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099 北翼廓・第一幕
しおりを挟むぎしっ、ぎしっ、ぎぎっ……
床板が大きく軋んだもので、わたしは「うわっ」
びっくりしておもわず足をのけ脇へと避けようとするも、背後からガッシとカクさんに両肩を掴まれた。
「おっと危ないぞミユウ、そっちは穴があいている」
言われて足下を見てみたら、たしかに板が破れて落ちている。
外からはキレイにみえた建物、中堂は小綺麗にされていたがそれ以外のところには傷みが目立つ。
天井やら壁にも穴があいており、斜光が屋内に差し込んでは、漂う細かな塵がキラキラと。この分では雨漏りもしていることだろう。
外観こそは雅だが奥へと進むほどにボロボロ……、まるで長いこと人が住んでおらず放置されて荒れるにまかせていた屋敷のようだ。
床もたわんでおり、気をつけないと本当に踏み抜きかねない。
げんにカクさんに助けられなかったら片足を突っ込んでいただろう。
「もう、カビ臭いし、まるでお化け屋敷じゃない!」
わたしはぷつぷつ文句を言った。
でも肩にとまっている一枝さんは「この荒れよう。ウスイのやつ、まさか……」などとつぶやいている。どうやら彼女には心当たりがあるらしい。
「たぶん力を使い過ぎたんだ。ずっとヘンだとはおもってたんだ。どいつもこいつも大掛かりだった。野狐であるフミカならばともかく、チカのやつまで。
おそらくはウスイが大なり小なり、みんなに力を貸し与えていたんだろう」
ゆえに自分の世界を満足に維持できない。
本来の碓氷の能力ならば、見た目そのままに内部も絢爛豪華な極楽浄土を再現したかのような造りになっていたはず。
「あのバカ……ムチャをしやがって」
一枝さんは「チチチ」とくちばしを鳴らす。
かなりご立腹の様子にて、下手に声をかけたらこちらにも飛び火しそう。
わたしたちは空気を読んでおとなしく口をつぐんでおくことにする。
渡り廊下を抜けて北翼廓へと到着した。
北翼廓は二階建て、これを目にしたジンさんが「ほう、切妻造(きりづまづくり)か」と感心する。
「なにそれ?」
「屋根の造りのことだ。ほら、本を広げたものをそのまま被せたような形をしているだろう」
言われてみればそう見えなくもない。
しゅっとしており見映えがいい。
が、建物の趣(おもむき)なんぞとはとんと無縁なわたしは、とりあえず「へーそうなんだぁ」とだけ。
北翼廓の内部はさほど荒れてはいなかった。
順路通りに進んだ先は二十畳ほどの広間にて。
幕がかかっており奥の様子はわからない。
中央付近に藁で編んだ円座が四つ、並んで敷かれている。
どうやらこれに座って人形劇を観ろということらしい。
わたしたちが着席するのと同時に、ポッと壁際に置かれてある燭台に火が灯った。
これを合図にして幕があがり、劇が開演となった。
あらわれたのは白いスクリーンにて、ライトに照らされて浮かびあがるのは人型のシルエット。
第一幕は影絵による人形劇であった。
〇
「あぁ、まただ。また田んぼがダメになってしまった」
シクシクと嘆き悲しんでいるのは下出部の里の村人たち。
庄屋さんのところに集まっては、がっくりうなだれている。
しかしそれもしょうがない。
なにせ丹精込めて育てていた米が、いよいよ収穫間近というところで野分(のわけ・台風のこと)にやられてしまったからだ。
せめて被害を受けた分の年貢を免除してくれたらいいのだが、この地を統べる代官は情け容赦なく取り立てていく。
「もうしまいじゃ。いよいよ口減らしをせねばならんのかのぉ」
どうにかしようと話し合うも妙案は浮かばず。
そんな会合の様子を物陰からそっと見ていた者がいた。
庄屋の娘にて、刈り入れを終えたら町の商家に嫁ぐことが決まっていたのだが、村のみんなが困窮しているのに、自分だけがのうのうと幸せになんてなれないと考えた。
さりとて非力な娘のこと、出来ることといったらせいぜい神仏にすがることぐらい。
だから娘はひとりこっそりと屋敷を抜けだし、咲耶神社へと参っては熱心に祈った。
「ヨシノさま、どうかみなを助けてください。お願いします」
言うなり、娘は懐から刃物と取り出すと己の黒髪をばっさり切った。
現代とは考え方や感覚がまるでちがう時代のことである。
この当時、髪は女の命にて、それを切ることは並大抵のことではなかった。
ある意味、命を捧げたにも等しい行為。
もしかしたらこれで婚儀もダメになるかもしれない。
それでも娘はやった。やらずにはいられなかった。
佳乃さまは娘の心根の優しさ、勇ましさにいたく感心され、この願いを叶えてやることにした。
さっそく頼みにしている従者を筆頭に、麾下の者らを動かしては、里の実りが豊かになるように土地を改良し、様々な知恵を授け、ときには我が身を盾として天災を防いだ。
その甲斐あって里はじきに息を吹き返し、豊かな地となり村人たちは救われた。
なお佳乃さまを動かした娘だが、そのまま神仏に帰依しようとするも、これを引き留めたのは結婚相手の男である。
嫁ぎ先の縁者の中には「そんなみっともない頭の嫁なんて」と難色を示す者もいたが、「なにを言うか! これがみっともないと思う、そいつの性根こそがみっともないわ!」と一喝して黙らせた。
晴れて夫婦になったふたりは、子宝にも恵まれ、商売も繁盛し、末永く幸せに暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし。
〇
第一幕が終演した。
観終わったら燭台の蝋燭の火を消す。
それが碓氷の定めたルールにて、わたしは「フッ」と息を吹きかけた。
とたんにオレンジ色をした小さな炎は消えて、辺りにはかすかに煤(すす)のニオイが漂う。
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