怪しい二人 夢見る文豪と文学少女

暇神

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#8 むらさきかがみ

#8ー13 都市伝説 

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 この町には、都市伝説がある。

 『存在しない電話番号』に電話を掛けると、二人の探偵が現れて、オカルト絡みの依頼を何でも解決してくれるそうだ。

 彼等はどこから来るのだろう。彼等はどうして来るのだろう。その全ては、謎に包まれている。

 俺は久し振りに、事務所への道を歩いている。英祐は俺の肩で、「この道もなんだか久し振りな気がするよ」と言っている。俺もそう感じる。
 話し合う事にした。七海さんが言ったように。俺が今持っている以上の情報は、これ以上足掻いても手に入らないだろう。ならば、いっその事避けていた話し合いをするしか無い。
 というのは建前で、これ以上頭の中がぐちゃぐちゃになるのが嫌なのだ。少しでも、この状態を長引かせたくない。その為に、俺は話し合いをする。
 何を話せば良いだろう。まだ分からない。まだ感情の整理ができていないのかも知れない。それでも、今の俺には話し合いが必要なのだと思う。
 俺は久し振りに、事務所の扉の鍵を取り出す。それを鍵穴に差し込み、回し、鍵を開ける。扉を開き、久し振りに事務所の中へ入る。
 一番最初に視界に入った人物は、やはり七海さんだった。七海さんは俺の方を見ると、少し怒ったような顔をした。
「遅いよ」
「済みません。あれからずっと、考えてました」
 少し、お互いに何も言わない時間が流れる。七海さんは怒ったような顔のまま、冷静に俺を見つめる。俺は何も言わず、その目を見つめ返す。
「岩戸咲良は?」
「多分起きてる」
「分かりました」
 俺は廊下を歩き、岩戸咲良の部屋へ向かう。その扉の目の前まで来て、扉をノックしようとした所で、俺はその手を止めた。何を言えば良いんだろう。何を話して、何を見て、何をすれば良いんだろう。不安で頭の中が埋め尽くされる。ぐちゃぐちゃの感情すら覆い隠す勢いで膨らむソレを、俺はなんとか抑え込もうとする。
 深呼吸する。落ち着け。俺は覚悟を決めて、扉をノックする。すると、扉の向こうから細い声で、「七海かい?」と声が聞こえて来る。その声だけで、まるで心臓を鷲掴みされているような心地になる。だが、俺はここで引き返す訳には行かない。
「俺だ。岩戸咲良」
「……八神くん?」
「そうだ……入るぞ」
「えっ!?ちょっと待……」
 俺が扉を開くのと、岩戸咲良が慌てて毛布を被るのは、ほぼ同時の事だった。彼女は俺に姿を見せたくないようで、毛布の端を固く握り締めている。俺は部屋にあった椅子に座り、その姿を見る。
「なんで……来たんだ」
「話をしに来た」
「話せる事は……何も……」
 成程。この一言で、以前に岩戸真司と彼女が何も言わなかった理由が、二つ推測できる。先ず最初に、この話は彼等二人だけで背負いきれる物ではないという物だ。当たり前ではあるが、一番あり得る。そして二つ目が、契約だ。もし彼等が『この件について口外しない』という契約を交わし、それを破った代償が命だとすれば、話せないのも無理は無い。
 だが俺にはやれる事がある。俺の術式であれば、彼女が口外した事にならず、ただ情報だけを抜き取る事ができる筈だ。そうなれば、契約の代償も無視できる可能性がある。
「なら、俺の術式で情報を抜き取る。頭を出せ」
「……できない」
 彼女は毛布の中で首を横に振る。俺は何も、首を切り落とすなんて言ってないのにな。
「俺には情報が足りない。お前の頭を覗かせてもらえないか?」
「……済まない。これは契約なんだ」
 俺の術式でも駄目なのか?『口外しない』ではなく、『情報を拡散させない』だった場合はあり得るか。
「なら諦める。で、ここからが本題だ」
 俺は岩戸咲良の輪郭を見つめながら、真っ直ぐ問う。

「アンタは俺の事、どう思ってるんだ?」

 少しの沈黙。お互いに何も、言葉を発さないでいる。俺は、絶対に動こうとしない岩戸咲良を待ちながら、部屋を見回す。変わらず整頓された部屋だ。そう、何も変わっていない。要するに、誰かが何かに触れた様子が、ベッドからドアノブにかけて以外存在しないのだ。
 彼女はどれだけ、自身を責めていたんだろうか。恐らく、俺の想像など軽く超えてしまうのだろう。責任だけが、彼女を完璧な人間として立たせていたのだろうか。もしそうなら、それはどれだけ苦痛だっただろうか。
 そう考えを巡らせていると、不意に、岩戸咲良が話し始めた。
「君は私にとって……私の罪の象徴のような人間なんだ。君の普通の生活を奪って、君の時間を奪って、君の家族も奪って、君の感情も奪って、君の力も奪って、君の自由も奪って、何より、君という人間の自意識を奪った」
 岩戸咲良の言葉は、所々が涙で滲んでいた。普段は自身の弱い部分を見せたがらない彼女が、その弱い部分を隠しきれず、その姿を外に漏らしてしまう。
「済まないと思っている。君はきっと、私が居なかった方が幸せだったと思う。普通に家族と暮らして、普通に学校に行って、普通にご飯を食べて、普通に寝て……そういうありふれた日常幸せを、私が奪ったんだ」
 涙を必死に堪える声で話す彼女は、ほんの少しだけ震えている。軽く、小さなその身体で、どれだけ思い詰めていたのだろうか。
「だから、君は私と……」
「俺が今しているのは、理性じゃなくて感情の話なんですよ」
 俺は安心した。多分今以上に、心が穏やかだった瞬間は無い。今までの人生にも、これからの人生にも、きっと今以上の瞬間は訪れないだろう。
「俺は貴女を愛しています。ですから一緒に居る事を望みました。貴女が理想の自分を見せようとしている所も含めて、俺は貴女が愛おしい。完璧に振る舞おうとする所も、だらしない所も、全部含めて愛おしい」
「だけど、その感情も私のせいで……」
「ええ貴女のせいです。貴女のせいで、俺は今頭がぐちゃぐちゃなんですよ。ですから、貴女には責任がありますよ」
 俺は先生の頭に手を当てて、少し撫でる。直接触れる事はできないが、それでも、少しは安心して欲しい。

「貴女は、もっと自分に正直になってください」

 先生は少しだけ時間を置いて、毛布から顔を出した。酷い顔だ。そう思った。涙と鼻水でべとべとで、目の下にはクマがある。少しやつれて見えるその顔が、俺は愛おしく感じられた。
「君は私の罪の象徴だ。それを撤回するつもりは無いし、君に対して申し訳無いとも思っている」
「はい」
「本来なら、君には私じゃない、私よりも君に見合った人と結ばれるべきだと思っている」
「はい」
「だけどそれ以上に、君が愛おしくて堪らない。だから……」

「この世で一番大好きな君を、抱き締めさせてくれないか?」

 岩戸咲良の顔は、親におもちゃをねだる子供のような顔だった。俺がその身体を抱き締めると、先生も俺の身体を強く抱き締めた。先生は大きな声で泣きながら、決してその手を放さなかった。
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