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第七章 もう一度
第八十二話 鼻血と少女と馬車の中
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ファーリちゃんの過去を知った夜の翌日は、主にマーズさんの鼻血問題で一日が潰れてしまった。
そんな訳で翌日、俺達は改めて馬車へ集い、作戦会議と荷物の確認をしつつ、アデューラ岳へと出発しようと準備を終わらせていた。
「すまなかった」
「ホントですよ」
物騒な世の中とはいえ、枕を血まみれにしたことの状況確認と、マーズさんの貧血で一日が潰れるとは思わなかった。
「マーズ……たまに怪しいところがあるから薄々勘づいてたけど、まさかここまで小さい女の子に弱かったなんてね」
「違うっ!ファーリちゃんが私の好みだっただけだっ!」
「へー。どうかしら」
横で聞いているファーリちゃんは、恥ずかしそうに赤らめた顔を膝で覆い隠してしまった。
一方、挙動が明らかに不審なマーズさん。
正体見たりである。
「貴様で鼻血出してやっても良いんだぞガラテヤっ!」
「丁重にお断りさせて頂くわ」
「……でも、下手したら私より大人びているというか……貫禄があるからなぁ。少し違うんだよなぁ、ガラテヤは」
「告白する気も無いのに勝手にフられた気分」
無礼者ここに極まれり、といったところだろうか。
「で、マーズさん。騎士になるって話は……アレはどういうことなんですか?ファーリちゃんに爵位は無かったと思いますけど」
「ああ。一応、私も騎士の家に生まれた娘だ。だから主人に爵位が無くても、『騎士の娘が何故か一般人に仕えている』という形で、騎士を名乗ることは出来るのだよ」
「初耳ね。そういうものなの?騎士って」
「俺もよく知りません。そういうものなんですか?」
「そういうものだ。とは言え、戸籍上の登録がまだだからな、厳密にはまだ口約束の段階なのだが……契約は契約だ。……そういう訳で、ファーリちゃん。これからは私の命が尽きるか、君が私を必要としなくなるまで、君の幸せのため、動き続けよう。それが私の生き甲斐であり、使命だ。頼み事があれば、何なりと言ってくれ」
「ん。お言葉に甘えるね、マーズお姉ちゃん」
「はぅ」
マーズさんは今後、ずっとこの調子なのだろうか。
このままでは、コミュニケーションが滞ってしまいかねない。
どこかで慣れてもらわなければ。
「じゃあ、まず最初のお願い、いい?」
「何だ?何なりと言ってくれ」
「山に入る時のこと……確認しておきたい」
外を見ると、俺達が駄弁っている内に、馬車は大分アデューラ岳へ近づいていたことが分かる。
確かに、ここらで最終確認と、荷物の整理をしておいた方が良さそうだ。
「そ、そうだったな。くだらん私の鼻血のことよりも、そちらを優先しておくべきだった。えーっと、山の地図は……」
マーズさんが袋を漁り、ブライヤ村で手に入れたらしきアデューラ岳の地図を広げる。
「……何というか、ざっくりですね」
しかし、それは辛うじて地図とはいえるものの、細かい地形や洞窟なんかの情報はかなり少なく、また道に至っては元々そんなものを作ることができていないのか、何も描かれていなかった。
「仕方ないわよ。何せ厄介な魔物がウヨウヨしている上に、賊が居を構えることが多いって噂もひっきりなしに聞くもの。地図が欲しいって言うや否や、あの村の人達は口を揃えてそう言ってたわ」
「これが精一杯だったのだ。書かれていない情報については、書き足していくしかあるまい」
「そうですね。持ち物に関しては、大丈夫ですか?」
「ああ。三日分の食料は袋に入れて持ち歩くとして、馬車にも多めに見積もって一週間分の食料を置いておくつもりだ。食料が尽きたら馬車まで戻って補給をすれば、もう一回か二回は満足に山を探索できるだろう」
「それなら大丈夫そう。いざとなったらおいらが我慢する。動きは悪くなるけど、ご飯と水無しでしばらく耐える訓練はしてきた」
「何を言っているんだ、ファーリちゃんこそ我慢してはいけないだろう。その役は私が買って出る。この中で最年長は私だ。それに、ファーリちゃんが言う訓練は私も少なからずしてきた」
「確かに、最年少だものね。ちゃんと食べなきゃ大きくなれないわよ」
「……んぅ。言われてみればガラテヤお姉ちゃん、おいらとあんまり歳変わらないのに……」
ファーリちゃんは一瞬だけガラテヤ様の胸に目をやり、すぐに自分のそれに視線を映しながら呟いた。
「大丈夫だ、私はそんなファーリちゃんも好」
「ハイハイ。……そろそろ着くわよ、出発の準備をしましょ」
マーズさんが何かを言い終わる前に、ガラテヤ様は割り込むように袋を持ち上げて膝の上に置き、徐々に速度を下げていく馬車の出口へ身体を近づける。
「やれやれ、すっかり本性剥き出しですね」
「当たり前だろう。もう色々とバレたのだ、今更隠す必要も無いだろう」
「それもそうですね。じゃ、行きますか」
ゆっくりと、馬車がアデューラ岳の麓で停車した。
俺達は四人で足並みを揃えてアデューラ岳へと入山する。
ロディアがいないこのパーティは、些か遠距離からの支援に不安が残るが……奴が裏切ってしまった上、誰か適当な冒険者を加入させた突貫のパーティで敵の本拠地かもしれない山へカチコミを入れるのも逆効果だろう。
今の俺達は、今の俺達にできることをできる方法でやるしか無いのだ。
もし、この山にロディアがいたら、今までのことを散々問い詰めてやろう。
そして俺達はそよ風に背中を押されるように、山の奥へ奥へと進んでいった。
そんな訳で翌日、俺達は改めて馬車へ集い、作戦会議と荷物の確認をしつつ、アデューラ岳へと出発しようと準備を終わらせていた。
「すまなかった」
「ホントですよ」
物騒な世の中とはいえ、枕を血まみれにしたことの状況確認と、マーズさんの貧血で一日が潰れるとは思わなかった。
「マーズ……たまに怪しいところがあるから薄々勘づいてたけど、まさかここまで小さい女の子に弱かったなんてね」
「違うっ!ファーリちゃんが私の好みだっただけだっ!」
「へー。どうかしら」
横で聞いているファーリちゃんは、恥ずかしそうに赤らめた顔を膝で覆い隠してしまった。
一方、挙動が明らかに不審なマーズさん。
正体見たりである。
「貴様で鼻血出してやっても良いんだぞガラテヤっ!」
「丁重にお断りさせて頂くわ」
「……でも、下手したら私より大人びているというか……貫禄があるからなぁ。少し違うんだよなぁ、ガラテヤは」
「告白する気も無いのに勝手にフられた気分」
無礼者ここに極まれり、といったところだろうか。
「で、マーズさん。騎士になるって話は……アレはどういうことなんですか?ファーリちゃんに爵位は無かったと思いますけど」
「ああ。一応、私も騎士の家に生まれた娘だ。だから主人に爵位が無くても、『騎士の娘が何故か一般人に仕えている』という形で、騎士を名乗ることは出来るのだよ」
「初耳ね。そういうものなの?騎士って」
「俺もよく知りません。そういうものなんですか?」
「そういうものだ。とは言え、戸籍上の登録がまだだからな、厳密にはまだ口約束の段階なのだが……契約は契約だ。……そういう訳で、ファーリちゃん。これからは私の命が尽きるか、君が私を必要としなくなるまで、君の幸せのため、動き続けよう。それが私の生き甲斐であり、使命だ。頼み事があれば、何なりと言ってくれ」
「ん。お言葉に甘えるね、マーズお姉ちゃん」
「はぅ」
マーズさんは今後、ずっとこの調子なのだろうか。
このままでは、コミュニケーションが滞ってしまいかねない。
どこかで慣れてもらわなければ。
「じゃあ、まず最初のお願い、いい?」
「何だ?何なりと言ってくれ」
「山に入る時のこと……確認しておきたい」
外を見ると、俺達が駄弁っている内に、馬車は大分アデューラ岳へ近づいていたことが分かる。
確かに、ここらで最終確認と、荷物の整理をしておいた方が良さそうだ。
「そ、そうだったな。くだらん私の鼻血のことよりも、そちらを優先しておくべきだった。えーっと、山の地図は……」
マーズさんが袋を漁り、ブライヤ村で手に入れたらしきアデューラ岳の地図を広げる。
「……何というか、ざっくりですね」
しかし、それは辛うじて地図とはいえるものの、細かい地形や洞窟なんかの情報はかなり少なく、また道に至っては元々そんなものを作ることができていないのか、何も描かれていなかった。
「仕方ないわよ。何せ厄介な魔物がウヨウヨしている上に、賊が居を構えることが多いって噂もひっきりなしに聞くもの。地図が欲しいって言うや否や、あの村の人達は口を揃えてそう言ってたわ」
「これが精一杯だったのだ。書かれていない情報については、書き足していくしかあるまい」
「そうですね。持ち物に関しては、大丈夫ですか?」
「ああ。三日分の食料は袋に入れて持ち歩くとして、馬車にも多めに見積もって一週間分の食料を置いておくつもりだ。食料が尽きたら馬車まで戻って補給をすれば、もう一回か二回は満足に山を探索できるだろう」
「それなら大丈夫そう。いざとなったらおいらが我慢する。動きは悪くなるけど、ご飯と水無しでしばらく耐える訓練はしてきた」
「何を言っているんだ、ファーリちゃんこそ我慢してはいけないだろう。その役は私が買って出る。この中で最年長は私だ。それに、ファーリちゃんが言う訓練は私も少なからずしてきた」
「確かに、最年少だものね。ちゃんと食べなきゃ大きくなれないわよ」
「……んぅ。言われてみればガラテヤお姉ちゃん、おいらとあんまり歳変わらないのに……」
ファーリちゃんは一瞬だけガラテヤ様の胸に目をやり、すぐに自分のそれに視線を映しながら呟いた。
「大丈夫だ、私はそんなファーリちゃんも好」
「ハイハイ。……そろそろ着くわよ、出発の準備をしましょ」
マーズさんが何かを言い終わる前に、ガラテヤ様は割り込むように袋を持ち上げて膝の上に置き、徐々に速度を下げていく馬車の出口へ身体を近づける。
「やれやれ、すっかり本性剥き出しですね」
「当たり前だろう。もう色々とバレたのだ、今更隠す必要も無いだろう」
「それもそうですね。じゃ、行きますか」
ゆっくりと、馬車がアデューラ岳の麓で停車した。
俺達は四人で足並みを揃えてアデューラ岳へと入山する。
ロディアがいないこのパーティは、些か遠距離からの支援に不安が残るが……奴が裏切ってしまった上、誰か適当な冒険者を加入させた突貫のパーティで敵の本拠地かもしれない山へカチコミを入れるのも逆効果だろう。
今の俺達は、今の俺達にできることをできる方法でやるしか無いのだ。
もし、この山にロディアがいたら、今までのことを散々問い詰めてやろう。
そして俺達はそよ風に背中を押されるように、山の奥へ奥へと進んでいった。
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