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079 ヤコ
しおりを挟む「おまえは何も悪くないのに……。こんなことになってしまって本当にすまないね」
仕えている天狐さまから直々にそう言われては、下っ端の野狐にすぎない私はうつむいていることしかできない。
私はたったいま主人より所払いを申し渡された。
ようは仕事をクビになったのである。
縁あって、私はとある大社の宮中にて女官として働くことになった。
自分でいうのもなんだが、まじめにお勤めをはたしていたとおもう。
守るべきしきたりや、厳しい上下関係、気難しいお姉さま方々などなど。
いろいろと気苦労の絶えない職場ではあったが、仕事の合間に書庫の本を好きに読めることだけは良かった。
本はいい。
私は本が大好きだ。
だって読んでいる間だけは浮世の煩わしさから解放されて、私は自由になれるもの。
忠勤に励むうちに、ひょんなことから私の書く文字が端麗だと評判になって、祐筆(ゆうひつ)――身分の高い人に代わって文章を書く役目のこと――に選ばれてからは、いっそう重宝がられるようになる。
上役の覚えめでたく、まだ若輩の身にもかかわらず、天狐さまからお声をかけられるようにもなった。
ちなみに宮中での身分は天狐(てんこ)を筆頭に、仙狐(せんこ)、空狐(くうこ)、気狐(きこ)、野狐(やこ)という序列になっている。
生きた時間、積んだ徳や経験、得る能力も位(くらい)に準拠しており、天狐さまともなれば千年の時を生き、ついには神格をも得ている。
一方で野狐の私に出来ることといったら、せいぜい人を化かしてたぶらかすことぐらい。
ふつうのキツネよりかはマシな程度にて、その差は歴然であった。
そのため私はひたすら恐縮しっ放しにて、唯々諾々と従うばかり。
でも、そんな私のことを同僚らは苦々しくおもっていたらしい。
いわゆる『出る杭は打たれる』というやつだ。
他との交流をおろそかにし、本好きが高じて書庫にこもりがちであったのもマズかった。
妬み嫉みをぶつけられていることに気がついたときには、私はすっかり周囲から浮いて孤立していた。
ことがそれだけで済めばよかったのだけれども、そうはいかない。
むしろ日を追うごとに激しさを増していき、ついには天狐さまのお耳にまで届いてしまう。
天狐さまのお立場ならば、宮中の和と一匹の野狐、どちらをとるのかなんて悩むまでもない。たとえ不義理になろうとも。
大きな組織を束ねるとは、そういうことなのだから。
〇
まじめに働いていただけなのにクビになった。
一方でちゃんとしていなかった連中は、いまものうのうと雅な宮中に残っている。
本当に理不尽だ。
つらい目に合ったこともあり、私は反動からか「宮仕えなんてバカらしい。もう二度とごめんだわ」と考えるようになる。
以降は、日々をのらりくらりと過ごし、人の姿に化けては各地の図書館を渡り歩いて暮らす。
存分に知識と書物に触れられて満足であったが、生きていくためには稼がねばならない。
ただのキツネとして生きるのならばどうとでもなるが、文化的な生活を続けるのには先立つモノが必要である。さりとてマジメに働く気にはとんとなれない。
そこで私は美女に化けては、男どもをたぶらかすことにした。
あまり褒められたことではないが、野狐とはもともとそういうモノにて。
――でもさぁ、やっぱり悪いことなんてするもんじゃない。
あれは借りていた本を返却しに図書館へと向かっていた時のこと。
公園内の池のほとりにある道を歩いていたら、いきなり背後から刺された。
誰の仕業かとおもえば……以前にダマして小銭をせしめた青年だった。
適当に相手をして、いい夢を見させてやり、その分の代金として受け取ったつもりだったのだけれども、青年の考えはちがったらしい。
これだから坊やはイヤなんだよ。すぐに本気になってのぼせ上がるんだもの。
自分で刺しておいて「ひぃいぃぃぃ」と悲鳴をあげてはまろびころびつ、逃げていく青年。
そのうしろ姿をぼんやりと見送りつつ、「ったく、悲鳴をあげたいのはこっちだよ」と私はタメ息をついた。
刺されたのは腰の後ろ辺り、けっこうな深手だ。
傷口を抑えたハンカチがみるみる赤く染まっていく。
「あ~、これはさすがにダメかもしれない」
さりとて野狐が救急車なんぞ呼べるわけもなく、ましてや動物病院にだって駆け込めない。
だから最寄りのベンチに腰をおろして、ぼんやり池の水面を眺めていたら、不意に「お困りですか?」と声をかけられた。
すでに視界がぼやけており相手の顔はよくわからなかったけど、女と男のふたり連れにて、声をかけてきたのは女性の方であった。
不思議な気配を持つ女性で、天狐さまに雰囲気がちょっと似ているかも。
そのせいか、柄にもなく私もつい「うん、じつはちょっと困っているんだ」と応じてしまう。でもって言うことにゃあ。
「あー、本の返却日が今日までなんだよね。閉館時間の五時までに返さないと。
でもご覧の有り様でねえ。申し訳ないけど、あんた、私の代わりに返しといてくれないかい? 返却ポストに放り込んでくれるだけでいい……から…………さ」
とお願いしたところで、私はガクリと意識を失った。
で、次に気がついたときには咲耶神社のなかにいたという次第。
傷の手当がされており、気がかりだった本もちゃんと返却されていた。
一宿一飯の恩義どころじゃない。
大きな借りができた。
だからせめてもの恩返しにと、神社の書庫整理や古文書の修復、書き写し作業なんぞを手伝っているうちに、居心地がいいあまりズルズルそのまま……
これが私と御方さまとの縁(えにし)。
よもやこの私がまたしても宮仕えすることなるとは、ねえ。
だから私は――
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