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096 タカチホヘビ
しおりを挟む白いヘビを吉兆だなんぞと言ってはありがたがる。
それがタカチホヘビとあらばなおのこと。
ふんっ、まったくもって迷惑は話だ。
タカチホヘビの大きさは、せいぜい60センチ程度とヘビのなかでは小柄の部類になる。ふつう体は黄褐色で、正中線上に一本の黒い縦縞が入っており、鱗には虹色の光沢がある。
キレイといえばキレイだが別に希少種というわけではない。
なのに珍しがられているのは、たんに地中に潜っていることが多くて夜行性だから人目につきにくいせいだ。
自分はずっと城の中にいる。
記憶にはないが、おそらく小さい頃に捕まって縁起物として祀られることになったのであろう。
そのため飢えを知らず、雨風に苦しむこともない。
情けないことにネズミ一匹、まともに狩ったこともない。
「へへへ、いいご身分だよなぁ、変わってくれよ」
なんぞとカラスどもは格子窓越しにひやかすが、変われるものであれば変わってやりたい。
たしかにここは安穏だ。
縄張り争いをする必要もなければ、日々の糧を探してはいずり回ることもなく、フクロウやイタチから身を守らなくてもいいし、寒さに凍えずにすむ。
でもそれだけだ。
ただ生きているだけ。
ここには色がない。
空虚で竈門(かまど)にたまった灰のよう。
狭く、無味乾燥な世界。
それが自分の見ている景色であった。
そんな灰色の世界は突如として赤に染まった。
火だ。
城が炎に包まれ焼け落ちていく。
どうやら隣国との戦に負けたらしい。
門を破られ城内に雪崩れ込んでくる敵勢たち。
これを迎え討とうとする味方とが入り乱れては、そこかしこにて斬り結ぶ。
悲鳴と怒号が渦を巻き剣戟が鳴り響く。
鉄と血のニオイが満ちては、いよいよ火勢は増すばかり。
死の気配がどんどんと濃くなっていく。
さなかに聞こえてきたのが……
「あぁ、ヘビ神さま、どうかお助けください」
「やだやだ、死にたくないよぉ、ヘビ神さまぁ」
「どうしてだ? なぜに恩を仇で返すのだ、ヘビ神よ!」
「なぁにがヘビ神さまだ! 肝心な時にちっとも役に立たねえ」
「あな口惜しや。ヘビ神さま、どうかこ奴らを末代まで祟っておくれ」
などの声。
救いを求める者、怨嗟をまき散らす者、罵倒する者。
だがいくらすがられたとてどうしようもない。
なぜなら自分は神なんぞではなくて、ただのシロいタカチホヘビなのだから。
死ぬ寸前、命はパッとより鮮明に輝く。
散り際の一瞬にギュッと凝り固められ濃縮された強い念が声にのり、自分のもとへと次々に届けられる。
それのなんと恐ろしいことか。
「やめろ! やめてくれ! 己(おのれ)にそんな力はない」
いくら言っても誰も耳を貸さない。話がまるで通じない。
一方的に想いを、願いをぶつけられる。
念が轟々と唸り、濁流となっては押し寄せてくる。
目には見えないはずのそれらが、自分にはありありと感じられた。
すさまじい! おぞましい! あさましい!
これから逃れられるのならば、まだ火に焼かれた方がましであろう。
だから自分はみずから炎の中へと飛び込んだ。
〇
焼け落ちた城跡に雨が降る。
シトシトと地面を打つ雨音で気がついた。
てっきり焼け死んだとおもったのに、まだ生きている。
どうやらタカチホヘビとしての習性にて、無意識のうちに縁の下の地中へと潜りこんで、火をしのいでしまったらしい。
栄枯盛衰。
すべては灰燼に帰した。
あれほど生きたいと願った者たちがみな死に、どうでもいい自分だけがのうのうと生きている。
「……なぜだ、なぜ」
雨にぬれそぼり、うなだれつぶやく。
するとその時のことであった。
ヒタヒタと近づいてくる足音がする。
糸のように細い雨の奥からあらわれたのは、杖を持ち垂衣(たれぎぬ)のついた市女笠を被った女人であった。
いまなお死の陰影が濃い、凄惨な戦場跡にこれほど似つかわしくない者もいないだろう。
何者かといぶかしんでいると、ふつりと雨が止んだ。
ばかりか雲間からは光が降り注ぎ、その女人を照らしている。まるで後光が差しているかのよう。
それが御方さまであった。
もしもあの時――
御方さまに拾われていなければ、ほどなくして自分は魔道へと堕ちていただろうと知ったのは、のちになって道理をわきまえるようになってから。
自分は御方さまに救われた。
ばかりか母が子を慈しむかのようにして、何も知らぬ己にいろんなことを手づから教えてくれた。
少しでも恩返しがしたくて、従者として仕えるようになってから、ずいぶんと長い刻が過ぎた。
だからそろそろかとはおもっていた。
でも、いざとなるとどうしても踏ん切りがつかない。
ゆえに自分は……
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