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163 森の異変
しおりを挟む葉はすっかりなくなり、表面の皮が失なわれたハダカの白木。それとてポツンポツンと数えるほど。
かつてここがサルたちが住んでいた恵みの多い森だとは、とても信じられないほどに閑散とした場所。
まんぞくに残っているモノがこんな状態につき、それ以外はなかばで折れたり、根本からポキリと倒れていたりしている。
草花にいたってはほとんど見当たりません。
一面が土色です。
まるでここいら一帯だけ、ごっそりと生命の色味が消されてしまったかのよう。
「そんな……。おいらがいない間に、いったいなにがあったんだよ? お父ちゃん、お母ちゃん、みんなー! だれかっ、だれかいないのーっ!」
子ザルのナナカラが声をからして叫ぶも、こたえるのはヒュルリと吹く風ばかり。
この荒れ具合、尋常ではないことが起こったのはまちがいありません。
地面に残されていた葉っぱに顔を近づけた水色オオカミ。
無造作に半分ほどで千切られた葉。その断面には細かいギザギザのあとがあります。ムシたちにかじられた葉っぱが、ちょうどこんな感じになりますけれども。
森をまるごとペロリとするだなんて、いったいどんなムシのしわざなのでしょうか?
ルクは「ちょっと上から見てくるから、ナナカラはここにいて」と言い残し、宙に氷を出現させて空へと駆けあがりました。
森が見渡せるぐらいにまで駆けあがったところで、ふりかえったルクはギョっとなります。
なぜなら西から東へと向かい、大地の上をまっすぐな線が走っていたのですから。
いえ、ただしくは線のように見えるモノというべきなのでしょう。
地表にあったとおぼしき緑がごっそりと消えており、下の地面の土がむきだし。そのせいでこのように見えていたのですから。
その直線のなんと太く、長く、巨大なこと!
立派な山がすっぽりとおさまるほどもの幅があります。
そんなものが平原も森も山も谷も沼地も、なにもかもおかまいなしにつらぬいて、むこうの地平のかなたから、あちらの地平のかなたにまで、まっすぐ続いている。
おそらくは何者かの通ったあと。
ナナカラの仲間たちが暮らしていたという森も、不運なことにちょうどその通り道に位置しておりました。
確認を終えたルクが地表にもどると、ナナカラはショックのあまり呆然としています。
子ザルの顔にピシャリと冷たい水をかけた水色オオカミ。
「あきらめるのはまだはやいよ。それともナナカラのお父さんやお母さんは、やられっぱなしになっちゃうような、おくびょう者なの?」
まるで両親を小バカにするかのようなルクの物言い。
カッとなったナナカラは、ちいさな手でごしごし涙をぬぐって、「そんなことあるもんか! おいらの父ちゃんはすっごくつよいんだぞ。それに母ちゃんだって」
これにコクンとうなづいてみせたルク。
「だったら探そう。きっと危なくなったから群れで移動したんだとおもう。となれば数もいるから、そんなに遠くには行ってないハズだよ」
「うん、さがそう。みんなをさがすんだ」
元気をとりもどしたナナカラがルクの背に飛び乗る。
とりあえずこの地に何があったのかを知る必要があると考えたルクは、鼻先を天にむけてクンクン。
風にまじって漂ってくるニオイ。それを求めて駆けだしました。
四肢にチカラをいれると、グンと加速する水色オオカミのカラダ。
「ちょっとだけいそぐけど、だいじょうぶ?」
「うぅっ、だいじょうぶじゃないけど、だいじょうぶ。おいら、がんばるから」
背中につかまっている子ザルにルクが話しかけると、なんともたのもしい返事。
初日のおもらしから比べると、格段の進歩です。
ちょっとした冒険や苦難を経て、成長を続ける子ども。刻一刻とおおきくたくましくなっていく。その成長の速さに目を見張るルク。こんな時にもかからわず、うれしくてついつい目尻がゆるむのをおさえられません。
ルクがたどったニオイはかすかな甘い香り。
これはハチミツのニオイです。そしてそれがあるのはハチたちの巣。
目当てのハチの巣は、すっかり枯れて朽ちている大きな樫の木の洞の奥底にありました。
半分地面に埋まっており、荒涼と化した森の中にあってさえ、違和感のない存在。なんとも年季のはいったくたびれ具合。
ですがおかげで難をのがれたようだとはハチさんたち。
彼らによると、ふいに空が暗くなったとおもったら、ものすごい音がして、おどろいてすぐに地下の巣穴に引っ込んだそうです。
地上のさわぎはしばらく続いたそうですが、みんなで固まってじっと息をひそめていたら、じきに音がやんだので、そろそろと顔をだしてみたらこのありさま。
どうやら森が何者かにおそわれたのはまちがいないみたい。
ですが朗報もありました。
なんと! さわぎの最中に、逃げていくサルたちの姿をハチさんらが見ていたのです。
それによればナナカラの仲間たちは、もっと川の上流へと移動したみたい。
ハチたちに礼をのべた水色オオカミと子ザルは、すぐにそちらへと向かいました。
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