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190 欠落せし者
しおりを挟む注目すべき選手のいない第二と第三組の予選会場の客席はまばら。
いるのは参加者の身内とおもわれる者が大半。見物客の大半はレオンのいる第一か、ダレムのいる第四組の会場へと押しかけているようです。
なんとも盛り上がりに欠ける雰囲気の中、いち早く決勝進出を決めたのは、鎧を着ていなければ、とても騎士だとはわからないような、パッとしない青年でした。
どの試合もあまりにあっさりとカタがついてしまい、見ていた客も、審判をしていた者も、負けた当人すらもが、何が起こったのか、きっとよくわかっていなかったことでしょう。
相手の攻撃をわずかにカラダを動かすだけでかわし、そのまま半歩ほど踏み込み、鞘に入ったままのボロ剣の先にて、コツンと胸のあたりを小突く。
全試合がすべて、ただそれだけであったのですから。
あまりにも地味で、あまりにも静かで、あまりにもかんたんにつく決着。
結果にゴネる対戦相手がいそうなものですが、みなそれなりに腕に覚えのある猛者ばかり。なによりここは代々、武芸の盛んなコモンダリアという国。
それゆえにいやがおうでもわかってしまうのです。
目の前に立っている若者の異様さを。
ギラリと物騒なかがやきを放つ刃。これを前にして平然としていられる。十分な経験と鍛錬をつめば可能でしょう。だからとてココロの底、カラダの芯から平気でいられるわけではありません。
目の前のモノが殺傷能力を持つ武器である以上は、内心では警戒していますし、わずかながらにも瞳にはきびしい色がうかびます。
カラダだって落ちついているように見えても、ちょっとしたことにピクリと反応してしまう。
なのに彼にはそれがまったくない。
まるで自分へと向けられた剣の切っ先や槍の穂先が、刃そのものをありふれた日常の一部にしかすぎないとばかりに、するりと受け入れてしまっている。
だから大抵の対戦相手たちは、この若者のことをどこかがこわれてしまっていると、感じていました。
もっとも当のライムからすると、次々と自分へと向けられる武器なんて、逆さの塔で味わった恐怖に比べたら、おもわず頬ずりしたくなるほど、かわいらしく見えていただけなのですけれども。
一般的な感覚の欠落。
そういった意味では、ライムはたしかにすっかりこわれてしまっていたのです。
決勝進出を決めたのは以下の四名。
レオン・アンビ。
四大公家のひとつアンビ家の次男にして、ナクア姫の想い人であり相思相愛の間柄。
ダレム・ドゥカ。
四大公家のひとつドゥカ家の三男にして、虎視眈々とキャトル家の跡目を狙う野心家の青年。
コルセオ。
四大公家のひとつトォロアラ家の騎士にして、同家に六つある部隊のうちのひとつを預かるほどの実力を持つ隊長格の壮年の男性。
ライム。
本大会を主催しているキャトル家に代々奉公している騎士の家系の青年。
レオン、ダレム、コルセオ、この三名に関しては大会前から優勝候補として必ず名前があがっていたものですからみんな知っていましたが、ライムという青年にはだれも心当たりがありません。
なにせよく見知っていた者ですらもが、その名前が発表された際には、きっと同姓同名の別人であろうと考えたほどですから。
決勝の舞台を見下ろす位置に用意された客席から観戦していた、キャトル家現当主ロンバルとその一人娘のナクアの親子らも、なにかのまちがいではないのかと、何度も係の者に確認したほど。
「ライムがこれほどの手練れであったとはな……。おまえは知っていたのか?」
父親からたずねられて、まるでキツネにつままれたような表情にてブンブン首を横にふる愛娘。
偶然や運だけに頼るには、大会参加者はあまりに多く、予選のトーナメントだけでも五回以上も勝ち続けなければいけませんでしたので、いくら組み合わせの妙があろうとも実力がなければ、ぜったいに勝ちあがれない。
そこを本選まではいあがってきた。秘めたる実力やいかに。
と、ロンバルが注目しているうちに舞台上では抽選が終わり、組み合わせが決まりました。
第一試合、ライム対ダレム・ドゥカ。
第二試合、レオン・アンビ対コルセオ。
これによりレオンとダレムが雌雄を決することになるのは最後の最後と確定。
まるで物語やお芝居のような筋立て。
予選とちがって、決勝は運営側の配慮が一切ない、厳正なる抽選です。
ということは闘技場につめかけた観客たちや、集った猛者たちだけでなく、運命をつかさどる女神さまもまた、この二人のために最高の舞台を用意したのにちがいない。
だれもがそうおもわずにはいられませんでした。
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