水色オオカミのルク

月芝

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180 剣聖

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 剣の丘に刺さっている千と一もの剣は、どれも切れ味がすごそうな名品ばかり。
 だというのに女性の前にあったモノは、ボロボロのひと振り。
 握り部分は黒ずみ、角はすり切れ、ところどころがほつれ、刀身も刃こぼれだらけでサビまで浮かんでいる。
 あきらかに他の剣とはちがう。
 この一本だけ異様なまでにくたびれている……。

 竜の谷にて水色オオカミが新たに瞳に宿したチカラ。それはモノに宿った特別な意志と通じることができるというモノ。
 いまルクの茜色の瞳には、古ぼけた剣を見つめている一人の女性の姿が映っています。
 肩口で切り揃えられた黒髪、質素な革の鎧に身を包んだ女剣士。
 立ち姿は自然体。なのにまるで身の内に一本の太い鋼の芯でも通っているかのような印象をうける。外見は妙齢っぽくも見えるのですが、壮年っぽくも見える年齢不詳な人物。
 だけど、もっとも強く注意を引きつけられたのは首から上の部分。
 ややくすんだ灰色の顔。その表面にあるのは、二つの洞のような目とおぼしき穴だけ。
 鼻も口も耳も見当たりません。そういった仮面をかぶっているのではなくて、そういった顔をしているのです。
 だから表情はわかりません。だけれども、二つの穴が剣をじっとにらんでいるということだけは、ふしぎと伝わってきました。

 こちらの視線に気がづいたのか、女性が顔をあげて、ルクの方を見ました。

「おや、この私が見えているのか? この地にて次なる剣聖にふさわしい者があらわれるのを待ち続けること、六百七十四年と二百と五日目にして、よもやそんな客人を迎えようとはな」
「ボクは水色オオカミのルク」
「私はかつて剣聖と呼ばれていた者だ。すまないが、名前の方はとんと忘れてしまった。なにせだれかに名乗るなんて、カラダを失って以来なかったことなんでね」
「あなたが伝説の剣聖さんなんだね。女の人だったんだ……。じつは知り合いがここの試練を受けにきたんだ。ボクはそのつきそいなの」
「ほぅ、この地をたずねる者もずいぶんとひさしぶりだが」そう言いながら、チラリと向こうでピタリと動きを止めているライムさんの背を見た剣聖。「アレはダメだな。二層目あたりですぐに死ぬぞ」との感想をもらしました。

 ライムさんだけでなく、空を流れる雲も、飛ぶトリたちも、風にそよぐ草花も、湖のさざ波も、すべてが固まっている。 
 いつのまにやら世界の時が止まっておりました。
 いま動いているのは剣聖とルクだけ。
 そんな中で、いきなり知人が死ぬと言われて、水色オオカミの子どもはびっくり。

「そりゃあ、ライムさんはたしかにイマイチだけれども、あれでもいちおうは騎士なんだし。それに彼にはやらなくちゃいけないことがあるんだ」
「やらなければいけないこととはなんだ? 騎士として主人を守ることか、それとも戦禍から国を守ることか」

 そこで彼をとり巻く状況や、大切な幼馴染みのためにチカラが必要だとルクが説明すると、剣聖は肩をふるわせながらくつくつと笑いだしました。

「よもや女のために、それもむくわれないとわかりきっている想いに殉じるというのか。あはははは、なんたる阿呆か」

 いきなり知り合いをバカにされて、ルクはすこしムッとなりました。
 そんな彼の表情に、「いや、わるいわるい。けっしてお主の友だちをおとしめるつもりではなかったのだ。ただな、まさかいまの時代にもかつての自分と同じようなマネをしているバカ者がいると知ったら、おかしくって、つい」

 ひとしきり笑ったあとにポツポツと剣聖さんが語りだしたのは、彼女がいかにして剣聖と呼ばれる存在へと至ったのかということ。

 辺境の村をとりまく環境はきびしい。
 自然が猛威をふるい、ケモノが牙をむき、ときには野盗に落ちた人間たちがおそってくることさえも。
 そんな土地に生まれた女は、そのきびしい環境ゆえに武器を手にとるのにためらいがなかった。
 実戦に勝る訓練なし。
 いつしかそこそこの腕になっており、その腕前を見込まれて中央に呼ばれたのは十代半ばの多感なころ。
 そこで彼女はとある人物と出会った。
 まぁ、あえて詳細は語るまいがひと目ボレの初恋だった。
 しかしこれまで剣ばかりふり回していた女に、色恋や男女の機微のことなんてわかるはずもなく、せめてその男の助けになればと、得意の剣にてがんばった。
 おかげで直属の上司である彼はずんずん出世して、じきに良家のかわいらしいお嬢さんと結ばれた。
 彼が彼女の想いを知ってて、利用していたのかどうかは定かではない。
 結果としてフラれた形になった女は、そのうっぷんを晴らすかのように、ますます剣をふり回し続ける。
 ここから先は、似たようなことのくり返し。
 ヒニクなことに乙女心がうちひしがれるたびに、そのココロの傷がえぐられるたびに、女の剣はますます冴えわたり、ついには剣聖と呼ばれるまでの存在に。
 そして強くなるほどに、意中の男たちの心はますます遠のき、近寄って来るのは彼女の名声やチカラを利用しようとするクズばかり。
 こうなるともう、敵を切っているのか、自分の恋愛運や赤い糸を切り刻んでいるのかわかりゃあしない。

「どうだい? 笑える話だろう」

 自虐気味にそう言われて、ルクは返答にこまりました。
 まさか! 伝説の剣聖の誕生秘話が、たんなる失恋の積み重ねだったなんて。
 先ほど、自分の剣をにらんでいたのは、怒りやかなしみなど心中に複雑にうずまくモロモロのせい。
 これはちょっと世間には出さないほうがいい情報かもと、ルクが眉間にシワを寄せていると剣聖は次にこのようなことを口にしました。

「まぁ、私のことはこれぐらいにして……。ルクの連れのあの男もそうなのだが、これまでこの地を訪れた者らは、みんなかんちがいをしている」

 かつて剣聖とまで呼ばれたたえられ、現代にまで語り継がれる伝説の女剣士。
 その発言の真意やいかに?


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