ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね

ヒラヲ

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母上

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※胸糞注意の回になります。

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「サミュエルがいなくなってから、叔母様はずいぶん弱ってしまってね」

僕がオールディス辺境伯領へ追放された後、母上は日に何度も酷いヒステリーを起こすようになったらしい。
そのうち、徐々に食事をとらなくなり、今ではベッドで寝たきりの状態であるとダリルから聞かされる。

(そんな……そんなこと誰も……)

しかし、母上の暮らす宮殿が閉鎖的であることは自分でもよくわかっている。
そもそも、遠い辺境の地にいる僕の耳に届くなんてあり得ないのだ。

「我が家で静養してもらう話が進んでいるのだけれど、その前に一目だけでもサミュエルに会いたいと叔母様が……」

ダリルの家……母上の生家であるレディング侯爵家が引き取り、自然豊かな領地で過ごしてもらうつもりだという。

(どうしよう……)

夜会に参加したのは父に婚約の許しを得るため。
いや、父というよりも、この場に揃った貴族たちに、僕とアイザックが婚約を望んでいることを知らしめるためというのが正しい。

もし、父が僕の追放を撤回するつもりならば、次の使い道を考えている可能性がある。
例えば、僕に新たな婚約者を用意していたりだとか……。

そんなことにならないよう、先手を打つつもりだったのだ。

(それなのに、ここを抜け出したりなんかしたら……)

父と話すタイミングをのがしてしまうかもしれないと迷う僕に、ダリルは言葉を続ける。

「夜会はまだ始まったばかりなんだし、すぐに戻れば大丈夫。サミュエルだって叔母様ときちんとお別れをしたほうがいいんじゃないかな?」
「…………」

僕がオールディス辺境伯領へ出発する日。
母上は酷く興奮していて別れを惜しむどころではなく、まるで逃げるかのように王城を後にしたことを思い出す。

「それに……もしかしたら、これが最期になるかもしれない」
「………っ!」

ダリルの言葉にはっと息を呑んだ。

(母上………!)

ある時から母上はベールで顔を隠すようになり、宮殿内に飾られていた肖像画も全て処分されてしまった。
そのせいなのか、記憶に残る母上の顔はひどくおぼろげで……。

「僕も、一目会いたい……」

気づけば、そのような言葉が口を衝いて出ていた。





人気ひとけのない静かな廊下をダリルと並んで歩いていく。

ここは、母上と僕が暮らしていた宮殿へ続く渡り廊下。
まだ一年も経っていないのに、すでに懐かしい気持ちになってしまう。

アイザックに一言告げてから母上のもとへ向かうつもりだったが、目立つ行動は避けたいと言われ、代わりにダリルが使いの者にアイザックへの伝言を頼んでくれた。

そうして、二人でホールをこっそり抜け出すことに成功したのだ。

母上の私室に到着すると、扉の前には二人の騎士が見張りに立っており、僕たちに向けて一礼をする。

(見慣れない顔だな……)

そんなことを思いながら、ダリルに促されて部屋の扉を開ける。
そして中に入ると、僕に向けられたいくつもの視線にギクリと足を止めた。

(なんだ、人形か……)

そこには何体ものビスクドールが飾られ、そのガラスの瞳がこちらを向いていたのだ。
しかし、ダリルは驚く様子もなく、そのまま部屋の奥へと進んでいく。

「叔母様、サミュエルを連れてきましたよ」

天蓋付きの大きなベッドに向けて声をかけるダリル。
母上はどんな反応をするのだろうかと、僕は緊張しながら返事を待つ。

その時、突然背後から左肩を掴まれたかと思うと、振り向く間もなく右腕も掴まれ、そのまま床へ押し倒されてしまう。

「んんっ!」

そして叫び声を上げる前に手で口を塞がれ、背中を膝で押さえつけられる。
空いている左手で抵抗しようとするが、別の誰かの手によってすぐにそちらも押さえられてしまった。

それでもなんとか首を捻り、僕を押さえつけている者たちの顔を確認する。

(どうして……)

それは、扉の前で見張りをしていたはずの騎士たちであった。
助けを求めて今度はダリルに視線を向けるも、彼は素知らぬ顔で前を見つめている。

(ダリル兄様……?)

すると、混乱したままの僕の耳に懐かしい声が響く。

「サミュエル。会いにきてくれて嬉しいわ」

その声に合わせるように、二人の騎士が僕の身体を床から引っ張り上げ、口を覆っていた手を外した。
床に座り込んだまま、左右の腕をそれぞれの騎士に拘束された状態で僕は母上と対面を果たす。

「母上……?」

ベールで顔を隠し、全身を覆う黒のドレスを身に纏った母上が、真正面に立って僕を見下ろしている。

「寝たきりのはずじゃ……? あの、お身体は大丈夫なのですか?」
「こちらによく顔を見せてちょうだい」
「母上? どうして彼らは僕を拘束するのです!? 離すように言ってください!」
「あら、サミュエルったら……ずいぶんお手入れをサボっていたようね?」
「…………」

理解が追いつかず疑問をそのまま口にするが、母上からはまるで答えになっていない言葉が返ってくる。

(おかしい……)

目の前にいるのはたしかに母上なのに、以前とは何かが違っているように思えてならない。

そんな母上が恐ろしい言葉を口にする。

「『検査の時間』にいたしましょう」
「………っ!」

途端に、僕の意識は過去に引っ張られ、身体が硬直してしまう。
この宮殿で暮らしていた頃は、毎日のように『検査の時間』が設けられ、僕の体格や肌の状態が母上の理想から外れていないかをチェックされていたのだ。

「脱がせなさい」

母上の命令に従い、騎士たちが無理矢理僕のジャケットを引き抜き、シルクシャツのボタンに手をかける。

「やめろ、離せ! 僕に触るな!」

喚きながら必死に抵抗をするも、あっという間に上半身が剥き出しにされてしまった。

「あああああっ! なんてことっ! なんてことなのサミュエル!」

途端に、母上の悲鳴に似た叫びが部屋中に響き渡る。

「ダリルの言っていた通りだったわ! まさか本当にこんな大きな傷跡が残っているだなんて……」
「どうやら、翼竜ワイバーンに襲われて負った傷のようです」

半狂乱になる母上に、ダリルがさらりと告げる。

(どうしてダリル兄様が……?)

僕の背中の傷跡については、周りに口止めをしておいたはずなのに……。

「醜い……なんて醜い傷なの!?」

しかし、続く母上の言葉に、僕の思考は停止してしまう。

「あなたは美しいままでいなくちゃいけないのに……どうしてあなたまで醜くなってしまったの!? ああ、醜い醜い醜い醜い……っ!」

興奮した母上は、ひたすらに僕を醜いと罵倒し続ける。

「あなたには容姿しか取り柄がないのよ!? それなのに全てを台無しにするだなんて! 一体何を考えているの!?」
「…………」
「ああああっ! こんなにも醜くなるなんて……。ダメね……ダメだわ……」

ひとしきり喚いたあと、ぶつぶつと何事かを呟き……ぷつんと糸が切れたかのように母上は黙り込んでしまった。
その青の瞳には、すでに僕の姿は映っていない。

「叔母様、サミュエルをどうなさいますか?」
「サミュエル?」

ダリルの問いかけに、母上はこてんと首を傾げる。

「もう、いらないわ」 

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