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056 おっぱい島
しおりを挟む剣の母。
それは神より特殊な才芽を授けられ、使命を課せられし者。
才芽は、邪を払い災いを退ける天剣(アマノツルギ)を産み出すこと。
使命は、ふさわしい人物に産み出した天剣を託すこと。
すっかりご無沙汰にて、当事者であるわたしすらもがとんと忘れかけていた。
そのことを口にしたのは皇(スメラギ)さまの御前にいる銀髪の麗人。
彼は言った。
「つきましては、その崇高なる使命の助けになればと、選定の儀を催したいと考えております」
選定の儀。
我こそは勇者のつるぎにふさわしいという猛者たちが集って、武芸を競い優劣をつける。
いわゆる武闘会のこと。
それを皇主催にて聖都で大々的に行うと聞かされ、あわてて動き出したのが各国の大使たち。「こうしちゃあいられない」
もしも自分の子飼いや息のかかった者が天剣を手にすれば、それは己の手柄となり、ひいては国益にもつながるとあっては、うかうかしてはいられない。
おおいに盛り上がる謁見の間。
その裏でわたしはひとり途方に暮れる。
「じつはうちの子、むさ苦しい男はあんまり好みじゃないの。あとチカラが強いとか腕がいいだけでもダメっぽい。だから苦労して優勝したからって、必ずしも選ばれるわけじゃないの」
なんて、とても言い出せる雰囲気じゃないんだもの。
うーん、どうしよう。
◇
……はい。どうにもなりませんでした。
興奮と熱気をはらんだままに、あれよあれよと謁見は終了。
小娘が異論を挟む余地などなく、命じられるままに強制退場。
すべてがなし崩し的に進行してゆく。
走り出した選定の儀という名の馬車は止まらない。
「よし! いざとなったら何もかも放り出し、ミヤビに乗ってとんずらしよう」
「愛の逃避行ですわね、チヨコ母さま。どこまでもお供しますわ」
母娘にて密かに今後の方針を固めたところで、謁見の間より連れ出されたわたし。
宮廷つきの近習さんに案内されたのは、ナカノミヤの中でも特に奥まったところ。
人工のお池に沿うように通された長い長い渡り廊下。
突き当りが桟橋となっており、小舟が係留されてある。
これに乗せられて、おっちら向かったのは池の中央にポツンと浮かんでいる小島。
緑色をしたおっぱいのような形をしている。
小さいとはいっても実際に足を運んでみると、そこそこ立派にこんもり。緑にみえたのは丁寧に刈りそろえられた鮮やかな芝生。
おっぱいの乳頭に相当する位置には、休憩所となる六角形の東屋(あずまや)が建っており、そこでわたしを待っていたのは三名の人物。
謁見の間にて御座近くに控えていたごつい武人と華奢な麗人。あと一人は白装束にて三角白頭巾、すっぽり顔が覆われており正体不明。
勧められるままに席につき、茶をふるまわれる。
フム。いい香りにてとっても美味。もしもわたしに尻尾が生えていたのならば、まちがいなくバッサバサふりまくるだろうね。
わたしがお茶をたんのうしていたら、口を開いたのは銀髪の麗人。
「まずは自己紹介を。私はイシャル。みなからは星読みと呼ばれている者だ。そしてあちらでムスっとしている男がクムガン、八武仙筆頭。そしてこちらの御方が……」
「神聖ユモ国第四十九代目・皇・ワシュウである。先ほどは御簾越しにて失礼をした。あれも国の体面を保つがゆえ。どうか許せ」
国一番の賢人、国一番の武人、国一番のえらい人が勢ぞろい。
あげくにいきなり一番えらい人から謝られ、わたしは危うくお茶を噴き出しそうになった。
◇
謝りついでに妃たちの過剰な介入についても触れ、ふたたび「許せ」
頭こそは下げないものの、皇さまから詫びを入れられ、わたしはオロオロしつつも、つい言わずにはいられなかったのが「どうして奥さんたちを好きにさせておくの?」という疑問。
「あれらの動きはつねに把握をしている」と皇さま。
すべては考えあってのこと。
次期皇位を巡って競うのはべつにかまわない。ただしあくまで知略深謀を巡らしているだけならば。もしも安易に武力を行使し乱を起こすのならば、すぐに叩き潰す。
剣の母を巡る聖都での騒動についても、問題はないと言われてわたしは内心でホッ。
そんなこちらにはかまわず話しを続ける皇さま。
「ため込んだ財を吐き出したことで、ムダに肥え太っておった者どももずいぶんと痩せたはず。これでしばらくはおとなしくなることであろうよ」
第一妃シンシャと二柱聖教を中心としたその派閥。
第二妃メノウと軍部を中心としたその派閥。
双方ともにわたしに貢ぐことで散財。
どうやら派閥の活動資金にまで手をつけてしまったらしく、ここのところ動きがめっきり鈍くなったと皇さまは頭巾の奥でくつくつ笑った。それだけでなく、わたしが考えなしにじゃんじゃんシモロ地区に富を放出したことについても「愉快愉快」とよろこぶ。
「おかげで聖都の経済がいい具合に動いておる。なにを咎めることがあろう。不必要に偏っていた富が、順当な流れに戻っただけのこと」
本来ならば国が主導となって行いたいところだけれども、それは許されない。
貴族から資産を召し上げ、これを下々に分け与える。
短期的にみれば、民は熱狂し拍手喝采にて迎えるだろう。
けれども中長期的にみれば、これは悪手。
一見すると民にやさしい施政であり、実行する側はさぞや気持ちいいはず。
しかしそんな王が統べる国なんて、富める者、目端のきく商人らはこぞって逃げ出す。もちろん財を残らず持って。
いつ自分の番がまわってくるかわからないからだ。
そして困ったことに大きなお金を動かし、国を富ませるのはそういう連中。
これを失うことは大きく国益を損ねることになる。
「富を築けるのは全体の一割。残り九割はカモにすぎないという考えもあるとか。まぁ、それが必ずしも正しいとは思わぬが、当たらずとも遠からずといったところか」
剣の母が商公女としてもてはやされて、市井の信仰の対象になりつつあることについても問題なし。しょせん一過性のことにすぎない。流行り廃りは世の常にて。
膨れあがり続ける紅風旅団にいたっては、「もしも王の地位を望むのならば朕に告げよ。よろこんでこの席、進呈しようとも。ただし、いま以上に国を富ませ上手くまわせる自信があればの話だがな」
皇さまはこともなげに言った。
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