209 / 286
209 双頭のケモノがうまれた日
しおりを挟むそれは大森林を抜けようとする商隊の一団でした。
六台もの馬車が連なり、武装した護衛を多数引き連れており、近づくのは危険。
だからそっとそばを離れようとしたバルガーの目が、ある一点に釘付けとなる。
一団の中でもいちばん豪奢な馬車。その扉が開かれたときにチラリと見えたのは、なつかしい妻の姿。
あの見事な栗色の毛並みを見まちがうハズなんてありません。
しかし彼女は物言うこともなく、ふんぞり返っているえらそうな男の腰の下で、じっとおとなしくしている。まさか我が子を人質にとられて、ムリヤリに従わされているのかともおもいましたが、ちがいました。
真実はもっと残酷であったのです。
彼女はとっくに命をとられており、その毛皮をはがれて、首ごと敷物とされていたのです。
命をつむぐために狩りをおこない、散らした命に感謝しつつ、これを喰らう。
消された命の灯火は、まるで新たなロウソクに火をうつされたかのようにして、食べた相手の血や肉とまざりあい一つとなって、ともに燃え盛り生き続ける。
だからこそ、その死は意味を持つ。
だというのに、アレは何だ?
人間がケモノの毛皮を好んで、そのためだけに狩るということは知っている。
強き者が弱き者を殺し、そのすべてをうばう。
敗者よりうばったモノをどうしようと、それは勝者の自由。
それはわかる。よくわかっているのだが、どうしてそれを自分の目の前に突きつける?
ムダに散らされた愛する者の命。
それだけでも腹立たしいというのに、そのカラダからはぎとった毛皮をも夫のまえにさらす。たとえ当人にそんな気がサラサラなかったとしても、あまりにもムゴい仕打ち。
いいや、悪気がないだけむしろ性質がわるい。こんな趣味のわるい縁を結んだ女神さまに殺意を抱かずにはいられない。
地の国の住人として、そこに暮らす一匹のケモノとしての生をまっとうしようと、がんばっていたというのに……。
ずっとフタをしていた感情が爆発するのを、バルガーは止められませんでした。
我にかえったとき、辺りは血の海となっており、バルガーはメラルドの亡骸を抱きしめて泣いていました。
「これからはずっといっしょだ。もう二度と、おまえを離しはしない」
バルガーは妻の毛皮をマントのように羽織ると、彼女の首を自分の左肩へとのせました。
このとき蒼の森に双頭のケモノが生まれたのです。
それ以来、彼は片時もこれを脱ごうとはしませんでした。
雨の日も風の日も、狩りをするときも、自分を狙ってやってきた人間たちと戦うときも、寝るときも、ずっとずっと。
気がつけばバルガーとメラルドの毛は複雑にからみあい、毛皮そのものもピッタリとカラダにくっついてしまい、物言わぬ彼女の首も彼の左肩の上からズレ動くこともなく、彼らは完全に一つになっていました。
またヒトとなんども戦っているうちに、肉を喰らうだけでなく、多くのことを学び、知恵をつけていった双頭のケモノは、じょじょにケモノの領域をはみ出してゆく。
それに呼応するかのようにカラダにも変化が。
カラダはより大きくなり、チカラはさらにまし、ツメの切れ味は鋭く、毛がついには剣の刃や槍の穂先をもはねかえすように。
どんどんと強くなっていく双頭のケモノ。
これまでに散々に苦しめられた人間たちを追っ払ってくれるので、はじめは森の動物たちも彼を称賛し、その活躍をはやしたて、ついにはヒトにならって蒼の覇者と呼びうやまってさえおりましたが、戦いは激化するばかりでいっこうにおさまりません。
それどころか彼が勝つほどに、彼が強さをしめすほどに、彼が双頭の威容をさらせばさらすほどに、人間たちが寄ってくるではありませんか!
身の危険を感じた動物たちは、少しずつ森から去って行きました。
いっしょに森を守ろうとする者も少なからずはいたのですが、その時すでにバルガーの強さは突出したモノとなっており、だれもついていくことかなわず。かえって足手まといになることを悟り、自ら身を引いては姿を消していく。
こうして蒼の森に住むのは彼のみとなり、そこを守るのもまた彼のみとなりました。
バルガー自身の口から、彼の過去についての話を聞かされた水色オオカミの子どもは、絶句するしかありません。
ココロとカラダが、そのありようを捨てたとき、ちがう何かへとかわってしまう。
はたしてそんなことが、ほんとうに可能なのでしょうか?
ですが現実にそれを成している存在が目の前にいます。
自分が自分とはちがう何かになる。
それはとてもおそろしいこと。
水はなにものとも交われ、なにものにもなれ、なにものにも染まる。
ゆえに水色オオカミは他者からの影響を受けやすいので、あまりひとところに長くとどまるを良しとはしません。
蒼の覇者との出会いを通じて、己の中におこる変化を想像するだけで、ゾワゾワと背筋がざわめくのをおさえようのないルクなのでした。
0
あなたにおすすめの小説
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
四尾がつむぐえにし、そこかしこ
月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。
憧れのキラキラ王子さまが転校する。
女子たちの嘆きはひとしお。
彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。
だからとてどうこうする勇気もない。
うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。
家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。
まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。
ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、
三つのお仕事を手伝うことになったユイ。
達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。
もしかしたら、もしかしちゃうかも?
そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。
結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。
いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、
はたしてユイは何を求め願うのか。
少女のちょっと不思議な冒険譚。
ここに開幕。
かつて聖女は悪女と呼ばれていた
朔雲みう (さくもみう)
児童書・童話
「別に計算していたわけではないのよ」
この聖女、悪女よりもタチが悪い!?
悪魔の力で聖女に成り代わった悪女は、思い知ることになる。聖女がいかに優秀であったのかを――!!
聖女が華麗にざまぁします♪
※ エブリスタさんの妄コン『変身』にて、大賞をいただきました……!!✨
※ 悪女視点と聖女視点があります。
※ 表紙絵は親友の朝美智晴さまに描いていただきました♪
【完結】アシュリンと魔法の絵本
秋月一花
児童書・童話
田舎でくらしていたアシュリンは、家の掃除の手伝いをしている最中、なにかに呼ばれた気がして、使い魔の黒猫ノワールと一緒に地下へ向かう。
地下にはいろいろなものが置いてあり、アシュリンのもとにビュンっとなにかが飛んできた。
ぶつかることはなく、おそるおそる目を開けるとそこには本がぷかぷかと浮いていた。
「ほ、本がかってにうごいてるー!」
『ああ、やっと私のご主人さまにあえた! さぁあぁ、私とともに旅立とうではありませんか!』
と、アシュリンを旅に誘う。
どういうこと? とノワールに聞くと「説明するから、家族のもとにいこうか」と彼女をリビングにつれていった。
魔法の絵本を手に入れたアシュリンは、フォーサイス家の掟で旅立つことに。
アシュリンの夢と希望の冒険が、いま始まる!
※ほのぼの~ほんわかしたファンタジーです。
※この小説は7万字完結予定の中編です。
※表紙はあさぎ かな先生にいただいたファンアートです。
理想の王妃様
青空一夏
児童書・童話
公爵令嬢イライザはフィリップ第一王子とうまれたときから婚約している。
王子は幼いときから、面倒なことはイザベルにやらせていた。
王になっても、それは変わらず‥‥側妃とわがまま遊び放題!
で、そんな二人がどーなったか?
ざまぁ?ありです。
お気楽にお読みください。
稀代の悪女は死してなお
朔雲みう (さくもみう)
児童書・童話
「めでたく、また首をはねられてしまったわ」
稀代の悪女は処刑されました。
しかし、彼女には思惑があるようで……?
悪女聖女物語、第2弾♪
タイトルには2通りの意味を込めましたが、他にもあるかも……?
※ イラストは、親友の朝美智晴さまに描いていただきました。
生まれたばかりですが、早速赤ちゃんセラピー?始めます!
mabu
児童書・童話
超ラッキーな環境での転生と思っていたのにママさんの体調が危ないんじゃぁないの?
ママさんが大好きそうなパパさんを闇落ちさせない様に赤ちゃんセラピーで頑張ります。
力を使って魔力を増やして大きくなったらチートになる!
ちょっと赤ちゃん系に挑戦してみたくてチャレンジしてみました。
読みにくいかもしれませんが宜しくお願いします。
誤字や意味がわからない時は皆様の感性で受け捉えてもらえると助かります。
流れでどうなるかは未定なので一応R15にしております。
現在投稿中の作品と共に地道にマイペースで進めていきますので宜しくお願いします🙇
此方でも感想やご指摘等への返答は致しませんので宜しくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる