(こしかつっ!)よろしくお願いします

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

処理中です...