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162 子ザル連れオオカミ
しおりを挟むお母さんってすごいなぁ。
しみじみそう感じていたのは水色オオカミのルク。
水色オオカミにはお母さんがいません。彼らは天の国にあるとくべつな泉の中から生まれてくるからです。そして生まれた子どもたちは、先に生まれた者たちがみんなで世話をします。
いわば天の国そのものや仲間たちが、お父さんでありお母さんみたいなもの。でもまだ子どものルクは世話になるばかりでしたので、いまさらながらに感じ入っていたのです。
迷子の子ザルのナナカラを拾ったので、川の上流にいるらしい親御さんのところまで連れて行ってあげることにしたのですが、これがとってもたいへん。
自分のカラダにしがみつかせて、いっきに駆けようとしたら、すぐに背中がぬれてじんわりとあたたかくなりました。どうやらあまりにも速すぎてこわくなってしまったようです。
べつにおもらしぐらい、どうってことはありません。水色オオカミのチカラをつかえば、洗って水気を飛ばして、あっという間にキレイさっぱり。
だからこんどはゆっくり歩いて行くことにしたら、やたらとキョロキョロするナナカラ。
アレは何だろう? コレっておもしろい。ちょっとソレとって。あっちに行ってみたい。
幼子ならではの旺盛な好奇心にてソワソワ、ちっとも落ちつきやしない。
あげくにちょっと目をはなしたら、あっという間にいなくなってしまう。
ルクへのおびえが消えて、馴染んでいくほどに、元気をとりもどしてくれるのはうれしいのですが、本来の活発さがひょっこりと顔をだして、お世話をするほうは、もうヘトヘトです。
それに幼い子ザルは、幼いがゆえに、すぐにお腹が減るし、ノドもかわくし、つかれるし、眠くもなります。
ようやく静かになってくれたかとおもえば、こくりこくりと舟をこぎだして、あやうく背中から落ちそうになって、ルクはドキドキ。
ちょっとした高さでも、うっかり石の上にでも頭をぶつけたら大ケガをしてしまう。
だって子どものカラダはまだまだ弱いんですもの。
子連れにて、オオカミの歩みはいっこうにはかどらず。
早や一日が暮れてしまいました。
晩ごはんを食べさせて、お腹がふくれたら、そのまま眠ってしまったナナカラ。
これまでの心細さの反動か、みんなのところに帰えれるのがうれしくて、はしゃぎつかれたのでしょう。ルクの毛に身を沈めてスヤスヤとぐっすりです。
「ふぅ、寝顔だけ見ているとかわいいんだけどね。お母さんってほんとうにすごいや。毎日、ずっとこんなハラハラドキドキが続いているんだもの。ボクなんてたった一日で、すっかりクタクタだっていうのに」
くわぁ、と大あくびをした水色オオカミ。
自分も今夜は早めに休むことにします。
子ザルの甘くやさしい香りとその温もりを感じながら、ルクは心地よい眠りにつきました。
よく朝、目を覚ましたルクとナナカラは、さっそく川をさかのぼって行きます。
途中、グネグネと川が曲がっているところがあり、けっこうな急流にて、ところどころ渦を巻いている箇所もありました。
よくもまぁ、こんなところを丸太一本にて無事に通り抜けられたものです。よほど必死になってつかまっていたから助かったのでしょうけれども、うっかりふり落とされていたらと想像して、ナナカラがブルブルふるえました。
さかのぼっていくほどに、まるで周囲の木々の緑を吸い込んでいるかのように、川の水もドンドンと色濃い緑となっていく。
それだけ山奥へと足を踏み入れたということ。
この分ならば、じきに上流にいるというナナカラの群れのところにたどりつけるだろうとルクはおもいました。
ですがその予想はすぐに裏切られることになります。
はじめは小さな違和感でした。
ここまでドンドンと濃さを増すばかりであった山の緑が、急に色あせはじめたのです。
それでも場所や季節によっては、こんなこともあるかもと、とくに気にとめることなく進んでいたのですが、ある地点を境にして景色が一変してしまったのですから、そうもいきません。
滝と呼ぶにはあまりにも低く、なだらかな斜面の濡れた岩肌。
深さもそれほどでもなくて、流れもおだやか。子どもたちが水遊びをするには絶好な場所。
これを見たナナカラ、「あっ! おいら、ここ知ってる」と叫びました。
そろそろ子どものお守りも終わりのようです。
それはうれしくもあり、ちょっとさみしくもある。なんともいえないモヤモヤを感じつつも、ナナカラに「しっかりつかまっているように」と言ってから、そこをピョンピョンと軽やかに登っていくルク。
その先にて彼らを待っていたのは、これまでの植生豊かな森の風景ではなくて、ハゲ山と化し、荒涼とした世界。
まるで山火事でも起きたかのよう。ですがコゲたニオイはまったくしません。
ここだけザックリと切り取られたかのように、何もかもが失われている。
あまりの景色にルクはおもわず立ち尽くします。
水色オオカミの背中から飛びおりたナナカラが、両親や仲間たちを何度も呼びましたが、その声がむなしくひびくばかり。返事はただのひとつもかえってきませんでした。
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