下出部町内漫遊記

月芝

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080 大図書館

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 わたしの住む町には小さいながらも図書館がある。
 井原小寺池図書館だ。
 二階建ての洋館っぽい造り、二階には自習室や多目的ルームがあり、一階部分は図書スペースという構成になっている。
 床には落ち着いた色味のワインレッドのカーペットが敷かれており、照明はやや暗めにて。
 よく言えば昔ながらの、悪くいえばちょっと厳粛で息苦しい館内。
 そのわりに利用客がぽつぽつ集まっているのは、庭の存在が大きい。

 蓮の葉が浮かぶ穏やかな池に面しており、天気のいい日には庭の芝生の上でごろんと寝転がってはひなたぼっこをしたり、貸りてきた本を読んだり、友だちとおしゃべりしたり、昼寝をしたりできちゃう。館内は飲食禁止だけれどもここではOKなもので、昼時になったらお弁当をひろげている人もいる。
 かくいうわたしも、たまに仲のいい子たちとここでお茶会をしたりしている。
 そんな馴染みの図書館が、第六の試練の儀の会場だったんだけど……

「………………」

 わたしは館内の様子にぽかんと立ち尽くす。
 試練の儀に巻き込まれてから、ずっとビックリさせられてばかりだけれども、今回もやっぱり驚いた。
 なにせ外観はいつもの図書館のまんまなのに、なかがまるで別物になっていたから。

 天井が高い。オレンジ色をしており、明るい館内は丸い筒型。
 大きな地球儀が飾られたエントランスホールの階段をのぼれば、どこもかしこも本、本、本、本、本……
 ぐるり一周、360度、全方位の壁面が書物によって埋め尽くされている。
 階数もひとつ増えており、三階までの吹き抜けの天井、見渡すかぎり書架にはぎっしりと本が詰まっている。
 数十、それとも百万以上……いったい何冊ぐらいあるのだろうか? わたしには想像もつかない。
 ただただ、その知の量に圧倒されるばかりだ。

 なのに、ジンさんときたら「ひゃっほう」
 おもに頭脳労働を担当すると公言している人体模型は、興奮してはしゃいでいる。
 一方でカクさんは「うげえ」と、潰されたカエルみたいな声を漏らす。
 体を動かし暴れる方が得意な骨格標本は、大量の本を前にしてしかめっ面だ。
 そんな対照的なふたりをよそに、わたしの肩にとまっていた一枝さんは「ふむふむ……どうやら、次はフミカの番らしいね。なるほど、いかにも彼女らしい」と何やら独りごちていた。
 フミカさんって、誰?

  〇

 その女性は、窓辺の閲覧席にいた。
 本のページをめくる紙の音がかすかに聞こえてくる。
 読書に集中しているらしく、背後にいるわたしたちにはまるで気づかず。
 どうしたものかと、わたしが逡巡していると「チチチ」と一枝さんがさえずり「え~、コホン」とわざとらしく咳払いをした。
 それでハッとして女性がふり返っては、「あら、ごめんなさい。つい夢中になってしまって」と微笑む。

 矢絣の着物に海老茶色の袴、そして黒のブーツ、長い黒髪を大きな赤いリボンで束ねている。
 卒業シーズンになると、ときおり見かける袴姿の女学生さんの格好だ。
 ハイカラにて大正ロマンがあふれており、とってもかわいらしい。
 そんな衣装を着こなしているのは、目元はすっと細長く涼やか、鼻立ちは高く筋の通った色白の美人さん。
 キレイと凛々しいを足して二で割ったよう。男装とかをしても似合いそうだ。某歌劇団のスターだと云われても、わたしはきっと素直に信じただろう。目が醒めるような……というのは、こういうことかとわたしはドキドキ。

「ようこそ、お待ちしておりました」

 お辞儀をする所作もまた楚々として美しい。
 きちんと作法を学び身に着けていることが、素人目にもわかる。
 魅惑の美女は文花(ふみか)と名乗り、さっそく第六の試練の儀について説明を始めた。

「私はあまり荒事を好みません。ですから、ミユウさんたちには図書館の仕事をお手伝いしていただけたら、と」

 じつはいま、この図書館ではちょっと困った事が起きている。

「それは……」と文花が話しかけたところで――

 視界の隅にてひょこひょこ動くモノがあったもので、「えっ、なに?」とつい目で追ったわたしは、とたんにギョッ!

 ぷよんぷよんとしたヘンなのがヨチヨチと蠢いていた。
 コバルトブルーの海の色をした半透明のゼリーのような塊だけど、けっこう大きい。大人が両腕でいっぱい抱えるほどもあろうか。

「へっ、スライム?」

 ゲームとかではお馴染みだけれども、実際に目にするのは初めてである。
 そんなモノがあらわれたもので、わたしはあんぐり。
 すると文花は「あら、ちょうどよかったわ」と言った。

 あのスライムみたいなのは、もちろん現実世界の存在ではない。本の中、とある物語に登場する主要キャラクターなんだとか。
 そして困り事というのは、現在、図書館内において同じように本から抜け出したキャラクターたちが好き勝手にうろついていることであった。

『彼らを本の世界に戻すこと』

 それこそが文花より提示された第六の試練の儀の課題であった。
 ちなみに問題を起こしている本は、いまのところ三冊だけらしいけど、グズグズしていたら他のにも影響が及んで、どんどん増えていっちゃうかも……


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