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002 ひとりぼっちの卒業式
しおりを挟む午前中の体育館にて――
名前を呼ばれて「はいっ!」
元気よく返事をし、パイプイスから立ち上がった。
ピンと背筋をのばし、真剣な面持ちにて歩く。ちょっとギクシャクしちゃうのは、緊張のせい。
階段に足をひっかけないように注意しながら登壇し、証書を授与される。
うやうやしく受け取り、一礼。
これで晴れて小学校を卒業したのだけれども……
「うぅ、先生、ちょっと居たたまれません」
「……だな。こっちから誘っておいてなんだが、なんかすまん鈴山」
わたしが本音を吐露すると、空知先生は申し訳なさそうにボリボリと鳥の巣頭をかいた。
この場にいるのは、わたしこと鈴山海夕(すずやまみゆう)と担任の空知先生のみ。
だからとて、この学校が山奥にあるとかいうわけではない。
学校は街中にあって、そこそこの生徒数を誇っている。わたしの同期だって百五十人ほどもいる。
では何ゆえ、ひとりぼっちで卒業式をしていたのかといえば、不覚にもわたしが式の前日に交通事故に巻き込まれてしまったからであった。
あれはお母さんに頼まれてスーパーへ買い物に行った帰り道のこと。
てくてく歩いていたら、いきなりうしろからドン!
自動車に撥ねられた。
居眠り運転だった。
ぶっちゃけ死んだとおもった。
視界がやたらとゆっくりになり、走馬灯とやらもバッチリ視えたし。
けど、わたしは奇跡的に助かった。
それもほんのかすり傷程度にて。
事故を目撃していた人の話によれば「まるで猫みたいに、宙でくるくるっとね。回ったとおもったら、にゃんぱらり。シュタッと着地を決めたものだから、びっくりしたわよ~」とのこと。
現場検証にきた警察の人も「マジか!?」と目を丸くしていた。
でもって事故を起こした運転手は「無事で本当によかった~」と安堵のあまり腰を抜かしていたらしい。
自分でもわけがわからないが、きっといろんな幸運が重なったのであろう。
犠牲になったのは、特売のタマゴ2パックのみであった。
とはいえ車に撥ねられたことはたしか。
念のために救急車で運ばれて、検査入院をすることになった。
問題がなければ、次の日の朝一に退院できるはずであった。
だがしかし、ここでおもわぬ不運に見舞われる。
よもやのマシントラブルが発生!
これにより検査の予定が大幅に狂ってしまったのだ。
そのせいで二泊三日の延長が確定する。
「平気だから、せめて卒業式だけでも出席させて!」
わたしはお医者さまや看護師さんたちに懇願するも、大人たちがうなづくことはなかった。
お母さんとお父さんからも「いまは海夕の体の方が大事だから」「かわいそうだが今回は諦めなさい」と諭された。
かくしてわたしが異常ナシとの太鼓判を押してもらって、退院したときにはすでに卒業式も、お別れの会も終わっていた。
で、三日遅れでわたしが卒業証書を受け取りに母校へ顔を出すと、担任の空知先生から提案されたのが、ふたりきりの卒業式である。
「う~ん、このまま証書を渡すだけなのもなんだか味気ないな。いっぱい練習したことだし、せっかくだから式をやろうか」
先生としては良かれとおもってのこと。
実際、わたしも喜んだ。だって、なんだか素敵じゃない? 青春の1ページっぽくて。
でもね――いざやってみた感想が冒頭のアレである。
ドラマどころかまるでコントだよ! ちっとも絵になんかなりゃしない!
なんともいえない空気と羞恥心で「あーっ!」と叫びたくなった。
わたしの小学生、最後の思い出は、きっと一生忘れられない黒歴史になるだろう。
〇
カーテン越しの柔らかな日差しで、教室内がヒヨコ色に染まっている。
誰もいない六年四組の教室に、わたしはひとりきり。
残してあった私物を引き取りに来た。
黒板には大きく卒業の二文字が描かれてある。他にも小さな文字で寄せ書きっぽいのがチラホラ。そこに『ミユウちゃんへ』という友達からのメッセージを見つけたときは、ちょっと泣きそうになった。
教室のうしろにある生徒用の物置棚は、当然ながら自分のところ以外はからっぽ。
荷物といってもたいした量はない。
さっさと荷造りを済ませ、わたしは教室内をゆっくり歩いてみる。
一年間通った場所だ。
まぁ、それなりにいろいろあった。
想い出に浸り、ちょっとしんみりしていると――
さらり。
不意にわたしの頬を優しい風が撫でた。
「ん?」
カーテンがわずかに揺れている。
てっきり窓はすべて閉じられていたものとばかり。
「閉め忘れ……かな」
おおかた空知先生あたりが教室の空気を入れ換えた際に、うっかりしたのだろう。
このまま放っておくのもなんなので、わたしは窓を閉めておくことにする。
でもカーテンをめくると「あれ?」
窓はきちんと閉じてあった。鍵もかかっている。
たしかに風を感じた。
春の暖かい風であった。
カーテンだって揺れていた。
なのに、どうして?
わたしが首をかしげていると、ふと鼻孔をくすぐったのは甘い花の香り。
ジャスミンやクチナシの香りに似ているけど、ちょっとちがう。
すんすん、ニオイをたどる。
窓辺に落ちていたのは薄紅色のかわいらしい一輪の花――梅の花であった。
「どうしてこんなところに梅の花が?」
風流なことだ。いったいどこからまぎれ込んだのやら。
拾った花を手にのせ、しげしげ眺めていると。
『……ミユウちゃん……ミユウちゃん』
不意に名前を呼ばれたもので、わたしはドキッ!
空耳……なんかじゃない。
たしかに聞こえた、若い女の人の声だ。
ふつうならば「お化け!」とか叫んでパニックになりそうなものなのに、なぜだかちっとも怖くなかった。むしろどこか懐かしさすらある。
例えるなら小さい頃に大好きだった、近所のお姉さんとひさしぶりに会ったときのような。
『……ミユウちゃん……お願い、ミユウちゃん……どうか……』
呼びかけてくる声はいかにも必死で、切なげで。
だからわたしもつい「誰? 誰なの?」と応じてしまう。
そうしたら声は、よりはっきりと聞こえるようになった。
『……あぁ、よかった繋がったのね。ミユウちゃん、時間がないからよく聞いて。御遣いをやったわ。彼女の指示に……ジジジ、お願い……ジジジジ……この……町……ジジ…………を救……ツ――』
急にノイズが混じりだしたとおもったら、交信がふつりと途切れてしまう。
以降、どれだけ呼びかけても応答はなかった。
ナゾの声は御遣いがどうのとか言っていたけれど。
あとの部分はうまく聞き取れなかった。さっぱり意味がわからない。
しばらく教室で待っていたが、再び声が聞こえることもなく、結局は誰もあらわれず。
わたしは「あれはいったいなんだったんだろう」と頭にハテナマークを浮かべつつ、拾った梅の花をズボンのポケットにしまい、教室をあとにした。
けれども教室の外へと一歩踏み出したとたんに「なんじゃこりゃーっ!」
右を向いても、左を見ても。
どこまでもどこまでも……
廊下が遥か彼方にまでのびていた。
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