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89 創造と破壊
しおりを挟む細かく編み込まれたクモの巣。
網目のひとつひとつに、ていねいに異なる色のついた水をたらして、うすい膜がはるようにしていたのは、カイロさん。そうなるように模様の大きさや糸の太さや間隔にも工夫をこらしてあります。
じつは前々から、絵の具をもちいた新たな作品のアイデアを練っていた彼。
ですが中々うまくいきません。
まずはじめに、自分で出した糸を染め上げようとしたのですが、花や草や果物をつぶしたりしぼったりした汁に、いくら漬けようとも、あまり満足のいく色や風合いがでません。かえって白い光沢がそこなわれて、くすんで汚らしくなってしまいます。
ひょっとしたら自分の吐き出す糸の色がかわるかもと、延々と同じ色の果実ばかりを食べてみたこともありましたが、それも失敗。お肌のハリはよくなりましたけど。
一本一本、糸を絵の具でぬってもみたのですが、どうにも鮮やかさに欠ける。
どうしたものかと悩んでいたときに、出会ったのが水色オオカミのルク。
ルクとの共作にて水をクモの糸にかける装飾を試したことから、ピコンと閃いたカイロさんは、ついにこの方法へとたどりつきました。
ぬるのでもなく、染めるのでもない。水のチカラを利用するという、この方法を。
とっても繊細な作業につき、そよ風でクモの巣がゆれてもダメなので、このたびの創作活動は森の中ではなくて、悪魔の山の洞くつの中で行われることに。
黙々とクモの巣に細工をほどこしている紫色の大グモ。
彼のうしろ姿を、ちょっと離れたところから静かに見守っていたのは、ルクとチャチャ姉さん。
「カイロさんって、ああなると、すごいよね」
いったん芸術家として活動をはじめると、周囲の物音なんてまるで聞えないとばかりに、彼は目の前の作業にのめりこんでしまう。
たんに夢中になるのとはちがう。なんともいえないスゴ味があって、こういうのが「鬼気せまる」ということなのかとルクは感心しきり。
「ほんとうにねえ……。ああしている姿は、どことなくじいさんにそっくり。まぁ、同じような生活をしていたら、似たようになってもふしぎじゃあないか」
こうなると人もクモも関係ないね、と呆れ顔のチャチャ姉さん。
そんなことを話している水色オオカミと大山猫の方なんて、見向きもせずにひたすら自分の作品と向き合っているカイロさん。その作業は早朝から夕方近くまで休みなしに続きました。
「よし……、できた」
光だけをとおすという悪魔の山の岸壁。外から差し込む陽射しがオレンジ色にかわるころ、カイロさんの新作はついに完成しました。
十二もの数の色の水をもちいられた、いろどり豊かなクモの巣。
細かな点が線となり、図形となり、模様となり、すべてが調和した色の楽園。
それが夕陽を受けて、十二の光がきらめき、それらの光の線が交わり、あらたな色の光をも産み出す。
ガラスをとおした光とはちがう。陶器の色味が放つかがやきともちがう。壁画に使われた絵の具の艶ともちがう。雨上がりの空にあらわれる虹ともちがう。
とうとうとキレイな水が湧いている泉の底。
朝焼けにきらめく湖の水面。
よせてはかえす川辺のさざ波。
きまぐれな水が、ほんのいっしゅんだけ見せる、ゆらぎの表情。
同じように見えて、ひとつとして同じモノのない、はかないけれども、とてもやさしい光。
どこかで見たハズなのに、とってもなつかしいハズなのに、心の中に染み込んでいるハズなのに、どうしても思い出せない。そんな魂の奥底に刻まれた大切な何かを呼び覚ましてくれるかのような作品。
ルクだけでなくチャチャ姉さんも、ひと言も発することなく、ただただカイロさんの芸術を見つめていました。
気がついたときには、もう陽が暮れており、洞くつの内部もずいぶんと暗くなっておりました。
悪魔の山の岩は、昼間に受けた陽の光をたくわえる性質もあり、夜通しぼんやりと明かりをともすので、完全には暗くはなりません。
と、なにを思ったのか、カイロさん。おもむろに腕の一本をふりあげると、せっかくの傑作をグチャリとやったものだから、思わずルクとチャチャ姉さんが「あーっ!」「ぎゃあー!」と叫び声をあげました。
「えー、すごく、すごく、ものすごーくキレイだったのに。いったい何が気に入らなかったの?」とルク。
「もったいない! なにもこわすことないじゃないか」とチャチャ姉さん。
なのに当のクモはケロリとした調子にて、「いやいや、どうせじきに含ませた色が沈んでダメになるし、水もたれてくるし、糸もヘタるから。どのみち明日の朝までもたないべ。だったらキレイなうちに潰してやるのが親心というもんだ」
丸一日をかけた成果を、ちょろっとお披露目しただけで満足し、惜し気もなくグシャとしてしまうカイロさん。
これが「いっしゅんの美を追求するはかない夢」を創作し続ける、森の芸術家の生き様。
そんな彼に感心するとともに、ちょっとおののく水色オオカミと大山猫なのでした。
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