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32 古城の姫君
しおりを挟む風のように駆け続けた水色オオカミの子どもルク。
森を抜けて草原へと差しかかり、しばらくするとそこに人の手が入っているとおぼしき街道を見つけます。
踏み固められた土、細長い二本の溝は馬車が通ったあと。地面の様子からして、多くの人たちが行き来しているみたい。
とりあえず道なりに進んでいると、背後からやってくる何者かの気配を感じて、とっさにそばのしげみに身を隠しました。
しげみの中から様子をうかがっていると、目の前を二頭だての荷馬車がゆっくりと通り過ぎていきます。
荷台には収穫物が山と積まれてありましたが、乗っている人たちにはあまり元気がなくて、なんとなくイヤイヤ進んでいるかのよう。
荷馬車の姿が完全に見えなくなってから、のそりと姿をあらわす水色オオカミ。
彼らの暗い雰囲気がどうにも気になって、つかず離れずにて後をつけることにしました。
街道沿いをひたすら進んだ荷馬車は、夕暮れ前に大きな城門があるところへと到着しました。高い壁の向こうには、さらに高いお城の尖塔らしきモノが見えています。
荷馬車の一行は門の奥へと消えていきました。
霧のオオカミのハクサから忠告されていたこともあって、ルクは隠れて遠目に眺めるだけにしておきます。
本音を言えば、地の国の人間たちの街というものに、とても興味はあるのですが、ここからはなんとなくイヤな感じがします。ニオイもごちゃごちゃしており、あまり好きではありません。
だからしばらく眺めた後、夜のうちに大きく迂回して通りすぎることにしました。
都らしき場所をさけて、さらに進むと草原の先の湿地帯を経て、荒地へと景色が変わりました。
草木の姿はほとんど見えなくなって、あるのは赤茶けひび割れた大地と転がる石ばかり。
ときおり吹く風は乾いており、砂塵をまきあげて、空気がホコリっぽい。
生き物にやさしくない、荒々しくも厳しい環境。
けれども、ルクはここがキライではありません。
さえぎるものがないので、風が自由に吹いている。
夕暮れ時になれば、空と大地のすべてがオレンジ色に染まって、とってもきれい。
なにより自分が思いっきり駆けられる。
走るほどにドンドンと楽しい気分になってきたルク。
思う存分にその足を動かすのでした。
気にいったので、しばらく滞在することにして、心のおもむくままに走り回っていたルク。
荒地の中にて、ポツンと立つ何かの姿を発見します。
近寄ってみると、それは古いお城のよう。
長年の雨風にてすっかり黒ずんでおり、痛々しい跡がそこかしこに残る。きっと激しい戦闘を経験しているのでしょう。
バロニア王国の古代遺跡とは違う、くたびれ具合。
かんぜんに廃墟のようにも見えるのですが……。
スンスンと鼻先を動かすルク。
風にのって、ほんのりとやわらかい香りがします。
花の蜜の香りとも、果物の香りとも違う。
よくわからないけれども、これはきっといいもの。
「なんだろう、とってもいいニオイがする」
つられるかのように、フラフラと古城へと足を踏み入れた水色オオカミ。
崩れかけた城門をぬけて、瓦礫(がれき)の散らばる前庭を通り、あちらこちらが欠けた石の階段をのぼり、扉のない開けっ放しのエントランスから城内へ。
ところどころ天井が抜けた明るい廊下を進み、一階から二階へと通じる階段の踊り場までやってきたところで、ふいに上から声をかけられました。
「夕陽の色をした瞳に冬の晴れた空のような青い毛……、オオカミなのかしら? とってもキレイな子ね。でもここは危ないから、早くお帰り」
見上げたルクの目に映ったのは、階段の上に立つ淡い黄色のロングドレスを着た若い女性。前髪にて目元が隠れているので顔はよくわかりませんが、立ち居振る舞いのはしばしに品があり、洗練されています。ひと目で高貴な出自とわかる人物。
そんな人がどうしてこんなさびしい場所に、一人きりでいるのでしょうか?
それに彼女が口にした「危ない」という言葉。
気になってルクがたずねようとした矢先、周囲に満ちる圧倒的な何者かの気配。
まるで空が落ちてきたかのよう。
思わず全身の毛も逆立ち、シッポもピンとなる。
水色オオカミがふり返ると、天井にあいた大穴から、その者の姿が垣間見えました。
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