怪しい二人 夢見る文豪と文学少女

暇神

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#8 むらさきかがみ

#8-9 八谷家

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 翌日。俺は道子さんの所を訪ねた。調べたい事があったのだ。しかし俺の目の前には、少し愉快な光景が広がっている。
「申し訳ございませんでしたあああああああああああああああ!」
 道子さんは俺を見るなり、それはもう見事な体勢で、盛大に土下座したのだ。これでは話ができないな。俺はその光景に少し引きながら、道子さんを適当な言葉で慰める。
「もう大丈夫ですから、顔を上げてください」
「それもこれも、全て私の不注意が招いた失態でございます!どうかお許しを!」
「大丈夫だってのに……」
 英祐は俺の肩で、「この人ちょっと可笑しいね」と言って笑っている。オイ。ここに来た目的、忘れてないだろうな。俺は道子さんの肩を持って、そのまま持ち上げて、真っ直ぐ立たせる。道子さんは一切抵抗しなかった。と言うか持ち上げられても土下座を崩さなかった。一種の執念すら感じる。
「大丈夫ですから。今回はお願いがあって来たんです」
「本当ですか?指詰める必要ありませんか?」
 そんな極道とかヤクザみたいな事する訳無いだろうよ。冷静に思考する事すらできなくなるとか、どんだけ責任感強いんだ。本人が『大丈夫』と言っているのに。
 まあ、話ができる状態まで落ち着いてくれたのはありがたい。俺は道子さんをなるべく刺激しないように気を配りながら、今回ここに来た目的を話す。

「俺が昨日術を使ったあの欠片は、まだ残っていますか?」

 俺は渡された破片を持って、八谷家の土蔵に居る。道子さんは『もう術の痕跡すら分からない。多分何も無いと思う』と言って俺にコレを渡したが、ギエルに繋がる手掛かりはこれしか無い。もし何か残っていたら、これ以上無い収穫になるだろう。
「大丈夫かな?」
「一応待機しておいてくれ。俺も一応、時限で術が解除できるようにしておく」
 リスクはあるが、背に腹は代えられない。やるしか無い。俺は胸に下げた勾玉に霊力を流し、術式を使う。意識を鏡の破片に集中させ、解析を始める。
 どうやら、本当に術の痕跡は残されていないようだ。ならば、もっと奥まで進んでみよう。俺は更に集中し、むらさきかがみという物の本質へ迫って行く。
 やがて、周囲には何も無くなった。そのまま進んで行くと、一つの球体のような物が見つかった。これは何だろう。少なくとも、今までの思念とは何かが違うようだ。白く、淡く、だが確かに、光っている。俺はその球体に触れないように気を遣いながら、それを観察する。
 ほんの少しだけ、人間の顔が見える。笑っている。きっとこれは、むらさきかがみを作ったとかいう、むらかみさきとやらの思念なのだろう。元々はこんなに綺麗な思いだったのに、何があったら、あんなに危険な物になるというのだろう。
 まあ、人の感情が裏返るのはよくある事だしな。しかし、本当に何も見つからないとは思わなかった。いくらギエルが痕跡を消す事に長けていたとしても、流石に遠隔で発動させた術の痕跡位は残ると思っていたんだがな。術を切るか。もうここに用は無い。
 そうして、俺は術を解こうとしたが、どうにも上手く行かない。俺は不思議だなと思いながら、周囲を見渡す。何も無い。何故無理なんだ?そう思っていた。俺の肩に、一滴の液体が落ちて来るまでは。

 俺の頭上には、無数の人の身体でできた怪物が、大きく口を開けていた。

 もし、目覚めた瞬間に跳び上がるような病があったとしたら、俺はそれに罹りたくない。俺は起き上がると同時に跳ね上がり、土蔵の壁に頭を打ち付けてしまった。正直痛い。もう凄く痛い。
 俺は痛みが引き始めて初めて、体中に冷や汗を掻いているのが分かった。恐ろしい物を見た。人一人では抱えきれない、途方も無い思念……いや怨念を見た。一種の神々しさすら感じるあの化物に、俺は自身の死を見た。その瞬間術が切れた。恐らく時間制限を掛けていたのが功を奏したのだろう。俺はあの化物に食われる一瞬前に術が切れる事で、なんとか助かったのだ。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「ああ……だが、今は動きたくない……長編のホラー映画を見た気分だ……」
 あそこまでの恐怖を感じたのは、多分幼少期に家族で行ったお化け屋敷以来の事だろう。できるならもう二度と感じたくない。収穫も無しにただ怖い思いをしただけじゃ、ただの骨折り損じゃないか。
 暫く土蔵の中で休憩して、なんとか落ち着いた俺は、道子さんにお礼を言ってから、岩戸家に関する資料を集めてもらえるように頼んだ。それも、なるべく内密に。道子さんは直ぐに、直近十年の、岩戸家の行動に関する資料を持って来てくれた。
 流石は八谷家と言えようか。協会の中でも情報通な部類に入るこの家の人達からすれば、この程度は常識なのかも知れないな。
「ありがとうございます」
「いえいえそんな……わ、私がこないだやらかした事を考えれば……」
 本当にその件はもう良いんだがなあ。まあ、協力してくれるのならありがたい。俺はその資料を、血液を用いた退魔の術の研究が凍結された前後について、特に詳しく調べる。どうやら岩戸家当主岩戸真司は、九年前、急に実験を再開したらしい。それも、以前よりも活発に。
 何かあるとしたら、間違い無く九年前だな。不自然が過ぎる。だが、ここには公表できる事実だけが記されている。これ以上調べても無意味か。俺は資料を閉じ、道子さんに返す。
「え?は、早いですね」
「調べたい事が一つあっただけなんでね。そろそろお暇させてもらいますよ」
 そう言って、俺は玄関へ向かう。道子さんはどうやら見送ってくれるようで、八谷家の門の前まで着いて来てくれた。できた人だな。八谷家の連中もさぞ鼻が高いだろう。
「じゃ、助かりました。またよろしくお願いします」
「は、はい!よろしく……お願いします」
 俺は頭を上げて、さっさと八谷家を立ち去ろうとする。しかしそんな俺を、道子さんは呼び止めた。
「八神君!」
 俺は少し驚きながら振り返る。道子さんは、追い掛けて来る事は無かったが、俺の目を真っ直ぐと見つめている。いつもとはどこか違う、強い人の目だ。
「さ、さっちゃんね。昔っから寂しがり屋で、か、隠してるけど泣き虫なんだ。何かあったら、誰にも言わずに部屋で、ひ、ひっそり泣いてる事もあってさ。えっと……だから……」
 道子さんはつっかえながらも、最後の一言だけは、噛む事無く俺に伝えた。

「さっちゃんのSOS、絶対に聞き逃さないでよ!」

 俺はその言葉に、少しばかりの後ろめたさを覚えながらも、軽く頭を下げて、その場を立ち去った。そのお願いはもしかしたら、もう遅かったかも知れないな。そんな事を考えながら、俺は協会に戻る。

 次は、岩戸真司を問い詰めてみるかな。
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