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84 迷いの森
しおりを挟む風の草原を越えて、さらに北へ北へと行くと、姿をあらわすのは深い森。
まるで沼の底のドロをすくってなすりつけたかのような色。高い木はあまりなく、おしくらまんじゅうをしているみたいに木々が寄せ集まって、全体がもっさりとしており、森の天井がやたらと低くて、中に入った者は息がつまるような感覚をおぼえる。
内部に陽はほとんど届かず、植物の放つ青臭いニオイと、じめっとした空気がこもっている。地面には大蛇のような木の根が無数にうねり、からみあっているので、歩くのもままならない。
視界や足場のあまりのわるさに加えて、朝と夜にはかならずといっていいほどモヤが起こる。うっかりこれに巻き込まれようものならば、とたんに自分の位置を見失う。
自慢の弓矢も木々にさえぎられ、ほとんど飛ばないとあって、熟練の狩人たちですらもが、足を踏み入れようとはしない。
ここは「迷いの森」と呼ばれている場所。
その外縁分に沿うようにして道が通してあります。
左へとのびた道には、きちんと石畳が敷かれている。街道として整備されていて、ここを行くと迷いの森を、おおきく迂回することになり、やがては人間たちの街へと辿りつけます。
右へと続く道は、土がむきだしの道。ほとんど利用する者がいないせいか、草が生いしげり、整備もされていないらしくデコボコだらけ。とても馬車の類は通れそうもありません。
二つの道を前にして、ほんの少しだけ悩んでから、右へと歩き出したのは水色オオカミのルク。
いろいろありましたが、なんとか風の儀の見届け役をはたしたルク。
小さなヘビのココムさんや、デュカ族やフェルナ族のウマたち総出で見送られてから、風の草原を旅立ちました。
この森については、ココムさんから話を聞いており、あるていどのことはわかっています。
道を右へと進めば、じきに巨大な岩山が見えてくるそう。
そこは悪魔の山と呼ばれており、切り立った崖壁が険しく、岩の表面がもろくてつかむとポロポロとはがれてしまうので、よじ登るのはムズかしい。
頂上付近はいつも白い霧でおおわれており、晴れることはないとのこと。
ウワサでは、そこにこの山の名の由来となっている、悪魔が封じられているらしいのですが、それを確認した者はいません。
なぜなら、だれも頂上にはたどり着けないから。
ツバサ自慢のトリたちですらもがムリらしく、いくら飛んでも白い霧ばかり。
じきに気温がグンと下がり、体が凍えてしまって、頭もくらくらしてしまい、ほうほうのていで逃げ帰ることになるんだとか。
地の国にはふしぎがいっぱい。
西の森の魔女は「いろんなモノを見て、ふれて、感じてみなさい」と言いました。
荒地のグリフォンは「世界は広く深くおもしろい」と言いました。
事実、そのとおりで、ルクは行く先々にて、新たなことにめぐりあっています。
だから天の国生まれの天の国育ちの水色オオカミの子どもは、どうせ急ぐ旅でなし、せっかくだから、その悪魔の山というものを見物していこうと考えました。なんなら頂上に挑戦してみてもいいかもと。
そんなことをぼんやりと考えながら歩いていると、ピクっと耳が動きました。
かすかに何者かの悲鳴が聞えたような気がしたのです。
立ち止まって、意識を集中し、耳をすます。
すると「きゃー、たすけてー」「いやー」「こないでー」という声が。
どうやら複数の者が危機に直面している様子。
とたんに声が聞えた方へと駆け出した水色オオカミ。
ためらうことなく道をそれて、迷いの森へと飛び込む。
ですが、いかに水色オオカミといえども、この森の中ではいつもの半分ほどの速さしかだせません。
木の間をぬうようにして進み、イバラをよけ、枝からダラリとぶら下がっているツルに、首を引っかけないように注意しながら、あせる気持ちをおさえつつ、懸命に足を動かすルク。ひたすら声の聞えてきた森の奥へと向かいます。
じょじょに助けを求める声がおおきく、はっきりとしてきました。
目の前のしげみに突っ込み、抜けた先で待っていたのは、子ウシほどもある大きなクモ。
そしてクモの巣に絡みとられて、必死にあばれているキレイな羽のチョウチョたちの姿でした。
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