下出部町内漫遊記

月芝

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101 尾廓・第三幕 前編

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 やや足取りが重たい。
 南翼廓で観た第二幕のパペット劇の内容のせいだ。
 人間の酷薄さが浮き彫りに……とまでは言わないけれど、他にやりようがなかったのかな? と首をひねらざるをえない。
 もっともそれは当事者ではなくて傍観者だから、気軽に言えることなのかもしれないけれど。もしも自分が渦中に混ざっていたら、はたして「こんなのおかしいよ」と声をあげられたであろうか……
 そんなことを考えつつ、次の舞台へと向かっていた途中のことである。

「ウスイさんはどうしてこんな人形劇をわざわざ見せるんだろう? 蝋燭を消させる演出も意味がわかんないし」

 ぽつりとわたしがつぶやけば、ジンさんは「もしかしたら……」なんて意味深な態度にて腕組みするも、それ以上は教えてくれなかった。
 どうやら人体模型には相手の狙いについて、何やら思い当たることがあるらしい。
 けど、あくまでまだ推測の域にて口にはできないとのこと。

 カクさんは「ふわぁ~」と大あくび。「たまには芝居見物も悪くないが、こうも続くとのぉ。せめて酒でもあれば」なんぞと言ってはボリボリとお尻をかいている。体を動かす方が得意な骨格標本はちょっと飽きているようだ。

「………………」

 一枝さんはあいかわらずムスっと黙ったまま。
 心なしか眉間にシワが寄っているようだけど、いかんせん小さなウグイスなので傍からチラチラ盗み見たぐらいじゃ、よくわからない。

 そうこうしているうちに尾廓(びろう)に到着した。
 尾廓は中堂から西へと続く廊下を抜け、弓のような形の橋を渡った先にある浮島の上に建っている。
 北南翼廓と比べるとひと回り大きいけれども、こちらは平屋にて。
 そしてもっとも傷みが激しくて、天井も床も抜けており壁も崩れている。かろうじて原型を留めている廃墟といった状態であった。

「雷でも落ちて焼けたのかしらん?」
「これではノラネコどころか幽霊も近づかないだろう」
「ふむ、殺伐としておる。まるで戦場になった城跡のようじゃな」

 あまりの廃れっぷりに、わたしたちは開いた口が塞がらない。
 瓦礫を避けて廃屋内を慎重に進んでいく。
 じきにひらけた場所へと出た。
 そこだけぽっかりと空洞になっており、これまでとはちがって地べたにパイプイスが四脚並べてあった。
 燭台の蝋燭に火が灯されているのは同じ。
 なのに劇のステージまわりだけがきちんとしていた。まるで本物の舞台のセットのように背景、大道具、小道具などの凝った舞台装置が設けられている。
 ただし人が演じるにしてはサイズがやや小ぶりにて。

 カン……カン……カン……

 聞こえてきたのは澄んだ音色。
 拍子木(ひょうしぎ)を打ち鳴らしたモノだ。

「とざい、とーざい」

 口上が続き、劇の舞台の幕がゆっくりとあがっていく。
 あらわれたのは黒子三人に支えられた大きめの木偶人形たち。目や口が開いたり閉じたり、眉も上下し、首もくるくるり、とても表情が豊か。
 第三幕は人形浄瑠璃(にんぎょうじょうるり)であった。

  〇

「どうか、どうかあの子が無事にお勤めを果たして戦地から帰ってきますように」

 モンペ姿に頭巾をかぶった女が手を合わせては、サツマイモを供える。
 参拝客の姿が境内から見えなくなったところで、ふらりとあらわれてはイモを手にしたのは佳乃さまであった。

「この食料難のご時世に大切な食べ物を。ありがたいけど……」

 佳乃さまは表情を曇らせる。
 そんな佳乃さまの手からひょいとイモを掠め取ったのは従者の青年だ。

「ふん、御方さまが気にすることなんてありませんよ。人間どもが勝手に始めた戦だ。おおごとになるまえにとっとと手を引けばいいものを。
 ったく、そんなに倅(せがれ)が大事ならば、どうしてバンザイなんぞで戦地に送りだすのですか? イヤならイヤといえばいいのです。なのにどいつもこいつも、あとでメソメソと繰り言ばかりで」

 世界中、どこもかしこもドンパチをしており、物騒この上ない時代であった。
 若者たちはみなお国のためにと徴兵されては、戦場へと送り込まれていく。
 母親たちはそれを万歳三唱にて「がんばってこいよ」と送り出していた。
 でも本心はちがう。誰が好きこのんで愛する我が子を戦争になんて行かせたがるものか。
 だがそれを正直に打ち明けられない世相であった。
 母親たちに出来たのは、こっそり神社を参っては息子の無事を祈ることぐらい。

 しかしどれだけ熱心に祈られても、佳乃さまとて出来ることと出来ないことがある。
 いかに神の身とて遠い異国の地へとおもむいた者を守ってやることはできない。
 力がおよばない。何事にも領分というものがあるのだ。
 それに近頃では信心がめっきり減っており、人心は荒廃する一方にて。
 長年の苦労もあってか、佳乃さま自身の神通力もかなり弱まり消耗するばかり。
 優しい佳乃さまは、何もしてやれない不甲斐なさを恥じ、ご自身を責めさいなむ。
 その痛ましい姿に従者の青年もまた心を痛めていた。


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