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201 夜の街
しおりを挟むむぎゅうとシッポを踏まれて、おどろいて目を覚ました水色オオカミ。
犯人は寝ぼけまなこのナタルです。
寝る前に少しばかり水を飲みすぎたせいか、おしっこに行きたくなったみたい。
それでベッドからでたところを、姉弟と同じ室内で休んでいたルクのシッポを踏んづけたと。
ちょっとびっくりしたけれども、それだけのことなので、「くわぁ」とあくびをしてふたたび寝ようとしたルク。
ですがナタルに「おっしこについてきて」と頼まれました。
ようやく生活が落ちついてきたとはいえ、まだまだ小さな男の子。静まり返った夜の廊下はこわいし、心細くてもしようがない。だからつき合うことにしたのですけれども……。
「あれはなんだろう」
トイレをすませて、部屋にもどろうとしたルクとナタル。
どこか寒々とした空気の廊下を歩いているときに、たまたまカーテン越しに窓の外を見たナタルは、そんなことをつぶやきました。
つられて視線を向けたルクは、呆気にとられます。
通りには明かりが煌々(こうこう)と灯っており、大勢の人影がたのしそうに手に手をとって踊りながら、ねり歩いている。
こんな時間にお祭り? でもそのわりには音はまったく聞こえず、気配もニオイも伝わってこない。まるでガラス越しに夢か幻でも見せられているかのよう。
多少の分別があるルクですらがこれですから、好奇心のかたまりのような幼い男の子であるナタルが興味を持たぬわけがなく、すっかり目を覚ましてしまった彼はルクが止めるのも聞かずに、外へと飛び出してしまいました。
あわててルクもあとを追いかける。
家の敷地内から一歩、外へと出たとたんに、街の喧騒がドッと押し寄せてきました。
幻想なんかじゃなかったのです。
弓の街での祭事、その最終日の夜のどんちゃん騒ぎもかくやというにぎわい。
あまりのことに立ち尽くすルクをよそに、すっかり夢中になっているナタルの小さなカラダは、そのまま人混みへと紛れてしまいました。
見失ってしまいあせる水色オオカミ。
そんな彼の前に姿をあらわしたのは双子とおぼしきおかっぱ頭の男女。歳のころはちょうどココットと同じぐらいでしょうか。幼女というほどでもなく、さりとて少女というほどでもない。
「やあ、街でウワサの水色オオカミさん。あの子のことなら心配いらないよ。ぼくたちの仲間たちがていちょうにもてなしておくから安心して」
「やあ、キレイな毛をした水色オオカミさん。あの子のことは心配いらないわ。わたしたちの友だちが、きちんとめんどうをみるから安心して」
あまり抑揚のない調子にて、そう言った双子たち。
よく見れば、その瞳はガラス玉、顔や手足は乳白色の陶器製。
彼らは……、いいえ、彼らだけではありません。
この夜、街中にて騒いでいる者たちすべてが、人形であったのです。
「これは……、それにキミたちはいったい」
昼とはまるでちがう夜の街の顔を見て、とまどっているルク。
バロニア王国の古代遺跡にいた、からくり細工のガァルディアさんの分体みたいなモノなのでしょうか?
「くわしいことは始祖さまに聞いて」と双子の男の子。
「始祖さまがいろいろ話したいことがあるって。だから私たちについてきて」と双子の女の子。
双子の人形に連れられて向かった先は街の教会。
建物の中にてルクを待っていたのは神官のエリオットさん。
「こんばんわ、ルク殿。そしてあらためまして、『人形とヒトの街ペームト』へようこそ」
「あなたが始祖さまなの?」
「まぁ、いちおうはみんなからそう呼ばれているがね。私自身はなんのチカラもない、ただの古い人形さ」
あっさりと自分の正体を明かしたエリオット。
それにしても言われるまで、ルクにはちっともわかりませんでした。精巧とか緻密とか出来がいいとか、そんな話ではなくて、ほんとうに人間とまるで見分けがつかなかったからです。人形であることを知ってさえなお、信じられないほどに。
自慢の鼻も茜色の瞳にも、まるっきりヒトにしかおもえない。驚嘆です。
技を極めた職人とは、これほどまでの境地にたどりつけるものなのでしょうか! おもわずそのようなことをつぶやかずにはいられない水色オオカミ。
するとエリオットさんが教えてくれました。
「いいや、さすがにそれはムリだよ。たとえからくり王と呼ばれたクラフトさまでも、ここまでの境地にはたどりついてはいない。まぁ、私の場合は、生まれがいささかかわっていてね」
「かわっている?」
「もともとは優れた人形師の手による作品ではあったのだが、そこに闇の女神さまの御業が施されたがゆえに、このような身の上になったのだよ」
そう言ってエリオットさんが語り出したのは、彼がいかにして始祖と呼ばれる存在になったのか、そして人形とヒトの街ペームトが誕生した由来の物語でした。
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