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月芝

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057 皇と帝

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「欲しければ玉座なんぞくれてやる」

 皇(スメラギ)さまよりこれに近しいことを言われて、わたしはあわてて首をぶんぶん。そんな気は毛頭ない。
 そしてわたしは遅まきながらようやく理解する。
 皇という存在について。
 これはちがう。
 守るべきは国、正すべきも国、維持すべきも国……。
 その思考、言葉、行動、信仰、すべてが国、国、国。
 この人にとっては家族であるお妃たちや子どもたちすらもが、神聖ユモ国を形成する一部にすぎないんだ。おそらくは自分自身すらも。
 わたしはずっとかんちがいをしていた。
 国で一番えらい人が皇であり、皇が国を自由に動かしていると。
 でも実態はぜんぜんちがった。皇すらもが国という巨大なバケモノの一部にすぎないんだ。
 だから皇はちがう。
 少なくともわたしが知る人間とは、まるでべつの生き物。
 皇族の血を継ぎ、宮廷に産まれ、宮廷に育ち、宮廷に学び、宮廷に尽くし、宮廷に生き、そして宮廷で死んでいく。
 血の一滴、毛の一本、ココロとカラダどころか、きっとその魂すらをも。
 すべてを国に捧げた守り人。

  ◇

 よその国の王さまはどうだか知らないけれども、これがわたしたちが住む神聖ユモ国を統べる者の正体。
 自分でもよくわからないけれども、知れば知るほどに相手がおそろしくなっていく。
 これが絶対権力者……。
 わたしはカラダが小刻みに震えそうになるのを、懐にいるミヤビに触れることでどうにか抑え、平静を保つ。

「天剣(アマノツルギ)の所有者については、剣自身の意向が働くことも耳にしている。もちろん選定の儀の結果を押しつけはしない。安心せよ」

 皇さまはそうおっしゃるも、ならばどうしてわざわざ開催するのか?

「それについては私めが」

 ここで説明を引き継いだのは星読みのイシャルさま。

「天剣を巡って、お妃さまたち以外にも動いている者たちがいることは、すでに承知のはず。元々そちらから影矛のホラン経由でもたらされた情報だからね。人相風体や手口、その規模からして、我々はおそらく『帝国』の手の者ではないかとにらんでいる」

 イシャルさまの口から出た「帝国」という言葉に、わたしは首をかしげる。
 まるで耳にしたことのない国名にて、ポポの里の学び舎でも習った覚えがなかったからだ。
 するとイシャルさまは丁寧に教えてくれた。

  ◇

 レイナン帝国。
 南の海の遥か彼方にある別の大陸の国。
 ほんの二百年ほど前までは、とりたてて特徴のない小国であったのだが、拡大路線へと方針転換をしてからは破竹の勢い。周辺の国々に侵略戦争を仕掛け、これを降し併合。勢力をのばし大国となる。
 が、なおもとどまることを知らず、まるで飢えたケモノのように戦をくり返す。
 それもそのはず。なにせ次期帝位を継ぐものの条件が、「侵略戦争に勝利し国土を拡大すること」とされてあるのだから。
 だがこんなものは序の口に過ぎない。
 真に凄まじきは、レイナン帝国王族の在り方。
 好むと好まざるとに関わらず、上を目指すことを義務づけられている。役に立たないと判断されれば、容赦なく切り捨てられる。情けも馴れ合いもいらない。
 求められるのは強さ。
 尊ぶべきは強者。
 それ以外はすべて不要。
 だから身内にて血で血を洗う抗争が日常茶飯事。
 ふつうであれば、そんな状態が長らく続けば内部崩壊を起こしそうなもの。
 でもそれを許さないのが、帝という絶対王者。
 いかなる紛争も激情も恨みも憎悪も、帝がただひと言「やめよ」とつぶやけば、そこで終了。異を唱えることはかなわない。
 なお神聖ユモ国との国交はなし。
 海を隔てており距離の問題もあってか、これまでは民間はともかく公的には積極的に関わろうという動きはなかったのだが……。

  ◇

 イシャルさまの説明を聞いてわたしは震えあがった。
 世の中にはなんというおそろしい国があるのかと。
 あらためてポポの里に生まれた幸運をかみしめつつも、わたしは不安になった。
 だって、そんな修羅の国みたいなところが、自分やミヤビにちょっかいをかけてきているんだもの。これはおっかないよ!
 海もまだ見たことがないのに、その彼方なんて……。
 うぅ、話がどんどん大きくなっていく。
 思わず頭を抱えてしまった小娘に「案ずるな」と声をかけてくれたのは、ずっと口を真一文字に結んでいた武人クムガン。

「連中を炙り出し、残らず叩き潰すための策が、この度の選定の儀だ」

 前々から国内に潜伏し、チョロチョロしていた帝国の工作員たち。
 他国に諜報員を送り込むのなんて、大なり小なりどこでもやっている。
 とはいえあまり気持ちのいいものではない。ましてや相手が侵略国家ならばなおさら。
 しかし敵もさるもの。なかなか尻尾を掴ませない。
 そんなときに登場したのが、剣の母と勇者のつるぎミヤビ。
 極上のエサを前にして、ずっと潜んでいた連中がもぞもぞ動き出す。
 いい機会だから誘い出して、まとめて処分してしまおうと、えらい人たちは考えた。
 で、いろいろ段取りを整えるのに手間取ったのが、謁見までやたらと待たされた時間の理由であったと。

「だから心配するな」

 八武仙筆頭がチカラ強く請け負ってくれたものの、これってつまり囮ってことだよね?
 剣の母ってかなり重要な役割のはずなのに。
 気のせいか扱いが丁寧にみえて、けっこう雑のような……。
 わたしの口からつい本音がぽろり。
 すると皇(スメラギ)さまはおっしゃった。

「そのようなことはない。ただ朕にとっては国こそが大事。天剣が欲しくないといえばウソになる。が、さりとてそれに固執するつもりもない。チカラはしょせんチカラでしかない。金と同じで、どう活かすかこそが肝要。そもそも剣一本でぐらつくような国ならば、はなから存在価値などなかろう」

 すべてを国に換算する男。神聖ユモ国第四十九代目・皇・ワシュウ。
 レイナン帝国の帝もたいがいだけれども、この人もまじでヤベぇ。
 もしかして王さまって、みんなこんななの?


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