50 / 81
050 名簿
しおりを挟む迎賓館を埋め尽くさんばかりに増殖していた荷がすっかりかたづいた。
シモロ地区の親分さんたちのおかげである。
当初は「与太話だ。とても信じられん」とこちらの申し出を疑う。
けれども酔狂な一人が「カモロ地区を冷やかしついでに、いっちょその剣の母さまとかいう小娘のツラを拝んでやろう」と足を運ぶ。
で、手紙にあった通りの宝物の山に腰を抜かす。
そこから先はとんとん拍子に話が進んだ。
親分たちがこぞって若い衆を引き連れて来訪。せっせと荷を運び出してくれたというわけ。
かくして、わたしは心の平穏を取り戻し、安眠快適にて一件落着。
とはいかないのが、複雑怪奇なこの世の中。
わたしがそのことを知るのは、数日を経てのことである。
◇
聖都滞在十三日目。快晴。
迎賓館の敷地内には立派な庭園があり、サクランの木がたくさん植えられている。
せっかくなのでその根元の芝生に布を広げて、わたしはミヤビやワガハイとくつろぎのひと時を過ごす。
皇(スメラギ)からの連絡はまだこない。
どうやらえらい人と庶民とでは、時間の概念にかなりのへだたりがあるようだ。
ちなみにお妃さまたちによる贈り物作戦はまだに続いている。
しかし以前ほどの勢いはない。いい加減に浪費がこたえたのか、商品の入手が困難になったのか。あるいはもらった品をはしからシモロ地区に放出されていることを耳にして、考えをあらためてくれたのかもしれない。
最悪怒鳴り込んでくるかもと、ひそかに身構えていたのだけれども、「それはない」とカルタさんが断言。
理由は「貴人は貴人ゆえに、高いところから低いところへと自ら足を運んだりはしない」から。
特に皇族ともなれば、よほどのことがないかぎりは住まいのあるナカノミヤから出てくることがないという。
だから文句を言うときには相手を呼びつける。
が、わたしはいささか特殊な立場。
仮にも皇がじきじきに招いた客。
主人を差し置いて、これに直接ちょっかいをかけるのは、いろいろマズイ。ご不興でも買おうものならば、次期皇位争いから一歩も二歩も後退することになってしまう。それでは本末転倒。
そういえば迎賓館でお世話になりはじめてから、貴族関係の来訪を受けたことが一度もない。
表立って動けない以上は、裏でこっそり。
などという動きすらもない。
フム。これすなわち、わたしは自分で考えているよりも、権威に守られているということか。
ありがたいけれども、どうせならばもうちょっとがんばって欲しかった。
そうすればあんないらぬ苦労をさせられることもなかったのに。
「にしても今日はいい天気だねえ」
白銀の大剣に「はぁ」と息を吹きかけ、柔らかな布で丹念に拭き拭き。
キラリとするまばゆい刀身に、わたしは目を細める。
「はい、チヨコ母さま。ひさしぶりの水入らずですわ」
ミヤビの最近のお気に入りは、こうやって剣の母に身を委ねること。
天剣(アマノツルギ)である彼女。とっても頑丈につき手入れは不要なのだが、だからとて放置していいわけではない。
見た目はカチカチでも中身は甘えたい盛りの女の子。
しっかりしているからと油断してはいけないのだ。
って、ポポの里のおばさま方が井戸端にてくっちゃべっていた。
どうやら子育てあるあるらしい。わりと世間には、これで我が子の育成をしくじった親が多いっぽい。
もしも非行に走られたら、とても手に負えそうにない。
だからわたしは油断すまいよ。
「太陽さんさん。ワガハイ、すくすく育つ。この分ではじきにムキムキ長身イケメンとなりて、夏色乙女の熱視線を独り占め」
単子葉植物の禍獣ワガハイ。その身をゆらゆらご機嫌にて、鉢植えがたわごとをほざいている。
わたしが見たところでは長身はともかく、ムキムキはムリっぽい気がする。
というか、現時点では草花であって木ですらない。そもそも元の正体がわからん。
なんでも聖都には古今東西の英知を集めた、図書院なる場所があるという。
個人的に興味があるし、許可がもらえるのならば一度足を運んで調べてみようかな。
◇
ゆったりのんびり、まったりしたやすらぎの時間。
それを破ったのは紅風旅団の団員たち。アズキとキナコとマロンの登場である。
女が寄ればかしましいとはよく言ったもので、彼女たちがあらわれたとたんに、場がいっきに騒がしく。
で、なにごとかと思いきや、いきなり「ドサリ」という重たい音。
目の前に置かれたのは分厚い冊子。
どれぐらいの厚さかというと、自立可能にて撲殺もしくは昏倒も余裕。
「えーと、なにこれ?」
たずねたら、アズキが「団員名簿だよ」と言った。
……おかしい。
紅風旅団は首領であるわたしことチヨコ、元首領で現副首領であるアズキ、構成員キナコとマロンの四人所帯だったはず。
よってわざわざ名簿をこさえるほどもない。
「いやぁ、まいったよ。今回の件ですっかり感服しちまった親分らが、こぞって入団したいって言いだして」
ニカッと笑顔を見せたひょうしに、キナコの入道雲のように盛りあがっている両肩が上下。
「……で、だったら自分たちもと、子分どもがまとめてわんさか」
マロンが親指と人差し指の間の筋肉をもみほぐしつつ「名簿の整理がたいへん」とグチるも、満更でもなさそう。
フム。ちょっと何を言っているのかよくわからない。
わけがわからずわたしの目が点となっていたら、アズキが教えてくれた。
シモロ地区に大量投入された資本。
「金は出すのに口は出さない」
なんていう条件につき、てっきり親分らが大半を懐に入れてチョロまかすのかと思いきや、主だった顔役の面々に一斉に配ったものだから、そういうわけにもいかなくなった。
相互監視に近い状況が発生。
日頃から「あそこの親分は男ぶりがよくて気風がいい」だの「むこうの親分はしみったれでイジがわるい」なんぞと比べられて、人々の口の端にのぼりやすい立場。
こうなるとケチくさい行動に走ったとたん、支持率が底なしに急落。
悪いウワサがあっという間にシモロ地区全域に広まり、信頼は失墜。求心力も消滅し、子分たちのみならず民衆からも総スカン。それどころか暴動を引き起こしボコボコにされて、次の日にはピ湖にうつ伏せでぷかり、となりかねない。
逆に上手くやれば地位は盤石となって、後世にまで長く語り継がれる大親分になれる。
ならばと、さっそく親分たちは自分の縄張りにて行動を開始。
あっちが威勢よく長屋を改築すれば、こっちは井戸を整え水回りをキレイにしたり、負けじとよそでは孤児院が新設という具合にて、そこかしこにて活気づくシモロ地区。
人、金、物、仕事……。
いろんなことがグリングリンと唸りをあげて回り出す。
これによってカモロ地区から垂れ流された富が、タモロ地区、シモロ地区へと行き渡り好循環をはじめる。
その過程で自然と市井にもれ伝わるのが、「この恵みの雨を降らせたのは誰?」という情報。
みんなの暮らしが豊かになるほどに、高まる剣の母もとい商公女の評判。
「こうなったらとことんつき合うぜ」「一生ついていきやす」「祭りに乗り遅れるなんてなぁ、聖都っ子の名折れよ」「恩義には身命をもって報いるべし」「ありがたやありがたや」
すっかり浮かれて興奮した人たち。
聞けば剣の母は紅風旅団の首領でもあるらしい。
ならば自分たちもこれに参じようとの気運が轟々。
「おかげで問い合わせがひっきりなしで、あたいらもてんてこ舞いさ」
胸をそらしフンスカ、鼻息も荒いアズキがとっても誇らしげ。「今日持ってきた名簿はごく一部だよ。とりあえず報告をしておこうかと思って。同じものがあと九冊あるから」
現在の紅風旅団の団員総数、二万八千九百六十六名!
この勢いだと、いずれはシモロ地区の住人のほとんどが参加することになりそうだと告げられて、わたしは「へー」としか答えようがない。
0
あなたにおすすめの小説
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?
浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。
「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」
ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。
【完結】剣聖と聖女の娘はのんびりと(?)後宮暮らしを楽しむ
O.T.I
ファンタジー
かつて王国騎士団にその人ありと言われた剣聖ジスタルは、とある事件をきっかけに引退して辺境の地に引き籠もってしまった。
それから時が過ぎ……彼の娘エステルは、かつての剣聖ジスタルをも超える剣の腕を持つ美少女だと、辺境の村々で噂になっていた。
ある時、その噂を聞きつけた辺境伯領主に呼び出されたエステル。
彼女の実力を目の当たりにした領主は、彼女に王国の騎士にならないか?と誘いかける。
剣術一筋だった彼女は、まだ見ぬ強者との出会いを夢見てそれを了承するのだった。
そして彼女は王都に向かい、騎士となるための試験を受けるはずだったのだが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる