水色オオカミのルク

月芝

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18 旅立ち

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 エライザに見送られて、西の森の魔女の家を飛び出した一行。
 野ウサギの兄弟と黒カラスは、ルクが首から下げている魔法の小袋の中。
 水色オオカミの子が大地を駆ける。
 まさしく風のように。
 真っ直ぐな森の小道にかけられていた迷路の魔法は、去る者には効かないらしく、すぐに深い谷へと到達したルク。
 立ち止まることなく、そのままの勢いにて崖から飛んだ。
 すると前方に氷の足場が姿を現す。
 ルクが水色オオカミのチカラで宙に出したモノ。
 だけど固定されていないので、そのまま下へと落ちていこうとする。
 これに軽やかに足をついたルクが、前方へとターンと跳ねる。
 次々と現れる氷の足場を、タンタンとリズムよく渡っていく水色オオカミ。
 その姿は本当に空中を駆けているかのよう。

 じきに谷を越えたルク。
 丘を駆けのぼり、花畑にて走りながら大きく口をあけて、周囲に漂っていた花の蜜の味がする、ほんのり甘い水気を吸い込む。
 行きは丸一日をかけた草原を、一気に突っ切り、テントウムシのおじいさんやホタルたちがいる森へと差しかかると、再び空中に氷の足場を出して、空へと駆けあがった。
 薄暗く入り組んだ森の中では、満足に走れない。
 一刻も早くフィオたちを妹さんが待つ家へと送り届けるために、ルクは森の上を越えていくことを選んだのだ。
 そのかいもあって、早くも野ウサギの兄弟と水色オオカミのルクが最初に出会った、あの木の洞があるところまで、到着。
 そのことを告げられ、ひょっこりと魔法の小袋から顔を出したフィオは、とってもおどろいた。なにせ数日かかった距離が、わずか一時間ほどですんでしまったのだから。
 改めて水色オオカミのすごさに感じ入るフィオ。
 ここから家への道順を聞いて、再び元気よく走り出すルク。

 野を駆け、山をいくつも超えて、ついに野ウサギたちの家へと辿りついたのは、その日もそろそろ暮れようかという時間。
 魔法の小袋から出て、懐かしい我が家を前に、何度も何度も礼をのべる兄弟たち。

「いいから、早く、薬を妹さんに飲ませてあげて」とルク。
「ちょっと待ってて、すぐに戻って来るから。家族のみんなにも紹介したいから」

 急かされるように家の中へと入っていったフィオとタピカ。
 しばらくすると中から歓声があがりました。
 どうやらアイドクレーズの花の雫がちゃんと効いて、妹のティーの命が助かったみたいです。
 それを見届けたルク。「よかった」とつぶやいた表情は、うれしそうなのに、どこかさみしそう。

「もう行っちまうのかい? 悪いとは思ったんだが、つい聞こえちまったんだよ。魔女とルクの別れ際の会話」

 カラスのセンバの言葉に、黙ってうなずくルク。
 じつは西の森の魔女の家を去るときに、エライザからこっそりと言われたことがあるのです。

「水色って色はね……、無色透明ってことなんだよ。水はどこにでもあるし、何ものにも染まれるし、交われるし、何ものにもなれる。でもだからこそアンタはあまり同じ場所に留まるべきじゃない。少なくとも自分がいるべき場所だと、心のそこからそう想えるところが見つかるまでは、足を止めちゃあいけない」
「それってボクが御使いの勇者だから?」
「うーん、それだけってわけでもないんだけどねぇ。とりあえずアンタはもっとこの世界を、そこに生きるモノたちを、キレイなモノだけでなくて醜いモノ、いろんなモノを見て、触れて、感じてみることから始めな。それにね……」
「?」
「水色オオカミのチカラってのは、たいしたもんなのはわかるだろう? この地の国には、それを狙う悪いヤツもいる。あの手の連中てのはやけに鼻が利くもんさ。もしもアンタがあの野ウサギの近くに居続けたら、きっと彼らは騒動に巻き込まれる。それはイヤだろう」
「うん」
「だからアンタは強く、賢くならなくちゃいけない。旅を通じて、多くを学びなさい。水色オオカミの子、ルクよ」

 水色オオカミのこと。御使いのこと。果たすべき使命のこと。チカラの使い方のこと。
 自分が教えることは簡単だけれども、それでは意味がない。
 己の足で探し、己の目でたしかめて、一つずつ理解していく。
 それがきっと大いなる成長へと繋がると、西の森の魔女エライザはルクに告げた。

 ルクはそれがとても正しいことのように思えました。
 心の中の歯車がカチンとかみ合い、クルクルと何かが動き出す。
 地の国へきて初めて出来た友だち。野ウサギのフィオとタピカの兄弟を無事に送り届けたら、彼らの前から黙って去るつもりでした。
 顔を合わせたら、きっと泣いちゃうから。
 せっかく仲良くなったのに、別れるのはさみしいもの。

「センバにお願いがあるんだけど」
「なんだい?」
「これをエライザさんに返しておいてほしいんだ」

 首からぶら下げていた魔法の小袋を外したルク。

「もったいないねぇ。すごいモンなんだから、もらっておけばいいのに」
「ううん。だからだよ。こんなのを持ち歩いていたら、いろいろとありそうだから。だからフィオたちのところにも置いておけない。せっかくボクいなくなっても、魔法の小袋なんてあったら、きっと悪いヤツらに目をつけられちゃうからね」
「なるほど。そういうことか……、わかったよ。こいつは、あっしが責任をもって魔女のばあさんに届けておく」
「ありがとう。じゃあ、ボクはそろそろ行くよ。あとフィオやタピカによろしく言っておいて」

 一度だけ野ウサギたちの家を見たルク。
 声には出さずに兄弟たちに別れを告げて、走りだす。
 すべての想いを振り払うかのように、暮れゆく夕闇の中を、風のように駆ける水色オオカミ。
 遠ざかる背後にて、「カァ」とカラスがひと声、鳴いたような気がしました。


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