異世界農家のスローライフ

asahi

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小さな命の誕生と家族のかたち

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 森の静寂が深まる中、鳥たちのさえずりと朝露の音が、穏やかな目覚めを誘う。
 雨はようやく上がり、空には青の隙間が戻ってきていた。

「はぁ~、よく寝た……」

 風間悠馬は、簡素な寝台から身を起こすと、窓の外に目をやった。
 朝露に濡れた森はどこか透明で、まるで浄化されたような澄んだ気配を纏っている。

 屋根裏の梁に吊るした干し野菜や、台所の棚に並ぶ瓶詰め。自作の家具や棚に囲まれた空間は、もう“仮住まい”ではなかった。
 ここは自分たちの“家”だ。何もなかった森の中に築き上げた、自分とリリーナと仲間たちの生活拠点──いや、“家族の巣”だ。

「おはよう、リリーナ」

「おはよう、悠馬。……って、ちょっと待って! それより早く来て!」

 台所から聞こえた彼女の声には、緊張と興奮が入り混じっていた。
 慌てて駆け寄ると、そこには干し草を敷いた木箱の中で、何かがもぞもぞと動いていた。

「これ……まさか!」

「そう! ピコの卵、ついに孵りそうなの!」

「森の奥で拾ったヒヨコのピコがもうお母さんなのねー」と嬉しそうにリリーナが言った。

 今、そのピコが産んだ最初の卵が、ついに命を宿して動き出したのだ。

「がんばれ……がんばれ……!」

 木箱の中、卵の殻が小さく振動し、ピシッとヒビが入る。
 ピコ本人(?)はそのそばで、やきもきしながら見守っているようにバタついている。

 そして──

 パキン、と音を立てて、殻の一部が割れた。

 そこから覗いたのは、小さな黄色いくちばしと、濡れた羽毛に包まれた頭。

「……うわ……」

 悠馬も、リリーナも、言葉を失って見入った。

 それはあまりにも小さくて、あまりにも尊い命の光景だった。
 ピコは我が子に何かを語りかけるように「ピィ、ピィ」と鳴き、仔ヒヨコも「チチ……」と弱々しく返す。

「……生まれたんだな」

「ええ……命が、また増えたのね」

 二人の視線がそっと交差する。
 喜びと、感動と、愛しさと──すべてを抱えた微笑みがそこにあった。

 その日の午後、小屋の前の広場では、ささやかな“命の誕生祝い”が行われていた。

 手作りのハーブ入りスープ、干し肉のソテー、自家製のパン。
 それらを並べた木のテーブルの上には、産まれたばかりの仔ヒヨコの寝床も用意されていた。

 ユキは鼻先でそっと仔ヒヨコに挨拶をし、ルーファスはいつもの無表情な顔(たぶん)で見守る。
 シエル──前回保護した霧狼の子──はまだ小さく、リリーナの腕の中で丸まっているが、時折ちょこんと顔を出しては、ヒヨコに興味深そうな視線を送っていた。

「名前、どうしようか?」

 悠馬が言うと、リリーナは頷いてから考え込んだ。

「そうね……ピコの子だし、“ポコ”とか、どう?」

「ピコとポコ……いいな、それ。語呂がいい」

「じゃあ、決まりね」

 新たな家族の名前が、正式に決まった瞬間だった。

 日が傾き始めたころ、ふたりは裏の草原に座っていた。
 夕陽が森を赤く染め、草花の輪郭が金色に縁どられている。

 リリーナが膝を抱えて座り、その隣で悠馬は腰を下ろす。

「命って、不思議ね」

「そうだな。生まれて、育って、そしてまた……つないでいく」

「昔、森の奥で暮らしてたころは、こんな風に誰かと一緒に“生まれる命”を喜ぶなんて、想像もしなかった」

「俺も。……日本にいたころは、忙しさに追われて、こんな感情、忘れてたよ」

 ふたりの言葉の間に、風の音が優しく吹き抜ける。

「今は……幸せだな」

「うん。俺も」

 悠馬はそっと、リリーナの手を取った。彼女は驚いた顔をしたが、すぐに頬を赤らめながら、指を絡めてくれた。

「いつか、俺たちの子どもが生まれる日が来たら、こうやって喜び合えるのかな」

「……ええ。そうなったら、きっと嬉しい」

 ふたりの間に流れる空気は、温かく、静かで、確かだった。

 夜、小屋の中。
 暖炉の火がぱちぱちと音を立て、リリーナが毛糸の繕いものをしている。

 悠馬は木彫りのスプーンを削っていたが、ふと手を止めて言った。

「なあ、リリーナ」

「なに?」

「俺さ、この森で本当に生きていきたいって思ってる。……お前と、みんなと。家族として」

 リリーナは針を止め、静かに彼を見つめた。

「……それって、“プロポーズ”ってことでいいのかしら?」

 悠馬は赤面して目をそらす。

「……今のは、予行演習だ!」

 リリーナはくすくすと笑った。

「じゃあ本番は、もっと素敵なセリフでお願いね?」

 ──こうして、ひとつの命の誕生は、ふたりの心をまた少し近づけた。
 森に家族が増えていくごとに、絆もまた、深まっていく。

 明日も、また新しい命が芽吹くかもしれない。
 それはきっと、豊かで穏やかで、たったひとつのスローライフの証。
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