下出部町内漫遊記

月芝

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049 ヤガモ

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 どこまでも続く青い空。
 流れる白い雲を横目に、カモの群れはVの字に並んで飛行する。
 なぜそうするのかって?
 簡単な話さ。こうする方がずっと楽だからね。

 人間のえらい学者先生によれば、こうやって群れで飛ぶと単独飛行よりもずっと省エネですむんだと。空力だか気流だかによって、風の流れが生まれて、それに乗ってスイーっとね。おかげで長いこと飛び続けていられるから、海をも超えられる。
 もっとも群れを率いる先頭はたいへんさ。うしろの連中を引っ張ることになるから、モロにびゅうびゅう風をあびることになる。
 方角だって間違えたらえらいことになっちまう。ほんの少し進路がズレただけで、てんでちがうところに向かってしまうのが空の旅のおっかないところ。つねにペース配分や仲間たちの体調にも気を配らなくちゃいけない。

 みんなの命がかかっている。
 先頭はすごい重責ある立場だ。
 だから、ここを任されるのは群れのなかでも、とくに実力が認められた者のみ。
 さすがにひとりではキツイので、ときおり交代しては旅を続ける。
 かくいう、あたしもその実力者のうちのひとりだ。
 そしてアイツも……

 悔しいけどアイツは上手い。その飛びっぷりはとても絵になる。
 黄色いクチバシ、緑色の頭、白い首輪、灰白色の両翼、黒褐色の胴体――オスのカモ特有のあざやかな体色が、空の上だと雄々しくいっそう映える。
 比べてあたしの地味なことといったら。
 なにせカモのメスときたら、クチバシは橙(だいだい)に黒混じり、全身が黒褐色の地に黄褐色のふちどりがある羽毛におおわれており、どうにも色彩を欠いた冴えない見た目なのである。

 しかしそれだけじゃない。
 アイツのうしろを飛ぶのはとても心地いい。
 凍てつく風が、なぜだかアイツの翼を経るとやわらかなモノへと変わるのだ。
 一度、あたしは恥をしのんで「いったいどうやっているんだい?」と訊いたことがある。
 けれど、アイツはきょとんとして「さぁ?」と首をかしげやがった。てっきり教えるのが惜しくてとぼけているのかとおもいきや、さにあらず。
 アイツは産まれながらに空に、風に、翼の神に愛されているヤツであったのだ。
 いわゆる天才肌、それゆえに凡人の苦悩とは縁がない。
 とんでもないことを、とくに意識することなくさらりとやってのける。
 まったくもって厭になるね。
 なのにあたしは、気づけばついアイツの姿を目で追っている。
 そしてこちらの気も知らずに、アイツはこう言うんだ。

「ん? どうした、何か用か」と。

  〇

 あたしたちは渡り鳥だ。
 毎年、9~10月頃になると大陸を出立し、この島国へとやってきては冬を過ごし、4~5月頃になるとまた大陸へと戻っていく。
 越冬中に番(つがい)を見つけて、春に飛び立ち繁殖地へと向かう。

 ぶっちゃけ、年々あたしたちを取り巻く状況は厳しさを増している。
 原因は主に人間たちだ。
 苦労してようやく海を渡っても、去年まであったはずの湖や沼が無くなっていることなんてしょっちゅうだ。
 それを見越して、事前にいくつか候補地を見繕ってはいるものの、うっかり他の群れとかち合えば、ときには争いすらも起こるので難儀している。

 古株の連中によれば「一時よりかはマシになった」とのことだが、それでもやはり減り続けているのが現状だ。
 わざわざ埋め立てては、その上に住みたがるだなんて、人間たちはいったい何を考えているのやら?
 と、あたしなんぞは首をひねるばかりである。
 それでも、まぁ、ある程度は互いの領分を守りながら、うまく住み分けをしていたとおもっていたのだけれども。
 どうやらそう考えていたのは、あたしたち鳥側だけであったらしい。

 ある時を境にして、人間たちから向けられる視線が変わったことを、あたしたちは敏感に察していた。
 警戒のなかに、どこか怯えを秘めたような目でこっちを見てくる。
 これまで幾多の動植物たちを根絶させてきた人間たち。
 地上の覇者が、どうしていまさら渡り鳥のカモごときをうとんじる?

 原因は鳥インフルエンザであった。

 鳥から鳥へと移る病気。
 とはいえ、そんなのはいまに始まったことじゃない。ずっと昔からあった。
 あたしからすれば「いまさら何を騒いでいる?」である。
 しかし人間たちの反応は過剰であった。
 もしも養鶏場とかで一羽が発症したら、そこにいる数千、数万羽を根こそぎ殺処分しては、埋めてしまうほどに。

 鳥インフルエンザの拡大には渡り鳥が関与している。
 人間たちの間では、それが定説になりつつあるそうで、おかげであたしたちへの風当たりもキツクなったというわけさ。
 そしてある日のこと。
 ついに事件は起きた。

 あたしたちの群れは、とある公園内の池に滞在していた。
 日中は大勢の家族連れとかでにぎやかな園内も、夜になるととたんに静かになる。
 そんな暗闇のなかを蠢く不審な影があった。
 パーカーのフードとマスクで顔を隠しているものの、動きや体格からして若い男とおもわれる。
 若い男の手には矢をつがえたボウガンが握られていた。

 その夜、たまさか見張り番であったあたしは、すぐに不穏な気配に気がついて、みなに注意をうながす。
 ガアガア、バサバサ、驚く仲間たち、混乱する現場、さなかにキラリと光ったのは矢の突端だ。
 物陰から狙われていたのは、アイツだった。
 オスのカモはその容姿ゆえに闇夜の水面でも目立つ。そのために若い男に獲物として定められてしまったらしい。

 ビュン!

 風切り音がした。
 刹那、考えるよりも先に体が動いていた。
 あたしはアイツに体当たりをして押しのけるも、直後にかつて体験したことがないような衝撃と痛みを受けて、そのまま気を失ってしまった。

  〇

 目を覚ますと、すでに辺りは明るくなっていた。
 あたしは水辺の繁みのなかでぐったり横たわっていた。
 身を起こそうとしたとたんに「うぐっ」
 あまりの痛さに硬直する。
 首をひねって恐るおそる見てみれば、左翼の付け根から背中へとかけて矢が貫通しているではないか。
 これではもう飛べない。
 どころか、きっともう助からないだろう。

 周囲に仲間たちの姿はなかった。
 残されていたのは一枚の色鮮やかな羽のみ。
 アイツのものだ。
 おそらく身を呈してかばったあたしが溺れないようにと、ここまで運んでくれたのだろう。
 でも、できたのはそこまで。
 それもムリからぬこと。
 傷つき倒れた一羽よりも、群れの仲間たちの安全を確保しなければならない。
 だからみんなはすでに飛び去ってしまったのだ。二度とこの地には戻ってこないだろう。

 見捨てられたわけじゃない。きっと苦渋の決断だ。
 しょうがない……しょうがないこと……
 そんなことはわかっている。
 なのにあたしは無性に悲しくなって、とっても痛くて寂しくて、ポロポロと涙を零すのを止められない。
 そのうちに泣きつかれて、あたしはぐったりしてふたたび気を失ってしまった。

 次に気がつくと、見知らぬ建物内にいた。
 痛みがずいぶんとやわらいでおり、刺さっていたはずの矢は失く、手当もされている。

「もう大丈夫だから」

 そういって優しく頭を撫でてくれたのは、キレイな黒髪の女性であった。
 でもあたしにはすぐにわかったね。その女の人がふつうの人間じゃないってことが。
 だって全身から神々しさがにじみ出ていたから。
 これがあたしと御方さまとが出会ったときのことさ。
 群れからはぐれて、行き場を失くしたあたしを御方さまは受け入れてくれた。
 だから、あたしは――


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