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102 尾廓・第三幕 後編
しおりを挟む夜の九時を少しまわった頃であろうか。
唐突にサイレンが鳴り響いた。
空襲警報だ。
だが、ここ下出部の里には狙われるようなモノなんて何もないから、敵機の編隊は上空を通過するのがつねであった。
けれどもその日はちがった。
いや、里は素通りされたのだが、その先にある町が標的にされたのだ。
山向こうが急に明るくなり、風に乗ってかすかに聞こえてくるのは爆撃の音。
隣町が空襲にあっている。
それを知って佳乃さまは従者の青年が止めるのも聞かずに駆け出していた。
隣町は自分の管轄ではない。領分ちがいだ。
だが、あそこにはかつて世話を焼いたことがある娘の子孫が暮らしている。その子孫たちはいまも佳乃さまに感謝をしており、年に一度は家族そろって参拝にくるほど。
さすがにこんなご時世なので、全員がそろうことはなくなっていたが、それでもこまめに一族のうちの誰かがやってきては、境内の掃除や社の手入れなんぞをしてくれていた。
彼らに奇禍がおよぶと知って、佳乃さまは矢も楯もたまらず。
しょうがないので従者の青年もついていく。
そうして隣町へと駆けつけたふたりが目にしたのは、無惨に破壊された町並みと紅蓮の炎だ。
「おぉ、なんと惨いことを」
佳乃さまは嘆き悲しむ。
従者の青年がそんな主人の袖をクイクイと引く。
「御方さま、あの者らの家は無事のようです。ですが、このままだと延焼はまぬがれないかと」
それを聞いて佳乃さまは、キッと天をにらみ両腕をかざした。
雷雲を呼んで、雨を降らし、この火災を鎮めようとする。
しかし従者の青年は「いけません。そんな力を使ったら……」と止めようとするも、佳乃さまは首を横に振り、けっしてやめようとはしなかった。
じきにどこからともなく暗雲が垂れ込め、ぽつりぽつり。
降り出した雨はじょじょに勢いを増していき、町を蹂躙しようとしていた火をたちまちかき消していく。
おかげで被害は最小ですんだ。
でも……
「御方さま! 御方さま! どうかお気をたしかに」
倒れた御身を抱きかかえ、従者の青年が必死に呼びかけるも返事はない。佳乃さまはぐったりと身を預けるばかり。
「どうして、どうして貴女はそこまでして……」
慈悲深さゆえに己が身すらも削り続ける女神の献身を前にして、従者の青年がギリリと奥歯を噛みしめる。
やり場のない怒りと悲しみが混じったつぶやきは、雨音に消されて誰にも届かない。
〇
第三幕の人形浄瑠璃の劇が終了した。
「……いけない、いつまでも呆けていないで燭台の蝋燭の火を消さないと」
わたしは席を立ち燭台のもとへ。
灯っている小さな火は、ほんの少し強めに息を吹きかければ、たちまち消える。
なのにそのほんのちょっとの息がうまく吐けない。
唇が震え、舌も軽くしびれている。
三度目にしてようやく消せた。
ハァ……ハァ……
まだドキドキしている。心なしか胸がチクチクして苦しい。
人形劇を通じて佳乃さまのことを知れば知るほどに、わたしの背に重たい何かがのしかかってくるような感覚がある。
わたしの様子がおかしい。
そのことに目敏く気がついたジンさんが「やはりそうであったか」と言った。
「これはただの観劇なんかじゃない。立派な試練の儀だ。かといって、これまでのようなドタバタしたものではない。
単純に競争をしては勝敗を競うのではなくて、心を責めるモノだ」
人形劇を観て、燭台の火を消す。
第七の試練の儀において、碓氷より海夕に課せられたのはたったこれだけ。
一見すると簡単そうだが、裏を返せばすべての選択は海夕にゆだねられているということになる。
今度ばかりは仲間たちも手を貸せない。
だが、もしも火を消せなかったら?
もちろんこちらの負けになる。
でも幼子にだってできる簡単なことをさせないなんて、本当にできるのであろうか。
そのために必要な『何か』をより効果的に知らしめるための布石、それが第一から第三の幕の人形劇。
つまり碓氷は人形劇を通じて海夕に心理戦を仕掛けているということ。
というのがジンさんの見解であった。
これを聞いてカクさんは「心を攻める……いや、この場合は責めるが適切か。ずいぶんとえげつないマネをする」としかめっ面。ここまで黙っていた一枝さんも「あのやろう。いくら力をみんなに分け与えて懐事情が苦しいからって、よりにもよってこんな方法を取るだなんて!」とプンプン怒っている。
しかし当の仕掛けられているわたしだけが意味がわからずに、首を傾げるばかりであった。
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