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31 心の地図
しおりを挟む五日ほどハクサやガァルディアたちとすごしたルクは、バロニア王国の古代遺跡を後にして、再び旅へと出ました。
もっとのんびりしても良かったのですが、どうにもムズムズとしちゃうから。
駆けるほどに、知るほどに、ずっとずっと広がっていく自分の世界。心の中の地図がどんどん埋まっていく。
別れのさみしさはあります。
ですがそれ以上にワクワクがある。
いまはただ、無性に前へ前へと走りたくってしょうがありません。
ガァルディアの分体は、とっくに野ウサギの兄弟のところへと向かっています。
女の子のような見た目とは裏腹に、高性能らしく、チカラも強いのか、神殿内部にあった大きな斧を担いで、土煙をあげて猛烈な勢いにて走って行ってしまいました。
あの調子ならば、きっと十分に役割を果たしてくれることでしょう。
ガァルディアの本体と残り四つの分体たちは、ハクサとともにこのバロニア王国の遺跡にてコツコツと修繕(しゅうぜん)などをして過ごすそうです。
別れ際にハクサから言われたのは「慣れぬうちは、決して人里に姿をみせるな」ということ。
かつてハクサが御使いの勇者として旅をしていた時代には、すべての種族がお互いに最低限度の礼節をもって接していたそうですが、いつしかそれも失われて久しいとのこと。
原因はわかりませんが、大部分の者たちが、他種族と交わす言葉を忘れてしまったそうです。
今となっては、あらゆるモノと言葉を交わせる、水色オオカミが特別なのだと彼は言いました。
加えて地の国に住む人間らの不可解さにもハクサは言及します。
愛を知り、情を尊び、平穏を強く望む一方で、自ら争いを起こし、乱を呼び、欲望にまみれ、手に余る富を求めては他者を傷つけて平然としている。
コロコロと変わる様は、まるで秋の空や冬山の天気のよう。
だからくれぐれも用心するようにと教えられたルク。
先輩からの助言を肝に命じて、旅を続けることにします。
ずんずんと遠ざかるスコップの形をした山。
立ち止まって振り返り、一度だけその姿を見た水色オオカミは、すぐに前を向くと、元気よく駆けだしました。
これは地底湖にて水色オオカミの子どもが、呪毒の玉を砕いた直後のこと。
世界中の上空を気まぐれに浮遊している島。
そこにそびえるは白銀に煌めく巨大な城。
玉座に君臨し、これを統べるのはプラチナブロンドの長い髪をした若い女性。
きめ細やかで透き通るような白い肌。長いまつ毛、涼やかな目元、瞳の色は蒼穹の青。冬の終わりに顔をのぞかせた花のつぼみのような可憐な口元。そこから零れるのは、聞く者の耳をとろけさせるような甘く心地よい声。
天上から舞い降りた女神のごとき美貌に誰もが見惚れ、泣いている赤子ですらも息を飲んで黙り込む。
その女性の名前は白銀の魔女王レクトラム。
彼女の見た目にダマされてはいけない。
姿形こそは比類なき美の化身であるが、その中身はまるで異なる存在なのだから。
強大な魔力、強力な魔法を己のためだけに使う魔女。
興味があるのは自分の美についてのみ。心の底から愛するのは我が身だけ。己が欲するモノすべてを手中に収めなければ気がすまない強欲なる者。
テラスに用意された席にて優雅にお茶を飲んでいた魔女王。
手にしたカップを置いてポツリとつぶやいた。
「おや? どこぞでわらわの呪いが解けたか」
この声を聞きつけたのは、すぐ側に控えていた執事服を着た男性。
軍人を思わせる精悍な顔つき。その右目には眼帯がはめられてある。
「お気になるようでしたら、すぐに配下の者に調べさせますが」
「……いいや、べつにかまわん。感覚からして古いモノだ。むしろ今まで解けなかったのが不思議なくらいのヤツだからな。おおかた何らかのひょうしに壊れたのであろう。それよりもコークス、例の件はどうなっておる?」
「はい、あちらに潜入しているシャナが、首尾よくかの国の王族どもをけしかけたそうで。じきに動き始めるそうです」
「フフフ、そうか、それは楽しみだな。あの勇壮な姿がわらわの足下にかしずくのが待ち遠しい。その時には存分にヤツの背中を撫でて愛でてやろうぞ」
自身の望みがかなう姿を思い描き、愉悦に浸る魔女王レクトラム。
その笑顔は美の女神のごとし。
だがそこに潜むのは闇よりもなお深く濃い邪悪。
密命を受けて暗躍する魔女王の手の者。
なんの運命のいたずらか、その陰謀の渦中へと足を踏み入れることになろうとは。
水色オオカミのルクも、知るよしもありませんでした。
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