怪しい二人 夢見る文豪と文学少女

暇神

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#10 ノストラダムスの大予言

#10ー8 桜

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 ああ……なんて情けない。守れなくて、奪われて、勝てなくて……結局俺は、何一つできないままなんだろうか。何も、何も……
「……くん……みくん……」
 先生に教えてもらった事、沢山あったのにな。なのに全然活かせなくて、全然敵わなくて、全然、弱いまんまで。
「がみくん……八神くん……!」
 済みません。済みません。俺……もっと……

「八神くん!」

 目を覚ましたのは、顔に当たった水滴と、目の前で自分の名が叫ばれたせいだろう。だが、そんな事はどうでも良い。重要なのは、俺の目の前に居る、目の前に居ない筈の人物の事だ。
「先生……?」
「八神くん……!」
 先生は俺が目を覚ました事を確認すると、地面に横たわる俺の頭に抱き着いて来た。
 何故先生が居るんだ?確か、西園寺達也に殺されて……いや俺も、奴に出し抜かれて殺されたんじゃ……いやしかし、事実として、今俺の目の前には岩戸咲良が居る。信じ難い。
「俺……死んだんですか?」
「縁起でもない事を言わないでくれ!生きてる……生きてるんだよ!生きてるから……そんな……事……」
 先生は、そのまま泣き出してしまった。俺は今の状況を飲み込む事ができず、ただ先生の背中の上で、行き場の無い両手を動かしている。そんな俺に、一人の男が話し掛けて来た。
「えっと……説明、良いですか?」
「ギエル……!?」
 コイツも死んだ筈……いや。死亡確認はしていないのだから、生きていたとしても不思議ではない。だが、俺達と敵対していた……のも、中期目標なんだったか。ああ全く、情報が上手く処理できない。
 だが、『説明』か。受けた方が良いだろうな。このよく分からない状況も、少しは理解できるかも知れない。
「ああ。聞こう」
「私は以前、貴方に言いましたね。『協会は嘘を吐いている』と。それが、彼女です。貴方も気付いている筈」
 先生が?いや確かに、霊力の質が違う。これはどちらかと言えば、俺やギエル、西園寺達也に近い……
「先生……神だったんですか?」
「……ああ。黙っていて、済まなかった」
「今の西園寺達也に対抗する方法があるとしたら、貴方達の、本来の力を出すしか無い。そして今、その土壌は整いました」
 西園寺達也に対抗する手段。その言葉を聞いた俺は、少し目を見開いた。西園寺達也は文字通りの最強だ。単純な強さだけなら俺と先生を合わせれば、俺達の方が多少勝てるだろうが、向こうには積み上げて来た経験、攻撃に突っ込んで行く度胸、そしてそれで生き残る技術も持っている。正面から戦ってどちらが勝つか、正直今でも分からない。
 だが、ギエルが言っているのはそういう事ではないようだ。奴は俺達に見せるように、地面に図を描く。
「今は、金剛級退魔師達が西園寺達也を足止めしています。この間に、貴方達には単一の存在となってもらう」
「どうやって?」
「私は千里眼を持っています。現在過去未来を見渡す物です。お陰で、私はこの世に存在する、全ての都市伝説を知る事ができる。その過程で、貴方達の都市伝説を見付けたのです」
 俺と先生の都市伝説……心当たりが無い訳ではなかった。どこかに広告を貼っている訳でもないのに舞い込んで来る、神秘すら知らない人間からの依頼。どう考えてもおかしい。だが『そういう物だ』と受け入れていた。だがそれが、
「詰まり、俺達を器として、その都市伝説を怪異として出現させると?」
「ご明察です。しかしこれは、岩戸咲良の意思とは反する事です」
 先生の?俺が腕の隙間から先生の顔を見ると、先生は俺の頭から手を離して、小さく頷いた。それとほぼ同時に、こちらにまで霊力の弾丸が飛んで来た。ギエルはそれを見て、「もう気付かれたか」と言って、西園寺達也らしき反応のある方へ飛んで行った。
 どうやら時間稼ぎをしてくれるらしい。先生はその間に、短い話を始めた。
「神の力は、基本的に信仰の力なんだ。広く知られている神はそれだけ強い。だが向こうは怪異だ。神としてだけでなく、怪異としての知名度も強さになる。対する私達は、そのどちらも受けられない状態だ」
「だから、怪異の力の取り込んで戦うって事ですよね」
「ああ。だがそれは……」
 先生はそこまで言った所で、顔を背けてしまった。説明されないのでは分からない。俺は先生の頬に手を当て、目尻に滲んだ涙を親指で拭う。
「先生。話してください。話せば楽になるとは言いませんけど、話さないと分からない事は多いですから」
 三拍。それだけの時間を置いた後、先生は涙を堪えた顔で、俺の方を向いた。改めて見るその瞳は、以前までの蒼色の他に、夕焼けのような朱色と、夜のような藍色も見られた。神秘的な、美しい瞳だった。
「私が君をこの世界に巻き込んだんだ。私の身勝手のせいで、君の自由を、人生を、手に入れる筈だった幸せを、君から取り上げたんだ。君は以前、私に言ったろう?『自分は人と呼べるのか』と。人間でいる事が、君にとっての幸せなら、これ以上、君を人から遠ざける訳には……」
 ああそうか。俺が放ったあの一言で、先生の考え方を固めてしまったのか。そんな物、俺にとっては然程重要でもない事だったというのに。
 伝えよう。伝えなければ。俺はそれだけを思い、目の前の少女のような姿の神の体を抱き締めた。
「や、八神くん!?」
「大丈夫ですよ……大丈夫なんですよ先生」
「で、でも私は、君に赦されない事をして……」
「先生自身が先生を赦せないと言うのならそれで良いです。ただ、一つ知っていて欲しいんです。俺は先生に会えて、とても幸せです。ええそれはもう、ずっと読んでいた作品が完結した時よりも、それがハッピーエンドだった時よりも、きっとこの世の何とも比較できないような程」
 もう手遅れなんだ。なら突き抜けてしまえば良い。手遅れなら手遅れで良い。正しい道の先にさえ何があるか分からないんだ。なら、間違った道も正しい道も、終わってしまえば『悪くなかった』と笑えて良い筈だ。どちらも悪い事じゃない筈だ。
「『自分は人か』と聞いたのは、貴女の隣に居たかったからなんです」
「私は、君を人殺しにしてしまったんだ」
「これから償います。殺したよりも多くの人間を救います。人殺しである事すら許されるような善行を積み上げます」
「私は君の、本来の生活を奪ったんだぞ?」
「あそこに未練は無いです。あそこは退屈でしたから」
「私は、君の時間も、本来受け取る報酬も奪ったんだぞ?」
「先生と居る時間は、俺にとっては値千金の報酬ですよ」
「私は……君が稼いだお金も使ったよ?」
「また稼げば良い。でもまあ、今後は控えてくれると助かりますね」
「私は……君が思ってるよりずっと年上だよ?」
「年の差程度気にしませんよ」
「私は……好き嫌いもするよ?」
「俺もしますよその位」
 気付けば、咲良の目からは大粒の涙が零れていた。それはまるで透明な宝石のようで、頬を伝って地面へ落ちる姿まで、美しいと感じた。俺は手でその涙を拭いながら、「一つ、良いですか?」と聞いた。咲良は小さく頷いた。
 伝えておこう。伝えなければならない。俺がずっと思っていた事を。ずっと思っていたまま、言わなかった事を。俺は喉が痞えるような感覚のまま、その言葉を口に出す。

「愛しています」

 咲良の目から流れていた大粒の涙は、その量を大きく増やし、その顔を埋め尽くした。次の瞬間、何か、青く光る何かが俺と咲良の間に現れ、俺と咲良を一本の線で繋いだ。そして俺は、自分の内側に存在していた力の塊が、大きく、途方も無く大きく膨れ上がるのを感じた。
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