下出部町内漫遊記

月芝

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032 女盗賊竜胆

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 火事のせいか、町中に捕り方連中の姿が見当たらない。
 おかげでわたしたちはすんなりゴール近くにまでやってこれた。
 あとはこの大橋を渡って、向こう側にある城門前へと行くだけ。
 なのだけれども……

「うわっ、ちょっと何よあれ?」
「んんん? あれは捕り物みたいだな。それもかなりの規模だ」
「ほぅ、ちょうど橋の半ばあたりか。よほどの大物らしいな」

 ゆるやかなアーチが三つ連なった形をしている大橋の上では、「御用、御用」と群がる捕り方を相手にして女盗賊が諸肌脱ぎのサラシ姿にて、単身大立ち回りを演じている。
 ひらりひらりと蝶のように舞い、寄らば容赦なく蜂のように刺す。
 匕首を手にした彼女が動くたびにチラチラしていたのは、背中に彫られた夜叉の刺青だ。口に一輪の青い花をくわえている。恐ろしい形相、なのにどこか憂いを秘めた瞳をしており、妙に艶めかしい。
 それにしてもドロボウ役って、わたしたちだけじゃなかったんだ。
 わたしたちは女盗賊の暴れっぷりにしばし見惚れる。

「チチチ、あれは竜胆(りんどう)の花だね」

 とは一枝さん。
 ジンさんの豆知識によると、竜胆は古くは疫病草(えやみぐさ)と呼ばれており、秋に咲く桔梗に似た花とのこと。苦いけどいい胃腸薬の材料になる。ちなみに竜胆の花言葉は『勝利』『正義』『悲しんでるあなたを愛する』だそうな。
 すらすらと花言葉を口にする人体模型、その得意気な顔はともかくとして……

「夜叉と竜胆の組み合わせとか意味深すぎるでしょ! あの女の人の過去にいったい何があったの? くぅ~、めちゃくちゃ気になるんですけどぉ」

 わたしは女盗賊のキャラ設定にガツンとやられた。
 ばかりか立ち回りもカッコいいし、キリリとした美人さんだし。
 ただのエキストラじゃない。いまどきあれほど動ける女優なんていないだろう。本職のスタントウーマンであろうか。
 以降、彼女を竜胆と呼称することにわたしは決めた。異論は認めない。

 さて、そんな竜胆が大暴れしている場所をどうにか抜けて、向こう岸へと辿りつかなければならないのだが……

 捕り方連中により、橋はほぼ封鎖状態である。
 こっそり近づこうにも、橋の上は見晴らしがよく、隠れるところがないから向こうからは丸見え。
 いままでのイベントのように、自分たちの役にのみ集中して、こちらを無視してくれたらありがたいのだけれども、もしもそうではなかった場合はあっという間に囲まれてお縄にされちゃう。
 仲間が全員お縄になって牢屋送りになったら、苦労して集めた三枚の絵馬は没収されて、最初っからやり直しとなる。ナゾナゾや絵馬の隠し場所も一新される。
 ゴール手前でそれはキツイ。
 ここまできたら、なんとしてもクリアしたい。

 ならばどうする?
 いっそのこと竜胆に加勢して、捕り方連中を蹴散らすか?
 あるいは橋を通らずに別ルートでゴールを目指すか?

「へっ、別のルートなんてあるの?」
「あれじゃよ、ミユウ」

 くいとアゴでカクさんが示したのは、岸辺に係留してある小舟たちだ。
 わざわざややこしい橋を通らずとも、あれでスイーと川を渡ってしまえばいい。
 でも自分で口にしておいて、カクさんは渋面にて。

「問題は櫓(ろ)じゃ。あれは扱いがちとむずかしい」

 櫓は舟の船尾に取りつけて引いたり押したりすることで、水をかき進むための道具である。
 揺れる不安定な小舟の上に立ち、櫓を操るのには熟練した技がいる。
 言い出しっぺのカクさんは生憎と漕いだことがないという。

「それがしはもっぱら前に座って運ばれる立場であったからのぉ。そういうのは従者や船頭に任せておった」

 だからカクさんは漕げない。
 ならばジンさんはどうかと訊ねたら、こちらも首を横に振る。
 わたし? もちろんやったことがない。やったことがあるのはアヒルさんの形をした足漕ぎボートだけだ。

「……というか、これ見よがしにあんなところに小舟をとめてあるのって怪しくない? それも三艘も。いままでの尾白さんのやり口からして、どうにもうさん臭いんだよねえ。
 だから……ね、お願い」

 わたしは一枝さんに舟の様子を見てきてくれるようにお願いした。
 すると、いい加減、このケイドロ遊びにも飽きてきたのか「ったくしょうがないねえ」と一枝さんはいつになく協力的にて。
 チチチとさえずりながら飛んでいく。
 で、小舟の上をしばらく旋回してから、船縁にとまってはなかをしげしげ覗き込んだり。

 待つことしばし。
 戻ってくるなり一枝さんは言った。

「今回はミユウのお手柄だね。三艘とも底に穴があって栓がしてあったよ。あと櫓にも切れ込みが入ってた」

 ラッキーと舟に飛びつけば、途中で櫓がポキリと折れて立ち往生、ほどなくしてブクブク沈むという仕掛けだ。
 また尾白にいっぱい喰わされるところであった。
 危ない危ない。


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