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118 暗路鏡
しおりを挟む火の山の噴火とともにあふれ出た滅びの流れを、なんとか食い止めた水色オオカミの子ども。
その後に起こった一部始終まで、すべてをガラス細工のような冷徹な瞳にて、静かに見つめていたのは、かぎりなく闇に近い夜の藍色をした一羽のツバメ。
ドラゴンが水色オオカミを連れ去ったのを見届けてから、ヒラリと空高く舞いあがると、どこぞに姿を消しました。
このツバメは白銀の魔女王レクトラムの側近であるコークスが、主人が欲しているルクを見張るために放っていたモノ。自身の羽より生みだした分身のうちの一体。
報告を受けたコークスは、すぐさまレクトラムのところへと向かいました。
広大な居城にいくつもある塔のひとつ。
天辺がまるごと透明なクリスタルでおおわれた場所。
内部ではまるで楽園かと見まがうほど、色とりどりの美しい花が咲き誇り、華やかなチョウチョが舞い、きれいな羽の小鳥がうたう。
世界中から選りすぐった美が集められた、魔女王による魔女王のためだけの空中庭園。
彼女のお気に入りの場所のひとつで、ここに立ち入りを許されているのは、ごくかぎられた者のみ。側近であるコークスはその数少ない者のうちの一人。
「レクトラムさま、おくつろぎのところ申し訳ありません。ぜひとも、お耳に入れたいことがあります」
「コークスか、どうした?」
「じつは……」
火の山で起こったことについての一連の報告を受けたレクトラムは、すぐにコークスがここに来た理由を察しました。
コークスはいずれ適当な人質をとって、水色オオカミの子どもを誘い出し、ワナにはめて言うことをきかせるつもりだったのですが、人間たちの愚かな行為によって、思わぬ好機が舞い込んだと彼が判断したのだと。
すさまじいチカラをつかった反動にて、体がボロボロになった水色オオカミのルク。
そこに向けられたのは人間どもの憎悪や恐れといった負の感情。これに無防備にさらされることになったあの子の中には、いま、さまざまな闇が渦まいています。
すっかり気力と体力を使いはたし、意識も落ちている状態。
それは水色オオカミにとっては、とっても危険なこと。
水は何ものにも宿り、何ものとも交わり、何ものにも染まる。
それがたとえ人の心の奥底にたまっていた、ヘドロのような、暗くみにくい感情であってさえも。
心がまったく抵抗できないので、押し寄せてくるそれらは、好き勝手にルクの中に入り込み、かき回し、浸蝕して、暴れている。
絶望と闇をあやつり下僕と化す呪の魔法をかけるには、またとない好機。
「よかろう。ではコレを使うがよい」
魔女王が取り出したのは、手の平にのるぐらいの小さな鏡。芸術的な模様が全体に刻まれた鏡体。
鏡の部分は黒い宝石を磨きあげたかのよう。なのにそこをのぞき込んでも、何も映し出されることはありません。まるで奈落のように周囲の光や景色をのみ込むばかり。
鏡のようで鏡ではない、それをレクトラムは「暗路鏡(あんろきょう)」と呼びました。
これは彼女が造った呪の込められたおそろしい魔道具。
そのチカラは、対象者の夢に入り込んで、ある光景を見せるというもの。
あの日、あの時、あのしゅんかん……。その時どきの選択の連鎖によって成り立っている、過去と現在と未来への刻の流れ。
この鏡がみせるのは、それらの選択の中でも最悪な結末を迎えるモノばかり。
やることなすことがすべて不幸へと通じ、どんどんと追いつめられていく悪夢。
一番見たくない景色、一番聞きたくない言葉、一番知りたくないこと、それらがどこまでもついてくる。しつように追ってきては、けっして逃げられない。
やがて精神はすり切れ、つかれはて、ついには心が砕けてしまうことでしょう。
暗路鏡とは心を殺す魔道具だったのです。
使い方はとってもかんたん、寝ている相手の枕元にそっと忍ばせるのみ。
「わらわは、これでも反省したのだ。ガロンのときは体内に直接、呪毒の珠を埋め込んでムリをした。だが結果はあのとおりよ。体はともかく心がはげしく抵抗しおって。そのせいで毛色はダメになり、汚らしいムラができてしまった」
「もうしわけありませんでした。あの時、自分がもう少しうまくやっていれば……」
「いや、あの結果は必然であったのよ。水色オオカミを手に入れるには、何をおいてもまず心を手に入れる必要があったのだ。それを体と心の順に手を出してしまった。どうやらあれらのチカラのみなもとは、心の方にこそあったようだ。それを見誤ったわらわの失策よ」
偉大なる魔女王自らが、自分のせいだと非を認めたことに、恐縮して深く頭を下げたコークス。
そんな彼にはかまわず話しを続けるレクトラム。
「だからこそ、こんどは心を徹底的に追いつめ、へし折り、踏みにじる」
「ですが、それだと水色オオカミのチカラをも失うことになるのでは?」
「そこはちゃんと考えてある。最後の最後に光が差し込むようにとの、細工をほどこした」
「光?」
「闇の中をさんざんに逃げ惑い、身も心もつかれ果て、ついに一歩も動けなくなったとき。そこに手をさしのべるのは、わらわよ。傷つき倒れた、あわれな子オオカミをやさしく抱きしめる。この地の国にて、真からおまえを愛し守ってやれるのは、白銀の魔女王のみなのだとな」
「なるほど……、だから心を攻めるなのですね。さすがです。その策ならば水色オオカミの子も、きっと魔女王さまの虜となることでしょう」
「ふむ。それで青い子はドラゴンに連れ去られたのであったな。ということは向かった先は竜の谷か」
「ええ、彼の地は特殊な結界によって守られており、なかには強力なドラゴンどもが多数いるので、問題はどうやって谷に侵入するのかということに」
「そんなことか? そんなものはガロンにやらせればよかろう」
こともなげにそう言った魔女王。ですがコークスは「しかし」と言葉をにごしました。
影に潜り、自在に空間を行き来できる黒いまだらオオカミのガロン。
そんな彼のチカラをもってしても、竜の谷の結界を超えるのは、かなりの負担になるからです。それに彼の体は過酷な任務の連続にて、すでにかなりガタがきていたこともコークスは知っていました。
だから同僚にあまりムチャはさせられないと考えていたのですが、主人はちがったようです。
「どのみち新しい水色オオカミが手にはいれば、やつは用済みよ。なにせ次のは冬の晴れた空のように澄んだ青の毛に、赤き川の流れをもとめるほどのチカラを持つ子なのだからな。瞳も夕陽のように美しいとか。あぁ、はやくじかに愛でたいものよな。きっとこの庭園にも似合うことであろう」
どこまでも残酷で、わがままで、そして美しい白銀の魔女王レクトラム。
彼女の言葉に抗うという選択を知らぬコークスは、だまってその命に服することしかできませんでした。
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