水色オオカミのルク

月芝

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81 草原の巨人伝説

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「いったい、どうなっていやがるんだ!」

 怒鳴っていたのは、この一団を率いていたハゲ頭の男性。
 次々と一糸まとわぬ、生まれたままの姿で逃げ帰ってくる男たち。体中にトリにつつかれた傷やら、ムシ刺されをたくさん抱えており、大きく腫らしている者や、ひどいかゆみをうったえている者もいます。
 ウマを狙って草原にやってきていた連中の野営地は、そのせいで大混乱。
 このままでは狩りなんてとてもとても。
 ですがこれだけの装備と人数を用意して、このザマでは、どうにも引き下がれないリーダーの男。
 すっかり気落ちして、やる気を失っている仲間たちとは裏腹に、「せめていいウマの一、二頭でも手に入れないうちは、おめおめと帰れるか」と息巻いておりました。

 五十人ほどの人間たちが集まっていた野営地に、突如として発生した霧。
 昼間にもかかわらず、あっという間に陽がかげってしまうほどの濃さとなり、じきにすぐとなりにいる仲間の顔も、満足に見えなくなってしまいました。

「こんな時間に霧だと? くそっ、なにも見えやしねえ。おい、誰か! 火だ、とっとと火をもってこ……いぃっ!?」

 白いモヤのなかでぎゃんぎゃんと吠えていた、ハゲ頭の男。
 きゅうに黙りこんでしまいます。
 なぜなら彼の目の前には、巨大な何者かの影がうっすらと映っていたからです。
 それも一つではありません。同じようなのが三つも!
 まるで千年の時を生きた大木のような、おおきなおおきな立ち姿に、三方向から野営地が囲まれているではありませんか。
 あまりのことに、ソレらを呆然と見上げることしかできない男たち。
 すると、ズドンと激しい震動の後に、バキバキと派手に何かが壊れる音が、霧の中に響きました。

「うわっ、ひぃぃー。馬車が、馬車が」との悲鳴があがります。

 まったく見えないのでよくわかりませんか、霧の中に潜む巨大な何かに、馬車が一撃にて粉々にされてしまったみたい。
 そこに頭上から降ってきたのは、低い声。

「我は風の草原の守り人なり。この地をけがす者は、おーまーえーかー」

 そしてまたもやズドンとなって、馬車がもう一台、ぺしゃんこ。

「うわーっ! 巨人だ、巨人がでたぁー!」
「ひぃー、たすけてくれー」
「ごめんなさい。もうしません。ゆるしてください」

 あまりの恐怖に、ついに耐えきれなくなった一人が、唯一、巨人の影が浮かんでいない方へと駆けだしたのを皮切りに、その場にいたみんなが、あたふたと逃げ出してゆきます。その中にはハゲ頭も混じっておりました。



 すっかり静まり返った野営地。
 完全に人間たちの気配がしなくなったところで、霧が晴れていきます。
 そして姿を現したのは、巨人っぽい形をした三体の氷の像。
 水色オオカミのチカラでルクが造ったモノです。
 そして二台の馬車を壊したのも、ルクが空中に出した巨大な氷の四角い塊。
 これが風の草原の守り人の正体だったのです。
 なお脚本と演出はココムさんです。

 氷の巨人のかげから、姿をあらわしたルクとココム。

「どうやらうまくいったみたいだね」
「ああ、おつかれさん。これで連中もこりたことだろう。あとは逃げていったヤツらが、かってにウワサを広めてくれるから、しばらくはこの草原も静かになるだろうさ。それにしても、ルク、やればちゃんと演技ができるじゃないか? セルジオじいさんと会ったときは、ひどかったのに」

 数日前にフェルナ族のセルジオさんから、あいさつをされた際の大根役者っぷりを、ココムさんにからかわれて、ルクはぷぅと頬をふくらまします。

「むぅ、アレはみんなの目があったから。なんだかきんちょうしちゃったんだよ。でも今回は誰の目も気にしなくてすんだから」
「あはは、これだけのことができる天の御使いさまが、ウマどもの視線を気にするだなんてな」
「うぅっ、もう、あんまりいわないでよー」

 シッポをふって抗議をするルクに、「わるい、わるい」とあやまるココムさん。

「と、あんまりのんびりもしていられないか。とりあえず残りの馬車もつぶしてしまおう。つながれていた連中はとっくに逃がしてあるから、気にせずドカンとやってくれ」
「うん、わかったー」

 言われた通りに後始末をする水色オオカミの子ども。
 これが終われば、あとはいそいでみんなのところに戻って、ダイアスとノットの勝負の行方を見届けるのみです。


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