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202 慈悲深き夜
しおりを挟む闇は絶望。
闇は恐怖。
闇は静寂。
闇は滅び。
闇はやすらぎ。
闇があるからこそ光があり、光があれば闇が生まれる。
闇があるからこそ月はかがやき、星はまたたく。
だがまちがえてはいけない。
けっして闇は邪悪ではないのだ。漆黒が邪悪ではないのだ。世界を藍色や紺色につつむことが邪悪ではないのだ。そこにまぎれてわるさをする者こそが邪悪。
なのに多くの者たちが、闇を不吉の象徴と誤解し、忌み嫌う。
闇ほどひとしく、あまねく者に、惜しみない愛をそそいでくれる存在はいないというのに……。
気まぐれに夜の世界を徘徊していた闇の女神さま。
ふと立ち寄った森の奥にて、木にクサリでぶら下げられている人形たちのうちの一体に目をとめ、話しかけました。
「人形よ、そなたはどうしてそのようにおだやかな表情にて、微笑んでいられるのだ?」
この森に吊るされた人形たちは、この先にある街の住人たちが自身に降りかかる災いから逃れるために置かれたモノ。身代わりである。
職人の手によって丹精こめて作られたというのに、大事にされることも、愛でられることも、子どもらに遊ばれることもなく、雨風の中に捨て置かれる。
それがつらくはないのか? かなしくはないのか? と闇の女神さまは人形に問うたのです。
すると声をかけられた人形は、こう答えました。
「いいんですよ。私たちは人間が大スキなんです。私たちがこうしていることで、彼らがココロ安らかに生活できるのならば、笑顔でいられるのならば、それだけでしあわせなんです」
人形のこの言葉を聞いて、いたく感心された闇の女神さま。
ですがそれと同時に、彼らをいたく不憫(ふびん)がりました。
生のよろこびもしらず、死のやすらぎもしらず、ただ人間たちの平穏だけを願い、クサリにて吊るされては、風にむなしく揺らされ、やがて朽ちてゆくばかり。
いかに物言わぬ存在とてあんまりだと考えた闇の女神さま。
「おまえたちの気持ちはわかった、心やさしき人形たちよ。ならばわらわも少しばかり手を貸してやろう」
そう言って彼女が自分の胸にズブリと手を突っ込むと、中から取り出したのは一枚の漆黒の石版。
「これはおまえたちに仮そめの生命を与えるモノ。とはいえあくまで仮そめなので、夜の十の鐘が鳴ってから、朝陽がのぼるまでの間だけだがな。ほんとうならば完全なる命を授けてやりたいところなのだが、あいにくとわらわのチカラが及ぶのは夜の領域だけ。すまぬが、コレでガマンしてくれ」
闇の女神さまから慈悲をかけられただけでなく、あやまられたりして、かえって人形の方が恐縮してしまう。
そんな彼に彼女は「せめてその間ぐらいは自由にすごすがよかろう」と告げると、ふたたび夜の闇の中へと溶けこむかのようにして、いずこかへ去ってしまわれました。
闇の女神さまの尊顔を拝し、じかに言葉を交わし、漆黒の石版を手渡された人形。
のちに仲間たちから始祖と呼ばれるようになる彼は、石版を手にペームトの街へと向かいました。
こうして夜の間だけとはいえ、自由を手に入れた人形たち。
自分たちの造物主である人間たちが大スキな彼らは、動けるようになった時間の大半を使い、せっせと街をそうじしたり、壊れた建物を修復したり、郊外に麦畑を整えたりと、がんばりました。
そんな彼らの助力もあって、街はどんどんと発展していき、人々の暮らし向きもずいぶんと良くなっていきます。
いつしか街の中央には立派な教会も建てられ、そこには少しかわった造りの闇の女神さまの神像が祀られるようになり、好々爺のエリオットという白ヒゲの神官の姿が見られるように。
なおふしぎなことに他の人形たちは夜の間しか動けないというのに、始祖と呼ばれる古い人形だけは、まるで本物の人間と見まがう容姿にて、日中でもふつうに動きまわれます。理由はわかりませんが、おそらくは闇の女神さまとじかに触れあったせいなのかもしれません。あるいは手渡された漆黒の石版との関係がいちばん深いからか。
でもそのおかげで昼夜を問わずに、街やそこに住む人々や人形たちを見守ることができるので、助かっています。
人形とヒトの街ペームト。
その由来について語り終えたエリオットさん。
おそらくは世界で唯一にして、五指に入る奇妙な街について「どうおもう?」と、エリオットさんからたずねられたルクは返答にきゅうしました。
闇の女神さまから授けられた漆黒の石版のおかげで、人間たちは何ら疑問を抱くこともなく、日々をおだやかに平和にすごしている。
そして人形たちは人知れずに夜の街にて、街の発展に尽力したり、たまに羽をのばしたりしている。
人間と人形が共存。
ここ数日、滞在して感じたのは、ペームトがとても住みよい街だということと、これならばココットとナルタを安心してまかせられるということ。
でも果たしていまのような形が、正しい形なのかと言われたら、どうしても首をかしげずにはいられない水色オオカミの子ども。
とっても平穏だけれども、その底にはなにやら歪みみたいなものが横たわっている。
そんな気がしてルクにはしようがないのです。
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