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82 風の儀、決着!
しおりを挟む湿地のぬかるみでドロだらけになったダイアスとノット。
順位はいまだかわらず、ダイアスが先行しています。
大きな池を泳いで渡っているうちに、体についたドロは洗い流され、ここまで駆け続けたせいで火照った体も、すっかり冷やされ、いい具合に落ち着きました。
先に、ざばぁと岸へあがったダイアス。そのまま再び駆け出します。チカラ強い足どりはいまだ健在、まるでつかれを感じさせません。
わずかに遅れて池からあがったノット。いったん立ち止まり、ぶるると体をふるわせて、水気をよく切ってから、走り出しました。
二頭の距離は五馬身ほど。
一向にペースが落ちないダイアス。
先を行く黒馬の後ろ姿を眺めながら、ノットの中にわいてくるのは、「やっぱりぼくなんて」という、いつもの気弱な自分。
でもそのたびにシルビアの顔を思い浮かべて、彼女が言ってくれた「あなたは風になれる」という言葉を励みに、必死に足を動かし続ける。
チャンスは必ず来る。その時を信じて。
「きたっ! 先頭は……、ダイアスだっ!」
夕陽を背景に、草原の向こうから土煙をあげながら近寄って来る二頭の姿が、ついに現れました。
しれっと裏方の仕事を終えて戻ってきた水色オオカミのルクも、みんなといっしょになって見守っています。
「いけー、ダイアス」「まけるな、ノット、そこだー」
「おねがい、ノット、勝って!」
集ったウマたちからの声援が、その熱気が、いっきに膨れ上がりました。
それに混じって叫んだのはシルビア。
彼女の声に後押しされたかのように、ここでついにノットが動きます。
ダイアスの真後ろからスルリと抜け出した、灰色に近い白馬。グンと加速して黒馬に並ぶ。
これを見たダイアス、「この時を待っていたというのか? このわずかに残った距離にすべてを賭けるために、ずっと荒ぶる気持ちをおさえて。なんという自制心、なんという胆力か! よかろう。ならばオレも敬意を表し、全身全霊でもって、キサマのその覚悟にこたえよう」
高貴なる黒を帯びたたてがみ。それを生やした首が、前のめりになるかのように下げられる。
まるで頭から地面に突っ込むかのような前傾姿勢。地表スレスレに鼻先をさらけだすような格好。この速さではちょっとかすっただけで、皮膚はさけ、血があふれだすことでしょう。足がもつれて転びでもしたら大ケガどころか、首が折れてきっと死んでしまう。
そんなムチャな態勢を可能にするのは、ダイアスの持つ強靭でしなやかな四肢の筋肉があったればこそ。
そしてそんなムチャを行ったことによって、引き出されたのは、更なる高みの速さ。
極限まで前方に重心を置くことで、駆け足の回転を強引にあげたのです。
ノットの覚悟を見て、ここにきて後先をいっさい考えない、命を賭した走りを見せるダイアス。
池で濡れそぼっていたはずの体が、湯気を立てている。それは彼の体温が異常に高まったことによって、体についていた水が蒸発していたから。
なんという熱量、まるでダイアスの気焔をあらわしているかのようです。
だというのに、それでもノットの体は引き離されません!
首を前に突き出し槍のごとき姿勢にて駆け続けている。
彼の灰色に近い白い毛が、どこか銀に近いかがやきを放っていました。火照った体と流れ落ちる汗、それから光のあたる加減などで、そう見えているだけなのでしょうが、見る者を魅了してやまない幻想的なかがやきが、そこにはありました。
黒い暴風と銀の風。
二頭の死力を尽くした走り。
いつしか観客たちは、声援を送るのも忘れて、すっかり見入っていました。
息をするのももどかしい、まばたきするのももったいない。
風の草原に生きる者たちは、大地を駆ける速さを信奉し、速さに憧れ、速さに恋い焦がれる。
彼らが求めてやまない理想が、いつかはたどり着きたい場所が、そこにはありました。
このままずっと彼らが駆けている姿をみていたい。
この場にいた誰もがそう願いました。
ですがついに終わりの刻をむかえる風の儀。
完全に横並びとなった形で、なだれ込んできたダイアスとノット。
差はありません。
勢いのまま二頭はゴールの地面に引かれた線を通過。
勝ったのは……。
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