水色オオカミのルク

月芝

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94 石の街の祭事

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 カコン、カコンという小気味よい音が早朝の森に響く。
 これは木の的に命中した矢が立てていた音。
 大会に向けての練習に精を出しているのはリリア。
 額から流れる汗も気にせずに、一心不乱に矢を射続けています。

 火の山の四方にある街では、各々にて年に一回、火の女神さまに捧げる祭事として、大会が開催されます。
 剣の街では、対戦によって武芸を競う闘技大会が。
 弓の街では、弓の腕を競う弓術大会が。
 盾の街と匠の街では、作品の品評会が。

 そこで結果を残すことは、おおいなる栄誉。世間に認められるだけでなく、仕官や栄達への道が開けるとあって、各地から多くの腕自慢たちが参加してきます。

 弓術大会には三つの部門があります。
 次々と飛び出してくる的を矢で射抜いた数を競う、制射。
 設置されたコース内を駆けながら的を射抜く速さを競う、走射。
 ウマをあやつりながら障害物を越えつつ的を狙う、馬射。
 かつてはコレに、狩りのエモノの大きさや数を競う狩射部門もあったのですが、事前にエモノを隠して用意したり、裏で人を動員してケモノの追い込みや妨害工作をさせたりと、いろいろと不正行為が横行したので、廃止になったそうです。

 部門別なだけでなく総合においても、群がる猛者たちをおさえて、弓術の大会にて八連覇の偉業をなしとげたのが、いまは亡きリリアのお父さんのハスターさん。
 それだけの実力者なので、仕官の話はたくさんあったそうですが、彼はすべてを断って、愛する街と人を守りつつ、生涯いち狩人ですごすことを選んだそうです。
 街の近くに自分の森を所有することが許されている時点で、とってもスゴいこと。
 そんな父親の背中を追いかけているリリア。
 鍛錬は父親の指導の下、幼い頃から続けていたのですが、大会に参加するのは今年が初めて。
 意気込んでいることもあって、練習にもいっそう身が入ろうというもの。

 弓の鍛錬を、そばでちょこんとお座りをして眺めていたのは水色オオカミの子ども。
 彼女の好意により、ルクはしばらく木の家に滞在させてもらえることになりました。そのうちリリアの狩猟犬ということにして、街の方も案内してくれるそうです。
 それで彼女の練習風景を見学させてもらっていたのです。
 一本も外すことなく、すべてを的に当て続けていたリリアの腕前に「へー、うまいもんだねえ。まるでピピンさんみたい」との感想を口にしました。
 それを耳にしたリリア、とたんにピタリと弓の弦を引くのをやめてしまい、目を見開いてルクの顔をガン見。

「ごめん、ルク。いま、なにか『ピピン』とかいう名前が聞えたような……」
「ピピンさんのこと? うん、言ったよ。ボクがまえに知り合った弓士の人。とっても上手なんだよー」
「えーと、それって、まさかとは思うけど、勇者さまと旅をしている人だったりなんかしたりして」
「うん、そうだよー。光の勇者のシュウさんと神官のエリエールさん、あと大きな剣を背負ってる戦士のガントンさんに魔法使いのドックさんらと、いっしょに魔王討伐の旅をしているって言ってた」
「!!」

 ルクの話を聞いて、ナゾの奇声を発するほどに、やたらと興奮するリリア。
 なんでも弓士ピピンといえば、勇者の仲間に選ばれるほどの伝説級の腕前の持ち主。同じ弓を扱う者にとっては、神さまにも等しい。若い世代の憧れの存在なんだとか。
 だから弓の街界隈では、赤子でも知っているのがあたりまえというほどの有名人らしいです。

「ねえ、ねえ、それでピピンさまってどんな方なの、腕はやっぱりすごいの? 顔は、性格は? 背は高い? 体型は? どんな弓を使っていた?」
「どんなって……、えーと、口数は少ないかな。あんまりしゃべらなくて」
「なるほどムダ口はきかないんだね。うんうん、男はやっぱりベラベラしゃべっちゃダメだね。だまって背中で語るぐらいじゃないと」
「顔のよしあしはボクにはちょっとわかんないけど、なんだかいいニオイがしたよ」
「さすがだね。旅先にもかかわらず、身だしなみはキチンとしているんだ。いくら腕が立っても小汚い男はモテないからねぇ」
「背はリリアより頭二つぐらい大きかったかな。体はちょっとほっそりしていたけど、動きは速くて身軽だったよ」
「細くてしなやかな筋肉、理想的な狩人のカラダじゃないか!」
「持ってた弓のことはよくわかんないや。でも道具に関係なく、百発百中らしいよ」
「おぉー! さすがは弓の神さまに愛されし男」

 矢継ぎ早やに質問をしては、水色オオカミからもたらされる情報に、リリアは大はしゃぎ。
 どうやら彼女の頭の中では、妄想たくましく、かなりの改ざん補正がかけられているようなのですが、それはルクの預かり知らぬこと。
 そして旅の空の下、若い娘さんにウワサをされて「くしゅん」とクシャミをしたピピンのことも、知るよしもありません。

「くちゅん」

 可愛いクシャミがこちらでも。
 朝練で汗をかいていたのにもかかわらず、弓士ピピンの話に夢中になっていたリリア。すっかり体が冷えて、ぶるると肩をふるわせました。

「いけない。大会の前だってのにカゼをひいちゃう。そうだ! これからお風呂に行くけど、ルクもいっしょにくるかい?」
「ボクがいっしょでもいいの?」
「問題ないよ。うちの森の敷地内にわいてる温泉だから。たまに動物とかもつかりにきてるし」

 リリアに誘われるままに連れだって温泉へと向かったルク。
 すると、そこにはおもわぬ先客の姿がありました。


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