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210 復讐の種
しおりを挟む鋼のごとき固さをもつ双頭のケモノのカラダを傷つけたのは、女騎士の剣。
なにやら刃に魔法が込められてあるようで、通常のモノとは切れ味がぜんぜんちがう。
それに加えて使い手の技の見事なこと。
ふれたが最後という剛力無双の腕の一撃におそれることなく立ち向かい、これをかい潜っては剣を突き立て、斬撃を放つ。
たった一人にて蒼の森を訪れた彼女は、堂々と名乗りをあげて、バルガーに挑戦しました。
蒼の覇者もまた、堂々と正面から勝負を受けて立つ。
お昼ごろからはじまった戦いは、夕方近くまでつづき、健闘むなしく屈したのは女騎士の方でした。
バルガーのツメが女の胸を貫き、息絶えた女騎士。
ですが最期の最期まで、その目を閉じることも、そらすこともなく、自分を倒した相手を真っ直ぐに見つめながら逝きました。
覚悟を決めて勝負に挑み、いかなる結果をも静かに受け入れる。
並みの胆力でできることではありません。
彼女はそれだけの騎士であったということです。
それは実際に戦ったバルガーも認めていました。
「かつて戦ったどの騎士たちよりも、勇敢で見事な戦いぶりであった」と。
だからでしょうか。
いつも以上にていねいに遺体をあつかった彼は、それをゆっくりと時間をかけて、ひと口ひと口、かみしめるかのようにして食べてゆく。
その姿はよく戦った女騎士を称えているかのよう。
夕陽に染め上げられた世界。しだいに濃くなっていく森の陰翳(いんえい)。まるで影絵でえがかれた崇高な儀式みたいな光景。
そのような食事の風景を、水色オオカミのルクはただぼんやりと眺めていました。
妻の毛皮をかぶったクマ。
だれもいなくなった森をたった一人で守りつづける双頭のケモノ。
そのことにとくに意味はないとバルガーは言う。
「なら、どうして?」
たずねずにはいられないルク。彼ほどのチカラがあれば、どこででも生活していけることでしょう。わざわざ蒼の森にとどまり、人間たちの相手なんてしなくてもいいのです。
「なんでかなぁ。たしかにこの森におもい入れはあるさ。だからとて固執するほどでもない。自分のナワバリだと主張する気もない。……ひょっとしたらオレは、だれかが自分を殺しにきてくれるのを、待っているのかもしれん」
愛する者はすでにこの世になく、守るべき仲間たちもいない。
死にたいのであれば、向かってくる相手におとなしく討たれてしまえばいいだけのこと。だまってその首をさしだせば、きっとよろこんで落としてくれることでしょう。
ですがそれはケモノがすべきことではない。
最期のそのしゅんかんまで、生きようとあがいて、あがいて、あがきぬく。
でなければ、これまでに失われた命たちがムダになってしまうから。
数日後、あらたな集団が蒼の森を訪れる。
集団を率いていたのは甲冑姿があまり板にはついていない、育ちが良さそうな、おそらくは貴族の若者。その瞳には、品のよい顔立ちには似つかわしくないほどの、みにくい憎しみが宿っている。
じりじりと半円に囲むように布陣していく集団。
「おのれ! 双頭のバケモノめっ。ローラの仇だ。者ども、かかれ」
その合図にて一斉に飛んできたのは矢。
よけることもなく平然と受けたバルガー。すべてが固い毛によってはじかれ、ただの一矢も通らない。
矢が効かないとわかるや、次に投げつけられたのは手の平におさまりそうな小さなツボ。当たってパリンと割れたら、中からドロリとした油があらわれて、巨大なクマのカラダへとまとわりつく。
つづいて飛んできたのは火球。内部に高温が渦をまいている火の塊。
どうやら集団の中に魔法使いがいたみたいです。
油に引火し、炎が盛大にあがり、バルガーがそれに呑み込まれました。
そこにさらに矢や投げ槍の追撃が加わる。
そしてトドメだとばかりに、いかずちが脳天より落ちて、炎の中にいる彼の身を貫きました。
魔法を主体とした作戦だったようで、すべてはコレを当てるための前段階であったのです。
狙い通りにことが進み、勝ちを確信した若者。
ですがその表情がすぐに驚愕へとかわる。
炎の中にいた双頭のケモノは、倒れることもなく、ただ無造作に歩きだし、なにごともなかったかのごとく、姿をあらわしたのですから。
まさかの無傷! この事態にざわつく集団。
そのせいで反応が遅れました。
一気に大地を踏みしめた巨体。
運わるく進路上にいた者たちがはねとばされ、吹きとび、あるいは踏みつぶされて、あっという間に死者の国へと旅立ちました。
ほんのまばたき二つほどの時間にて、三割ちかい数の味方を失った集団。
我先に逃げ出したのは魔法使いとおぼしき男。それに釣られて多くの者たちも悲鳴をあげながら遠ざかっていく。
このまえの女騎士と比べると、あまりにも無様。
興味を失ったバルガーは追いかけることもなく、連中が逃げるにまかせておきました。
引き上げようとした彼の背に、コツンと何かが当たりました。
弓を射かけられたようです。だれの仕業かとおもえばあの若者です。
みなが逃げ帰る中にあって、たった一人にてとどまっていたのです。
無謀といえば無謀、あまりに非力にて相手にするまでもありません。
ただ、そこに込められた一心は届きました。
この若者はつい先日、戦ったあの勇敢な女騎士の縁者であったのです。
恋人同士であったのか、姉弟なのか。それはわかりません。またわかったところでどうしようもありません。
おぼろげながらも二人の関係を悟ったバルガーは、近くに潜んで様子を伺っているルクに、洞窟からある品をとってくるようにと頼みました。
ルクがいそいでとりにいったのは、彼女がつかっていた魔法剣。
これを受け取ったバルガーは、なおも矢を放ち続けていた若者に近づくと、これを軽く払うかのようにたたきました。
それだけで地面に転がり、身動きがとれなくなってしまう若者。
「くそっ、くそっ、ローラ、僕は……」
うめきながらくやし涙を流す彼。
その顔のすぐそばに剣を突き立てた蒼の覇者。
しばらくじっと若者を見下ろしたのちに、トドメをさすこともなく、その場をあとにしました。
「どうしてあんなマネを」
洞窟への帰り道。
ルクの問いかけにバルガーは「タネをまいたのさ」と答えました。
ココロにふつふつとわく憎悪をエサにして育つ、復讐という名の種。
彼は気に入った相手には、ときおりまいているのだと言いました。
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