水色オオカミのルク

月芝

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191 才能の片鱗

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「やはり貴公が勝ちあがってきたか」

 目の前の対戦相手にそう言ったのはダレム・ドゥカ。
 手には穂先の部分が黒く、本体が細めの、すこし華奢(きゃしゃ)に見える白い槍。
 よくしまっているであろう屈強な体躯をほこる彼にしては、いささか弱々しく見える武器。
 ですがそれはちがいます。
 必殺の突き、その殺傷能力を最大限に活かすために、一切のムダを削り続けた結果、彼の愛用の槍はあの姿となったのです。
 よりするどく、より軽く、よりしなやかに。
 持ち主の技やチカラとあいまって、どれほどの威力を発揮することでしょうか。
 彼はどうやら参加受付にてレオンとモメているところに、すんなりと割って入ったときから、ライムに目をつけていたようです。これは並みの技量ではないと。
 そんなダレムに対して、ライムは少し照れた風にて頬をぽりぽりかいたのみ。
 貴公子のレオンとはちがい、こんなときに気取った台詞がスラスラと言えるほど、彼は洗練されていませんので。

 これから対戦しようという二人がいる舞台の袖にて、静かにひかえていた水色オオカミのルク。
 すぐそばにてふわふわ浮かんでいる剣聖さんに「どうかな?」と小声にて、彼らについてたずねてみました。
 すると彼女はただひと言、「問題なし」とだけ答えました。



 審判の合図によってはじまった第一試合。
 開始と同時にくり出されたのはダレムの槍の突き。
 やや内側にひねりこむようにして放たれたソレは、回転をともない、いっきにライムの胸元へと吸い込まれていく。
 一切の容赦のない一撃。
 迅雷のごときすさまじさは、きっと鎧も盾さえも貫き、心臓をえぐる!
 が、当たらない。
 わずかにカラダを斜にしただけで、これをなんなくかわしてみせたライム。
 二撃、三撃と、同様の突きが放たれるも、やはり当たらない。
 それでもあせることなく連撃をくり出し続けるダレム。
 五撃、六撃と風を切るような鋭い音がひびくも、当たらない。
 それどころか、自分に向かってくる穂先へと、ライムはじりじり間合いをつめてさえみせた。
 九、十撃目までもがかわされ、さしものダレムの額にも汗がにじみ出る。
 しかも相手はまだ剣を鞘から抜いてもいない。
 そんな相手に自分が追いつめられていることに、内心にてあせりを禁じ得ない。
 なのにどうしようもない。かつて経験したことのない事態。気づけばにじり寄られるままに無意識に距離をとろうと後退していたダレムの身は、はや舞台の際にまで追い込まれていました。
 これ以上はもうさがれない。
 そこまできたところで、ふいに自分に対して背を向けたライム。
 仕切り直しだといわんばかりに、スタスタと舞台の中央へともどっていく。
 その姿を見て、カッとなったダレム。バカにされたとおもったのです。
 いっしゅんにして怒りに全身が染まり、血が沸騰する。
 武人として培ってきたすべてが、感情に支配されたとき。
 すっかり自制を失った彼は、まるで狂ったケモノのような雄叫びをあげ、カラダごとぶつかるかのようにして、対戦相手へと槍を突き入れていました。
 ですが、それこそがライムの狙いであったのです。

 槍と剣、その間合いの差は歴然。
 実際に対峙したことのある者ならばわかるほどに、深く遠い槍の懐。
 とくに達人と呼ばれる者たちが、ひとたび槍を手にとれば、それは難攻不落の要塞と化す。深い堀に高い城壁、そこに不用意に攻撃をしかけたところで、返り討ちにあうばかり。
 ダレム・ドゥカという野心家の青年。いまだ発展途上ながらも、その槍には武の頂へと至れるかもしれない片鱗が、たしかにありました。
 この手の天才肌は、下手に刺激を与えると、何かのひょうしに、大化けする可能性もあります。
 ほんとうにイヤになるほど、自分とはちがって才能にあふれ、体格にも恵まれている。
 それがわかっているからこそ、ライムは安全策を講じたのです。

 ほんのいっしゅんとはいえ理性がとんだ状態。
 ムキになるあまり視野は極端にせまくなり、頭の血のめぐりもおかしくなる。判断は言わずもがな。
 いかに肉体に叩き込まれた武芸とて、心技体がバラバラでは、その威力は格段に落ち、勢いもにぶる。
 キィンと高い音を立てて交差する槍の黒い穂先と、いつの間にか抜かれていたボロ剣。
 そのまま止まることなく穂先から白い槍の本体の上をすべっていく刃。
 切っ先がひた走り、そのまま槍をしっかりと握っているダレムの手首を両断する。
 かと思われた矢先に、キンと軌道をかえて、今度は腕に沿って駆けあがり、ついには首の頸動脈のあたりにてピタリととまりました。
 これにて勝負あり。

 いつしか会場中が静まりかえっていました。
 いったいだれがこんな展開を予想しえたでしょうか。
 そんな中で審判の勝ち名乗りを受けて、一礼ののちに舞台から降りたライム。
 舞台袖にいた水色オオカミをともなって、控室へと向かいました。


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