水色オオカミのルク

月芝

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218 たからもの

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 怪しい行動をとる次兄のタピカを尾行中に、エスタロッサにそばの木陰に引きずりこまれたティー。

「いきなり何をするのよ」

 手で口をふさがれているので、モゴモゴしながら目でうったえるも、ムシされる。
 アライグマの視線はまっすぐに前を向いたまま。
 いつになく真剣なまなざし。つられるようにティーもそちらを見れば、次兄が腰のあたりがややふくふくした野ウサギのご婦人と、仲良さげに立ち話をしておりました。
 ここまでの道中にてパンパンに膨らませた袋を彼女に差し出し、なにやらペコペコ頭を下げている。

「あれは……タラさんだ。ポポンさんの奥さんで、彼女のつくるニンジンケーキはしっとりもっちりで、絶品なの」

 ようやくアライグマの手から解放された野ウサギの言葉を受けて、「ほほぅ、そういうことだったのですね。なるほどなるほど。だからですか」とエスタロッサ。二人の男女を遠目に、なにやらひとりごちている。

「ちょっと、なにを一人でなっとくしているのよ。ちゃんと説明して」
「ふふふ、いいでしょう。この愛の伝道師たるわたしの目はごまかせませんわ」
「?」
「いいですか。こそこそする男。そんな男が他人の目をしのんでこっそりと通う先は人妻のもと。そこで手渡されるプレゼント。これはもうアレです。道ならぬ恋にまちがいありませんのですわ!」

 とんでもないことを自信満々に言い切ったエスタロッサ。
 ですわ、ですわ、ですわ、と森に木霊する彼女の声。
 アライグマ界隈随一のモテ女の言葉に、「そんなまさか! うちの兄にかぎって」と抵抗をしめすも、ティーはどこか弱々しい声音になってしまう。
 ちょっとおっちょこちょいなところがあるタピカ兄ちゃん。
 やさしくて、自分は大スキだけれども、だからとて全幅の信頼を寄せているかと問われれば、即座に首をふって、「それはそれ、これはこれ」と答える。
 スキなのと信用は、まったくもって別問題なのです。
 いいえ、幼い頃よりよく知っているからこそ、「わたしは次兄を信じる」とは言い切れない。なにせいい面もわるい面も、あれこれとやらかした過去の失敗の数々をも、すべて間近に目にしてきたのですもの。
 あぁ、自分はいったいどうしたら……。
 おもいつめるティー。
 そんな末妹の気も知らないタピカは、しばらくタラさんと歓談したのちに、さらに森の奥へと。
 もはや尾行をつづける気力を失ったティーは、やや呆然自失にて、ぼんやりと遠ざかっていく兄の背中を眺めていることしかできませんでした。



 空が茜色にかわりはじめたころ。
 長くなった自分の影を追いかけるような形にて、トボトボと家路についていたのは野ウサギのティー。
 兄が道ならぬ恋にその身を焦がしている。
 ……かもしれない。
 おもいのほかに衝撃を受けている自分のココロ。どうにも頭の中がぐちゃぐちゃになって考えがまとまらないせいか、歩みも重たい。
 となりにいるエスタロッサが心配して、いろいろと声をかけてくれるも、まるで耳の奥には入ってきません。

「はぁー、そりゃあフィオ兄ちゃんも気まずくなるよね。きっとタピカ兄ちゃんからムチャな相談をされて困ってたんだ。だから二人してコソコソと」

 盛大なタメ息とともに家に帰りついたティー。
 どんな顔をして兄に会えばいいのやら。
 もたもたと玄関の扉をあける。気のせいか扉までもがいつもより重くなっているよう。
 ですがそんな悩める乙女を出迎えたのは盛大な拍手。
 薄暗かった室内もパッと明るくなり、そこにはお父さんお母さんにフィオ兄ちゃんとタピカ兄ちゃん、ガァルディアの姿がありました。
 部屋には飾りつけがされており、食卓にはたくさんのごちそうが並んでいます。その真ん中には大きなニンジンケーキまで!

「おかえり、ティー。そしてお誕生日おめでとう」とフィオ。
「おそいぞ、ティー。せっかく母さんが腕によりをかけてくれた料理が冷めちまうじゃないか」とタピカ。ついでみたいに「おめでとう」と言われました。

 突然のことに頭がついていかず呆けているティー。
 バサリと音がしたので、そちらに目を向けると、ツバサを軽く開げている黒カラスのセンバの姿もありました。彼は首から下げた魔法の小袋を使い森の配達人をしているので、ほうぼう飛びまわっているから、なにかと留守がち。こうして面と向かって顔をあわせるのはひさしぶりです。

「嬢ちゃん、おめでとう。ますます毛艶がよくなって、べっぴんさんになっていくねえ」

 黒カラスのセンバから、キレイになったと言われて、ポッとティーの頬のあたりが赤くなる。

「おめでとう、ティー。こうしてまたあなたの誕生日を迎えられて、母さんはとってもうれしいわ」
「おめでとう、ティー。おまえが倒れたときには、どうなることかとおもっていたが、こんなに元気になってくれて。女神さまに感謝せんとな」

 お父さんやお母さんたちに交互に抱きしめられて、お祝いの言葉をもらい、ティーはようやく今日が自分の誕生日なのだということを思い出しました。
 でも、ここまで大々的な祝福ははじめてです。いつもは夕食のオカズに自分の好物がでるか、ちいさなケーキが焼かれるぐらいだったのに。

「あー、まぁ、誕生祝いと元気になったお祝い、それから日頃の感謝。ぜんぶまとめてといったところじゃな」

 テーブルの上のごちそうに使われている材料は、森の住人たちから提供されたモノ。
 便利屋さんとしてがんばってくれている、ティーへの感謝の気持ちが込められてあると、ガァルディアが教えてくれました。

「あれ? じゃあこのケーキって、もしかして……」
「あぁ、それはオレがタラさんに頼んでつくってもらったんだよ。おまえがスキだって言ってたから」

 タピカの言葉に、心底ホッとしたティー。
 でもそうだとすると、自分はエスタロッサの早とちりにふり回されていたということに。
 フツフツと怒りの感情がわいてきたティー。ギギギと首を動かして、騒動の元凶をにらもうとしたら、そこには手を合わせてゴメンナサイのポーズをとっている彼女の姿がありました。

「アレはぜんぶデマカセなのですわ。まさかお仕事があんなにもはやく片づくだなんておもわなくて。あのままもどられたら、せっかくのお祝い計画が台無しになってしまうから。なんとか足止めをしないととあせっていたら、ちょうどタピカさんの姿が見えましたので、コレだっ! とヒラメキましたの。わるいとはおもったのですけれども家の方の準備が整うまで、ひと芝居をうたせてもらったのですわ」

 すべては自分のためと言われてはティーも怒るに怒れません。あと不覚にも許してポーズのアライグマを、「ちょっとかわいいかも」とかおもってしまいました。

「あははは、まんまとダマされたよ。だからお兄ちゃんたちも二人してコソコソと……、ひょっとしてタウじいちゃんの依頼も?」
「ワケを話したら、よろこんで協力してくださいましたわ。でもまさか気を利かせすぎて、事前にあらかた整理をすませているとは」
「どおりで……、ふしぎにおもっていたんだよ。棚にチリひとつ落ちてないとか、ありえないもの。帳簿と在庫のまちがいもほとんどなかったし」

 なおも頭を下げようとするエスタロッサに、ティーは「もう怒ってない」と笑顔を見せました。

 みんなでわいわいと囲む食卓はたのしく、ごちそうに舌鼓をうち、ココロもカラダもぽかぽかになったところで、長兄のフィオから末妹へと手渡された小箱。

「これはみんなで用意したティーへの贈り物。気に入ってくれたらうれしいんだけど」

 うながされるままに、フタをあけると中には小さな赤い宝石のはまった銀の腕輪が入っていました。
 石はフィオとタピカが小川の上流の冷たい水の底から探してきたモノ。
 腕輪の材料はお父さんとお母さんが用意し、全体のデザインはエスタロッサが考え、腕輪の裏に彫られた持ち主の名前は、黒カラスのセンバを通じてティーの文通友だちである西の森の魔女エライザに頼み、最後の仕上げはガァルディアが担当。
 みんなの想いがつまったステキなたからもの。
 ティーが大よろこびしたのは言うまでもありません。

 じつはこの腕輪、ガァルディアが仕上げを施す際に、ちょいと細工がほどこされているのですけれども、それはまだヒミツ。
 ヒミツが明らかになるのは、水色オオカミのルクが結んだ点と点が線となり、輪となったとき。
 それはもう少しあとのお話。


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